【渋谷らくご しゃべっちゃいなよ】彦いち師匠からの赤紙。名誉だがプレッシャー。フレッシュな高座で僕らは幸せになれる。
配信で「渋谷らくご 八月興行」を観ました。(2020・08・18)
噺家さんは、おしゃべりが好きだから噺家になるのでしょう。僕は人前でおしゃべりするのが苦手だから、身の回りで起きたことや、日々の暮らしで感じたことを相手に伝えたいと思ったら、文章にして伝えないと上手く伝えられない人間です。大切なお願いや連絡をするときもそうで、電話で言葉だけで伝えるのは最も苦手なので、(それで失敗したことが何度もある)、最低でもメールやLINEのようなショートメッセージにして伝えますが、それでも思いつきでパッと書いちゃうのは怪我の元で、だから、一旦文章にしたものをメールしたりします。あとはアナログかもしれませんが、手紙を書きます。推敲して、声に出して読み、妻に聞いてもらって、これで失礼がないか?ちゃんと伝わるか?確かめます。
だから、放送局のディレクター時代も、ナレーションコメントを書くのは得意でしたが、スタジオで話し言葉で喋るのは苦手で、それでも必要に迫られた場合は文章にしていました。でも、それだと棒読みになってしまうので、それをもう一回壊して、単語の羅列にして喋るという習慣をつけました。兎に角、僕はおしゃべりが苦手です。だから、「しゃべっちゃいなよ」というタイトルだけ見ても、ここに出演する噺家さんは、凄いなぁと思います。ゼロから創作した落語を、何も見ずに、自分の肚から出たように、スラスラと喋り、それがまた面白いのですから。到底、僕には出来ないお仕事だと敬意をもって、高座を拝聴しています。
そして、この日の「しゃべっちゃいなよ」も愉しかった。辰乃助さん、三四郎さん、昇也さん、そして彦いち師匠がネタおろし。さらに新作落語のレジェンドとして柳家小ゑん師匠が出演しての長講!面白くないわけがありません。今年も落語協会で新作落語コンクールがあり、340点ほどの作品の応募があったが、これは!と思うような作品には巡り合えないと小ゑん師匠がおっしゃっていましたが、兎に角、新作落語を創るというのは難しい!もう、彦いちプロデューサーから依頼(赤紙と皆さんが呼んでいましたが)があると、それは大変名誉なことではあると同時に、大変なプレッシャーであると若手の皆さん、口を揃えておっしゃっいます。だから、来月もこの「しゃべっちゃいなよ」があると聞き、今から楽しみです!
入舟辰之助「ラップの神様」
高校時代がラップブームで、自分も「かじっていた」そうで、そういう得意なものを生かすのは大切なことだ末広亭の前を通りかかった「全国を放浪しているラッパー」が「小三治、小袁治、小文治、小団治。韻を踏んでいる!」。
深夜寄夜の9時、裏の路地、出番間近の俺はマジ、野次を蹴散らすこの出囃子、でも俺の小噺まるで野放し、こけてばかりの滑稽噺、楽屋戻れば師匠の失笑、でも扇子で魅せる俺のセンス、目指すはテッペン、この高座の向こうさぁ
それでもって、「鼓ヶ滝」のパロディ。末広亭の席亭に誘われて入った鳥貴族で酔いつぶれてしまい、気が付いたら、一面の砂浜。ようやく辿りついた海の家にいる爺さん、婆さん、娘にラップを手直しされるのがとても楽しい。
「こけてばかりの滑稽噺」に「畳二畳の人情噺」を加える。「出番間近の俺はマジ」を「ヨセと言われた深夜寄席」に変える。「目指すはテッペン、この高座の向こうさぁ」は思い切って「マジで目指すぜ、柳家小三治」に変えちゃう!それで改めて、手ぬぐいをバンダナ代わりに巻き、サングラスをかけて改訂版のラップを披露する辰之助さん、イキイキしていました!
桂三四郎「それがゴルフや」
これも自分が夢中になっているモノを題材に。コロナ自粛期間中にゴルフにはまり、打ちっ放しでレッスンプロに習った体験談から、「ゴルフあるある」満載の新作落語に。
接待ゴルフは普通のゴルフとは違う。楽しく、仲良く。むしろ、下手の方がいい。高め合うスポーツじゃない。技術、体力、メンタル、道具。これらが揃わないと上達しない。だから、てっとり早く、自分より下手な奴を探すのがゴルフの真髄。ちょっとかじったら、下手な奴にアドバイスしたくなるスポーツ。そのアドバイスでそいつが混乱して、失敗を繰り返すのを見て楽しむスポーツ。まさに!
