【渋谷らくご九月公演 しゃべっちゃいなよ】自由に縛りなく面白い噺を創作できる場がここにある。
配信で「渋谷らくご九月公演 しゃべっちゃいなよ」を観ました。(2020・09・15)
「しゃべっちゃいなよ」は先月から“レジェンド”と呼ぶにふさわしい新作派のベテランから中堅の落語家さんを1人迎え、まさにレジェンドとなっている作品を披露してもらう趣向に。先月が柳家小ゑん師匠「長い夜・改Ⅱ」、今月は三遊亭丈二師匠「大発生」、来月は春風亭百栄師匠「天使と悪魔」。そして、その前に若手4人が新作ネタおろしを披露するスタイルに。
トップバッターの柳家花ごめさんが、マクラで言っていたテレビ業界のタブーというのが興味を惹いた。八百屋も、魚屋も、床屋も「放送禁止用語」だと。でも、そこに「さん」をつければ大丈夫だと。「八百屋さん」「魚屋さん」「床屋さん」。当たらずとも遠からず、なのです。
まず、「放送禁止用語」などという規則は存在しない。その番組、その担当プロデューサー、もっとややこしくなると、部長や局長が逐一判断するものだ。大概の人は誰からも「刺されないように」、「安全牌」を取る。だから、八百屋は青果店、魚屋は鮮魚店、床屋は理髪店に変えられる。「按摩の炬燵」はよっぽど度胸のある人でないと許可を出さない。「唖の釣り」は「間抜けの釣り」と演目名を変えて放送に出す。メディア慣れした噺家さんも心得ていて、ちゃんと「気違い」とか「乞食」とか、ちょっと気を許すと出てきそうな言葉を自主的に避けて落語を演じている。放送の落語は「忖度の賜物」と思っていい。
「古典芸能という観点を重視し、現代では不適切と思われる用語も使用する判断しました」と胸を張って、噺家さんを擁護してくれるプロデューサーがいてくれたらいいのにと思うが、CDや書籍の付記以上に覚悟がいる。かつて、「お前が遅刻したせいで、予定が狂っちゃったよ」という台詞に対し、プロデューサーから直しが入り、「予定が乱れたよ」にしたことがある。「気違い」がダメなのと同じ理由で「狂う」はNGと判断したようだ。ただ、それはそのプロデューサー独自の判断であって、ほかの場合にすべて適用されるものではない。
すべてが「現場判断」であり、「放送上、必要」と判断して使えばいいのだが、(それは登録商標についても同じことだが)その勇気がない人が放送人が多いということだ。君子危うきに近寄らず。花ごめさんによれば、与太郎もダメだと言われたとか。これには驚いた。もはや、コンプライアンスって、何?である。
柳家花ごめ「24時間マラソン」
言葉の問題とはまた別の意味でテレビ業界のタブーを題材にした意欲作だ。100キロマラソンを6時間も早くゴールしてしまった、何事も一所懸命なアイドルのみさきちゃん。実は催眠術師で、現場関係者の記憶をすべて消してしまうことに成功し、事なきを得るが…。なんとも皮肉が効いていて、これからもどんどんそのセンスを生かした新作を創ってほしい。
三遊亭ふう丈「起きたらアサダ」
コロナ自粛期間中に、アサダ二世先生のモノマネをネットに上げたら大ブレイク。一之輔チャンネルにも登場し、寄席再開後に浅草演芸ホールで本人と夢の共演を果たした。その経験を活かした新作。カフカの「変身」のように。朝起きたら、自分がアサダ二世になっていって…。
立川寸志「助詞次第」
いかにも言葉を大切にする噺家らしい作品。てにをは、一つ違うだけでニュアンスが変わってきてしまう日本語の愉しさ、もしくは厳しさを伝えてくれる。「ラーメンでも食うか」、この言葉の「でも」に籠められたモチベーションとは。ラーメン屋の親父しかり、ラーメン自身しかり。チャーシューや玉子はまだいい。ナルトや海苔やメンマの気持ちは。そして、「食うか」の「か」。①質問、②疑問、③驚き、④独り言。いかようにでも解釈はできる。終助詞の使い方次第で、「食おっ」「食べよう」「食べたい」。さらに「食べたいな」「食べたいねえ」「食べたいぞ」「食べたいぜ」。「食べたいぞ」が相原勇的というのが受けた!
春風亭昇々「安心教」
これも建前ばかりの会社や実生活に疑問を呈していて面白い。何を言っても叩かれる、SNSが異常に発達した現代。「本音」を言うと、叩かれる。だから、みんながするから、みんなが言うから、と安心な方へとなびいてしまう。現代への警鐘に聞こえた。
三遊亭丈二「大発生」
丈二師匠は最初に言った。「僕はきょう、この噺をリクエストされたから演ります」。そう、名作にも拘らず、日の目を見ないのは、固有名詞が多く出てくるから。そこをオファーした、林家彦いち師匠とサンキュータツオさんに敬意を表したい。丈二師匠いわく、「僕は新作落語家なんですが、僕の噺に皆さんが過剰に反応してしまい、オファーがあってNHKに行くと、あれもダメ、これもダメ、となり、意外と古典を演ることの方が多いんですよ」。さもありなん。
島にナカムラさんが大発生して、知事がナカムラさんを捕獲せよ!と命じ、あらゆる手段を講じるが…。最終的に「手頃な天敵」モチヅキさんでナカムラさんを全滅させることに成功。モチヅキさんの天敵であるヤマモトさん16人を病院に隔離しての結果ではあるが。ベテラン看護師がライフル銃で繁殖力の強いナカムラさんを撃ち殺していく姿も壮観。
今月もブラヴォーな「しゃべっちゃいなよ」だった。