【日本浪曲協会九月定席】見た目の美しさより、心の美しさ。深い人生哲学を浪花節は教えてくれる。

木馬亭で「日本浪曲協会九月定席」を観ました。(2020・09・03)

この日の木馬亭はマスコミでも名前が売れている奈々福、太福が両方出演することもあってか、開演前からコロナによる人数制限に達してしまい、満員札止め。せっかく足を運んだお客様に入場をお断りしなければならないという盛況だった。だが、開口一番の奈みほから主任の三楽師匠まで拝聴して、僕が心に残ったのは国本はる乃と、主任の東家三楽の2席だった。ちなみに、この日の番組は…

「鹿島の棒祭り」玉川奈みほ/沢村美舟

「魚屋本多」東家恭太郎/玉川みね子

「将軍の母」国本はる乃/馬越ノリ子

「甚五郎旅日記 掛川宿」玉川奈々福/沢村美舟

「豆腐屋ジョニー」玉川太福/玉川みね子

「春日局」神田紅佳

「石田三成」三門柳/沢村美舟

「貞女菊の井」東家三楽/伊丹秀敏

「将軍の母」と「貞女菊の井」は、たとえ容姿は劣っていても、女性に大切なのは真心なのだ、心根なのだということを教えてくれる高座だった。そりゃぁさぁ、見目麗しい方が心も動くけれども、美醜をコンプレックスに思うようでは、折角の才能も潰れてしまうし、努力する甲斐もない。そのことを教えてくれる、浪曲の素晴らしさを改めて思った。

「将軍の母」国本はる乃

京都清水寺門前の八百屋太郎兵衛の娘お伝。器量が悪かったが6歳で関白鷹司家の頼姫の遊び相手として仕え、姫が17歳のときに家光の正室となったため懇望されて姫の里付け女中として江戸へ下る。大奥には千人以上の女中がおり、みな美人ばかりで、不器量なお伝に意地悪する者もいた。何が因果か、この器量、今さら親も恨めない。たとえ器量が悪くとも奉公できないわけでない。笑わば笑え、謗らば謗れ。姫はお局様に相談し、お伝をあまり他の女中たちと会わない大奥の風呂番にする配慮をおこなう。

ある月見の宴の夜、家光は一風呂浴びると言い出しお伝がお世話をしたがその時、酔った勢いでお手がついた。それから数ヶ月後お伝は家光に懐妊を告げる。家光は松平右京太夫に事の処理を委ね、右京太夫は医者に見せて懐妊を確認すると、京都の太郎兵衛を江戸に招き、八百屋のままではまずいので松平因幡守2万石に任官させ、体裁を繕った。

産まれた赤子は若君で、殿様はご寵愛。お伝はお伝の方となり、大きな出世を遂げる。器量が良いとて自慢はするな。人皮剥いたら、皆、しゃれこうべ。出世美談が、はる乃さんによく似合っていた。

「貞女菊の井」東家三楽

朝倉氏の家臣、真柄関兵衛は身体が弱く、越前守に湯治に行って立派な身体になれと50両渡されて、一乗谷という温泉に下郎の直助を伴い、宿をとった。そこで働く、身長6尺3寸、体重33貫という小間使いの女性、菊の井18歳を見かける。「ニン3バケ7」というまずい顔。だが、力持ちだから、米俵を2つ抱えて運んでいる。関兵衛は興味を持ち、声をかけ「今夜、鐘を合図に俺の部屋に来いと誘い。結婚しよう。仮祝言だ」とからかう。直助から「冗談だなどと言ったら絞め殺される」と言われ、慌てて裏木戸から逃げ出す。

醜いけれど女は女。菊の井は化粧して、支度を整え、鐘を合図に部屋を訪ねる。だが、もぬけの殻。床の間に勘定の5両が置いてある。「急な御用か。枕は交わさねど、口約束でも妻は妻」。菊の井は荷物をまとめて、追いかけた。51日目。直助のところに菊の井が現れる。「化け物が来た!」。関兵衛は植木屋六兵衛のところに潜む。菊の井は姉さん被り、たすき掛けで掃除、夕飯の支度…と家事にぬかりがない。5日経っても戻らない。直助も追い返せない。旦那が帰るまでは断食だという。痩せ衰える。夜中には裏庭で水ごり。仏壇のご先祖様に願いをかける。

10日経った。旦那からは音沙汰なし。留守を守る辛さ。旦那の在り処を教えてください。菊の井は涙を浮かべる。驚く直助は、その場に両手をついて謝る。「お許しください、奥様。そんな心とは露知らず」。大旦那を思い出す。死する今際に直助を呼び寄せ、「心に残るはただひとつ。後に残る倅をよろしく。嫁を娶るときは、顔はめくれば皆しゃれこうべ。心の美人を嫁に持たせてくれ。姿形は三日であきる。どこに不足があるものか」。その言葉を思い出した直助は家老に相談し、殿様が仲人になって菊の井を妻にする算段をする。

「関兵衛を呼べ」「ハッ」「お前は何歳になる」「25です」「嫁をとれ」「ありがとうございます」「姿形を見て嫌だとは申すまいのう」「必ず」「嫌と言ったら切腹を申し付ける」。「花嫁、これへ。挨拶をいたせ。被りものを取れ」「お久しゅうございます」。驚く関兵衛。「勘弁してください」「切腹だ!」。菊の井は涙を流し、「添い遂げます」。高砂や~と祝言。関兵衛も最初はつらく当たっていたが、次第に心が打たれる。女大学、ここにあり。菊の井なしではいられない仲に。

そして、生まれてきた子どもは、玉のような男の子と言いたいところだが、炭団に目鼻。鬼の子ではにあだろうかと言われたが、これが豪傑。立派に育ち、16歳で7尺2寸、49貫。姉川の合戦で活躍する真柄十郎左衛門、その人である。おお、これが「浮世床」の太閤記で出てくるマガラジュウロウザエモンか!

「将軍の母」も、「貞女菊の井」も、女は姿形ではない、気持ちなのだ、見た目の美しさより、心の美しさと教えてくれる。いやぁ。浪曲は勉強になります。