柳家喬太郎「マイノリ」 好きといえばいいのに いつもいえぬままに。想い続け、すれ違ってばかりの人生。

紀伊國屋ホールで「きょんとちば マイノリ、ふたたび」を観ました。(2020・08・21)

演劇を愛する落語家・柳家喬太郎と落語を愛する女優・千葉雅子による二人会は2011年7月8日紀伊國屋サザンシアターに遡る。お互いの専門分野に敬意を持っている二人の関係は、この9年前に千葉雅子が書き下ろし、柳家喬太郎が口演した新作落語「マイノリ」のメッセージにすべてが詰まっていると言っても、過言ではないのではないか。

この後、この二人会は15年に「サソリのうた」、17年に「秘境温泉名優ストリップ」が同じ形でネタおろしがされている。それらと違い、最初の共同作品と言っていい「マイノリ」は喬太郎師匠の節目の会でその後、2回口演された。必ず、スズナリという演劇の聖地で、「猫のホテル」主宰の千葉雅子を迎え、13年4月14日「ザ・きょんスズ」5連続公演千穐楽と、19年11月27日「ザ・きょんスズ30」一か月公演の最終ステージで。

大学時代に落語研究会だった男と演劇研究会だった女の、絶妙な相性と、微妙なすれ違いが交差する物語。ラブストーリーと言っていいもんかを、お二人に問えば、否と答えるに違いない。恋愛じゃないけど、心惹かれたり、離れたり、ずるずる付き合ってきた、いい意味での腐れ縁。そんなこんなで四十路まできちゃいました、っていうの、ありません?男女の友情は存在するのか?というテーマは、昔からずっとあって、僕も二十代だった頃、同世代とよく話したことあったけど、「ない」という意見が多いなか、僕にはあった。確かにあった。それが、この「マイノリ」とすごく重なる。

♪好きと言えばいいのに~からはじまる伊藤咲子の唄う「乙女のワルツ」が噺の前半と中盤と後半に3回出てくるんだけど、今回、この噺を聴くのが4回目だった僕は、もう前半に杉下が口ずさんだときから、目に涙が溢れてきちゃった。「恋愛じゃない、友情」と思いこむようにしているんだけど、どこかで「この人と結ばれたい」と思っていたのかな、と。歯車が上手く噛み合わなくて成就はしなかったけど、それで決別することなど一回もなく、ずっと良い仲が続いていて、それは絶対に壊したくない、手放したくない。そんな感情だよ。

あと「マイノリ」というタイトル。演劇をやりたい人間も、落語が好きな人間も、80年代の大学生の間ではマイノリティーだった。いや、今もマイノリティーだと思うけど。チャラチャラと合コンしたり、テニスしたり、ドライブ行ったり、カフェバーで飲んだり、ディスコで踊ったり。そんなこと、やりたくなかったのに。メジャーになりたくて、無理していた自分がいて。だから、藤田と杉下の気持ちに共感しながらも、二人は自分の好きなことを貫き通した。偉いなぁと思う。時代に流されてしまった僕は30代あたりから後悔した。だけど、二人は多少揺れながらも貫いた。すごいよ。この創作落語の登場人物に僕は共感なんておこがましい、敬意を持っている。

○ディズニーランドのバイトの面接試験に落ちた日大の藤田と國學院の杉下は意気投合して居酒屋で飲み明かす。落語研究会と演劇研究会。心の中に十字架を背負っているような。

○これが二人の出会いだったと、杉下はバーで飲みながらマスターに話す。どこか、屈折していたのよね。そして、ずっとそのままきちゃったと。

○藤田は妻ミユキと園遊会に来ている。40代の落語家では初めてのこと。娘のトモコが「演劇を勉強したい」と言う。「クラスメートが演劇の先生で、杉下さんと言うの」。夢。

○杉下は大河ドラマ「徳川家康」の撮影現場にいる。もう、3本目の大河だ。娘のマイがスタジオに見学にきていて、有名俳優に目を白黒させている。マイは友達のお父さんが有名な落語家だと言う。夢。

○電車の中の杉下と藤田。飲み過ぎて、小田急線の新宿と片瀬江の島を何往復もしている。お互いに寝ながら夢を見ていたと話す。ミユキちゃん?アンナミラーズのあの子?藤田が告白したが、振られた。杉下が「乙女のワルツ」を唄う。

○藤田が居酒屋の親父に昔のことを話す。あいつとはチョコチョコ会って、よく飲んだ。気が合った。あいつには何でも言えた。落語は年寄りの観るもの、という時代。ちゃんと食べる確証がなかったから、就職して何となく働いた。