ゴルフは雨の中でプレイするのは一番避けたいので、接待ゴルフには「晴れ男」が必要というのも、当たらずとも遠からず。それをデフォルメして、「天気調節会社」に若手社員が発注にいくのも面白い。晴れさせたい地域に、強力な晴れ男を何人も派遣するという!カミナリ男や、霧ヶ峰という名の力士、警報ラッパーまで登場して、タツオさんいわく「天気の子」みたいになってましたよね(笑)。
春風亭昇也「うらめしや松次郎」
古典の素地がしっかりある上に、昇太イズムの新作魂があるから、強い!マクラの稲川淳二の怪談噺テクニック論もガッテン!
飲んで酔って帰る松次郎、一本道間違えて、柳の下に。そこに現れた幽霊が「うらめしやぁ」と現れ、松次郎は「出たぁー!」を大声で連呼。これに慌てた幽霊が、そのビックリなリアクションに驚き、「初めて出たもんですから」。
「幽霊に対するお前の勝手なイメージで出るな!」松次郎の説教がはじまるのが愉しい。恨めしいから「うらめしやぁ」だ。「うらめしい」という形容詞に、「や」という助詞がついて強調しているんだ。恨めしくない相手に、「うらめしやぁ」と出るな!噺家誰もが「毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いで」と言って出るか?「よろしくね」でいいじゃないか。陰の手もやめろ。両腕を広げて陽の手にしろ・・・「寿司ざんまいか!」(笑)。三角巾や白装束もやめて、ミッキーマウスのコスプレにしろ。
事情を訊くと、男は初めて彼女が出来て、半年つきあって、結婚したいと思っていた。ところが、女の方は他に男をこしらえて、棄てられてしまった。だから、初デートのときの思い出の柳の下で自ら命を絶ったという。松次郎が説教する。「死んだらどうにもならない。生きてりゃ何とかなる」。まぁ、幽霊は死んでしまったわけだから仕方ないのだが、今後の幽霊としての在り方を示唆するのが、この噺の肝だ。「ヨロシクネ!で、陽気に生きろ。幽霊は陰気なものと決まったわけじゃない。陽気な幽霊がいたっていいじゃないか。それで、通る人を明るくしてあげたらどうだ」。
で、幽霊は言われた通りに、ミッキーマウスのコスプレで「ヨロシクネ!」と柳の下で出続けたら、明るくなれる心霊スポットとして有名になり、宝くじまで当たる人まで現れ、いつかパワースポットに!そこに男が棄てられた元彼女のリエちゃんが新しい彼氏とここに訪れる。だが、男は「うらめしやぁ」と言えず、「お幸せに」まで言ってしまった。霊界の使者が来た。「転生の準備ができた。もう思い残すことはないだろう。傷も癒えたのでは。もう、ここにいる必要もないだろう」。男は使者に言う。「御礼を言いたい人がいます」。
松次郎が営む曙町の豆腐屋を訪れる。ところが…出てきたのは松次郎の女房で、松次郎はいないという。そのわけは…。実によく出来た噺で、「あまり新作は作らない」と言っていた昇也さんだが、その才能は十分高いことがよく分かった。
林家彦いち「口を閉じれば」
2月の「しゃべっちゃいなよ」で作ったのが「無観客寄席」。まさか、それが現実のものになるとは…。そして、今回も今のご時世を深く考えさせる新作に。
マスクは不要になったが、相変わらず「飛沫予防」が叫ばれる世の中という意味では現在と変わっていない世界が舞台。映像をご覧になれば一目瞭然だが、「フェイスシールドを超える仕草」が、この噺のカギだ。タカシとサトミは、「小池ちゃん」と呼ばれるガイドラインに沿って、デートをし、ライブを聴きに行き、ご両親に結婚の挨拶に行く。サトミの両親ともに、意識高い系というのもカギ。そして産まれてきたきた赤ん坊も…。
柳家小ゑん「長い夜・改Ⅱ」
スターバックスでの寿限無のような注文がいい。シングルベンティ、ヘーゼルナッツ、アーモンドキャラメルモカ、ホワイトモカ、キャラメルソース、チョコレートソース、チョコレートチップス、アドジェリーソース、エキストラソース、チャイエキストラシロップ、エキストラソース、エキストラアイス、ツーパーセント、バニラアイスクリーム、フラペチーノ、ください!
噺の途中で、辰之助さんに感化されたのか、ラップを入れる即興性は新作派ならではのアドリブ。後で彦いち師匠が「ドンブラコッコ!がラップなのか、という問題はありますが」(笑)。
9月の新作ネタおろしは、柳家花ごめさん、三遊亭ふう丈さん、立川寸志さん、春風亭昇々さん。レジェンドとして三遊亭丈二師匠が「大発生」を。プロデューサーの彦いち師匠も、コメンテーターとして出演。楽しみです!