立川笑二「居残り佐平次」 店乗っ取りまで企むダークな悪党ぶりが目を惹く斬新な構成が素晴らしい
道楽亭ネット寄席で「立川笑二・立川かしめ二人会」(10・05)を観ました。
「居残り佐平次」が大好きだ。ほぼ犯罪とも言える無銭飲食なのだけれど、それが発覚するまでの店の若い衆のは勘定のはぐらかし、そして布団部屋に籠ってからの店の中での活躍ぶりに眼目がある噺だ。佐平次の口八丁、手八丁のお調子者ぶりが最大の見どころで、多くの噺家さんが手掛けている。
ところが、笑二さんの「居残り」はその部分も当然あるのだけれど、それ以上に、僕が冒頭に書いた「ほぼ犯罪」の部分を改めて強調する、佐平次のダークな悪党ぶりが目を惹く演出と構成に改編され、思わず膝を打った。噺の最後で、ほとんどの噺家さんが「居残りを商売にしている佐平次という者だ」という台詞を言うが、その台詞を証明するかのように、なるほど過去にも同様の悪事をしてきたんだなと思わせる噺の組み立てを笑二さんはしている。また、その悪事というのが、単なる無銭飲食にとどまらず、その店を知らず知らずのうちに乗っ取っているという、怖ろしい悪行で、単なるお調子者を笑う噺でなく、大袈裟に言うと佐平次の悪人物語になっているのがすごいのである。
まず、発端から違う。普通の「居残り」は佐平次が友達に、一人1円で遊びにいかないかと誘うが、笑二版は全く見ず知らずの赤の他人である3人連れに声をかけ、「いい店で、いいものを飲んで食って、いい女の子といいことして、一人1円で本寸法に遊ばないか」と誘う。セコイ遊びじゃなくて、本寸法の遊び。当然、誘われた方は「怪しい」と思うし、何か「企み」があるのではないか?と疑う。佐平次は正直に「企みはあります。そうでなきゃ、そんなに安く遊べない。だけど、あなた方には迷惑をかけない」と言い切る。3人は信じられそうと思い、誘いに乗る。で、品川へ向かう前に一人1円ずつ徴収して、出発する。いかにも、「居残りを商売」にしている佐平次というのが、最初から出ている。
で、さんざんどんちゃん騒ぎしたあと、3人が「大丈夫か?」と浮かない顔をして、佐平次をお座敷の外に呼び出し、「一人1円じゃ、足りないだろう。50円から60円の遊びをしているよ」と心配する。居直った佐平次、「勘定は払わないから大丈夫です。居残りをするんですから」と手口」を明かす。ビックリする3人に対し、「慣れていますから」。で、「一つだけお願いがあります。翌朝、早くに帰ってください」。浮かない顔の3人に、「笑って!笑って!」。
翌朝、一人だけ残った佐平次の部屋にくる若い衆への対応は、割りとあっさりしている。お調子者ではぐらかされるという感じではなく、「アニャニャニャ」と何度かは勘定の催促に対して、うやむやにしようとする部分は多少はあるが、意外とあっさり、「ごめんね」と一文無しをカミングアウトしてしまう。だって、「居残りを商売」にしているから、面倒くさいやりとりはない。その上、勘定は払えないくせに、若い衆に「あなたには迷惑をかけたから。お店の信頼を損ねちゃったから」と言って祝儀を切る。佐平次が騙す相手はあくまで、この店そのものなのだ。
居残りになってからも、よく働く。皿を下げたり、洗ったり。店で働く者にとっては助かる存在。だんだん店になじむ。「紅梅さんのところの勝っつぁん」のところも、「若い衆のようなもの」と名乗り、幇間よろしく勝五郎を気持ちよくさせる。「道理で紅梅さんがホトホトするわけだ」「骨抜きにするなんてどんな技使うのか」「あなたは身体が柔らかいですね・・・(見てたのか?)勉強させていただいております」。洒落がわかって、愛嬌があって、押出しが強い。店の大きな戦力になっていることが浮き上がっている。
で、他の若い衆連中が怒っているか?というと、そうではない。ここはミソだ。普通の「居残り」だと、佐平次が客からの祝儀を独占して実入りが少ないと嘆くが、そうではない。佐平次は貰った祝儀の割り前をいくらか、若い衆たちに分配しているのだ。分け隔てなく、全員に。だから、文句はでない。
その上、花魁連中からの評判もいい。三味線が上手くなるために、良い師匠を紹介したり、化粧の上手なやり方を伝授したりして、「若い時とは違う、年齢を重ねた美しさがある」と褒める。そして、心理療法士よろしく、「まず自分のことを好きにならないと。そうすると、お客のことも好きになれる」、「皆、今はつらい。だけど、いずれ年季が明けたら、好きな人と所帯を持つだろう。子どももできるだろう。そのときに、心のすさんだお母さんじゃ、子どもに好かれない」、「無理にでも笑いなさい。そのうち、心から笑えるようになって、幸せになれるから」と、花魁を洗脳していく様は新興宗教のようだ。
そんな中、湯治から旦那が帰ってきて言う。「恐ろしい話を聞いた。佐平次という、とんでもない男がこの廓界隈に潜り込んでいるらしい」と。最初は居残りなんだが、どんどん若い衆や花魁を味方につけて、店を牛耳ってしまうそうだ。で、気の病で突然、その佐平次が何も働かなくなり、店が傾き、若い衆や花魁たちに心中をもちかけるそうだ。吉原で2軒、千住と板橋で1軒ずつ、やられたらしい、と。
女将さんが佐平次と一緒に芝居見物から帰ってくる「。芝居なぞ観ない女だったのに、おかしいな」と思った旦那は、「お前は佐平次だな!」。判明する。「間に合って良かった」と言う旦那に、佐平次は「間に合ってないかもしれませんよ」。
若い衆や花魁たちに挙手させる。「佐平次に出て行ってもらいたい人」・・・皆無。「佐平次を追い出そうとする旦那をに出て行ってもらいたい人」・・・全員が手を挙げる。困惑した旦那。観念し、「では、私が出て行くよ。1から出直し、必ずまた、この店の旦那になって戻る」「どちらへ?」「布団部屋を案内してくれ」。
見事である。「居残りを商売にしている」佐平次は、店を乗っ取ることまでする悪党として、徹底的に描いている。その上、若い衆や花魁には好かれる人望があり、憎めないキャラクターなのが、この落語の芯だ。単なるダークストーリーだったら、後味が悪いが、旦那が布団部屋に入るサゲで、因果はめぐることに合点し、鮮やかな落語としての締めができている。笑二さん、すごい!