○就職して2年後に再会した。乃木坂の焼き鳥屋。小洒落た内装。そこにワンレングスの杉下がいた。駒大のラグビー部出身の銀行員の男性を紹介された。自動積立預金を勧められた。「僕もね、結婚資金をこれで貯めているんです。短大生の彼女と来年6月にハワイで挙式する予定です」。

○「ザケンナヨー!」と叫び、ワンレンの髪がラーメンの汁につきそうになる杉下。「人生は台本通りにはなりませんな」と慰める藤田。新宿西口の屋台で始発まで飲む。乙女のワルツを口ずさむのは、今度は藤田。いつの間にか江の島にいた。

○杉下がバーのマスターに話す。「あの日がきっかけで、馬鹿馬鹿しくなって、会社を辞めて、劇団を立ち上げた」。「彼も落語家に入門したから、しばらく会わなかった」。

○シアタートップス。芝居に使うコンパネを搬入している杉下に、通りかかった藤田が声をかける。朝だ。藤田も末広亭の夜席の後、先輩に誘われて飲んで、朝帰り。杉下はたまに寄席に来て、見ていたのを知っていた。「来なくていいから」と言ったけど、彼女は悔しそうにしていた。感性が一緒なのかな。

○藤田が居酒屋の大将に話している。俺も彼女ができた。シズコ。俺の部屋に入ってくるなり、様子が変だ。他人行儀。「いつもあなたはこの部屋で私を抱いた。私は学校を辞め、バイトをして稼いで、着物や帯を買ってあげた。あなたは私が本当に好きなの?それとも、カツ源のマユミさん?ケンタのユリコさん?人妻のサユリさん?どっちが好きなの?私は長いマクラのうちの一つなの?」。修羅場。「種子島の父が帰ってこい、と言うの。ね、一緒に死んでくれる?」。そう言って部屋を出たきり、シズコは帰ってこなかった。

○そんなことも知っている杉下は、なまじ彼女にならなくてよかったのかもしれない。ちゃんとつきあった彼女も、杉下のせいで壊れたこともあった。彼女と一緒に杉下の劇団の芝居を観にいった。面白かったね、と言うと、彼女はプンプンしている。「この芝居に出てきた主役はあなたの昔の女でしょ。全て実話でしょ。あなたのことを下敷きにしている!杉下さんは私の知らないことも知っている!」って。

○杉下がバーのマスターに語る。まさか、芝居を彼女と観に来るとは思わなかった。最近、藤田の名前を少し聞くようになった。あいつの落語は面白い。末広亭で端っこで聴いていたけど、ばれていたのよね。

○藤田と杉下の再会。新聞に若手のホープで、「芝浜」や「居残り佐平次」なんかをかけて頑張っていると紹介されていたよ。私もね、大手から全国を回る大きな舞台の仕事を持ち掛けられているんだ。ギャラ100万。だけど、シアターグリーンの小劇団の芝居も本が面白くて出たいのよね。すると、藤田が杉下にお願いをする。タチの悪い女を妊娠させてしまった。彼女は反社の男が後ろにいて、金を貸せと脅された。師匠には相談できない。まとまった金がほしいんだ。実は本命の彼女と結婚の約束していて。杉下はデリカシーの無い男だと思い、芝居もシアターグリーンを選んだ。

○藤田が振り返る。実は妊娠は狂言だった。かみさんの知り合いが弁護士できちんと片づけてくれた。かみさんに話せないことを杉下には話せる。でも、本当に言いたいことは言えなかったり。マイノリ?なんだか知らないけど、私たちは飲むよ!酔いつぶれる藤田。そして、杉下。

○二人は電車の中。何年振りだろう?久しぶりに、やっちゃったか?交互に唄う「乙女のワルツ」。藤田が着いたのは西武秩父。杉下が着いたのは片瀬江ノ島。

好きといえばいいのに いつもいえぬままに

月が上る小道を 泣いて帰った

白く咲いてる野の花を つんで願いをかける

どうぞ愛があなたに とどくようにと

好きなひとはいつしか 他のひとをつれて

遠い町へ旅立つ 何も知らずに

駅のホームのはずれから そっと別れをいって

それで愛が悲しく 消えてしまった

小雨降る日はせつなくて ひとり涙を流し

つらいだけの初恋 乙女のワルツ

その後、数日は「乙女のワルツ」が僕の頭の中でぐるぐると脳内再生していた。ちなみにリアルタイムで伊藤咲子で好きだった曲は「木枯しの二人」。僕の妻は「ひまわり娘」。人生はすれ違いが面白いのかもしれない。