玉川太福「男はつらいよ」 時代は変わっても、人間の根底に流れる「情」は変わらない。捨てちゃいけないんだ。

日本橋社会教育会館で「玉川太福 男はつらいよ 全作浪曲化に挑戦!」を観ました。(2020・08・15)

太福さんが国民的映画「男はつらいよ」全作の浪曲化に取り組んでいることは、2月に第13作「寅次郎恋やつれ」ネタおろしのタイミングで3月8日のブログに書いた。その後、5月に第14作「寅次郎子守唄」はネット配信でネタおろしをした。そして、今回、第15作「寅次郎相合傘」は日本橋社会教育会館の定員の半分程度の入場制限をして開催された独演会で披露された。3カ月に1回、年4本のペースで、コロナ禍に負けずに頑張っている。

マドンナの浅丘ルリ子演じるリリー松岡は寅さんシリーズに4回出演していて、第11作「寅次郎忘れな草」に続いて、この第15作が2度目の出演。なおかつ「メロン騒動」の場面が、寅さんファンには有名な名作である。この日は、その2作品を、中入りをはさんで披露したため、非常に良い会になった。

寅さんは漢気があり、優しさがあり、だけど照れ屋で、日本人特有の遠慮の美学があり、だけれども、そこには一本の筋が通った生き方をしている。それは生き方もそうだが、恋愛もまたしかりで、当然寅さんのような人物に女性は惚れてしまうのに、なぜか気持ちのすれ違いで、最後は失恋し、旅に出るのがお決まりのパターンで、だからこそ、日本人、とりわけ昭和の日本人は愛したのだと思う。もっと押せばいいのにという歯がゆさと、だけどそれが寅さんの素敵なところ、という二律背反が共存しているのが「男はつらいよ」なんだね。

今回、リリーとの出会いから、再会、そしてまた別れを浪花節で聴くことで、その人生哲学のようなものが、しっくりと僕の心にはまって、とても良かった。

「寅次郎忘れな草」。網走で泣いている歌手リリーと出会った寅さんは、彼女の事情を訊き、一緒に旅をする。北海道開拓者部落の人たちを見習え!というのが寅さんの励ましというのもすごい。寅さんがいかに沢山ふられてきたか、その失恋遍歴を聞いたリリー。「寅さんは何百万回も惚れて、何百万回もふられてきたのね。わたしは心の底から惚れるような恋をしたことがないの。一人の男を惚れて惚れて惚れぬきたい!・・・私の初恋は寅さんかしら?」。

キャバレーで歌を歌い、稼ぐリリーに金をせびる母親が大嫌いで背を向けてきた。その歌声はどこか寂しい。寅さんは「人並の家庭の幸せを味わわせてあげたい」と、柴又へ連れて行く。だが、東京のキャバレーで酔っ払いにからまれ、客を引っ叩いてしまったリリーは、そこのマネージャーに怒られ、落ち込む。一緒に飲んで慰める寅さん。「何もかも嫌になったなら、今すぐ旅に出よう」と誘うが、リリーは言う。「寅さんには立派な家がある。私は孤児」、そう言って飛び出してしまった。

寅さんも上野駅5階の大衆食堂でビールを飲み、9時15分の列車に乗り、北へ。一方、リリーは寿司屋のおかみさんになった。そこに、さくらが訪ねる。リリーは「本当はね、私、この夫よりも寅さんが好きだったの」。隣の夫が「それは言うなよ」と笑う。それを見て、さくらも思わず微笑んだ。さて、寅さんは網走の牧場で働くことに。この恋物語はどうなるのか…。

「寅次郎相合傘」。寅さんが八戸駅で、今にも自殺しそうな男・兵藤謙二郎(船越英二)という男と出会い、励まし、一緒に旅へ。旅は道連れ世は情け。「寅さんと旅をしながら、親切の大切さが分かった」と兵藤。函館で二人で屋台のラーメン屋をやっていると、そこに、なんと!リリーが現れた!運命の再会。「どこに行っていたの?」「色々、あったのよ」「何していたの?」「恋をしていたのよ」。積もる話に花が咲く。

リリーも加わった三人組は小樽へ。兵藤が言う。「ここに僕の初恋の人が済んでいるんです。生涯で一番愛おしい女性なんです」。住所を基にたずねると、そこは喫茶店で、かつての恋人が働いている!「謙二郎さんでしょ?ちっとも変っていないのね」。話を訊くと、彼女は亭主に先立たれたと。兵藤は頼んだコーヒーも飲まずに、「汽車の時間が…」と言って、逃げるように帰ってしまった。「僕は彼女を幸せにしてあげることのできない、ダメな男なんだ」。

このセリフを聞いたリリーはカチンとした。「何、生意気なこと言っているのよ。男が女を幸せにする?それは男の思い上がりよ!」。口喧嘩となり、この三人旅はあっさりと終了。

柴又に帰った寅さん。そこにリリーが「私が悪かった」と追いかけてきた。寅屋の皆で大宴会。リリーの唄う「悲しい酒」が響く。仲の良い寅とリリー。「足は冷たくないか?温めてやろうか?」。まるで夫婦か、恋人か。呆気にとられるお茶の間一同。街中も腕を組んで歩く二人に、御前様やタコ社長が茶々を入れる。寅さんが夢を語る。「リリーはキャバレーなんかじゃなく、大劇場で歌うべき歌手なんだ。水を打ったように静まって、涙を流して聴き入るんだ。そして、観衆の喝采を受ける」。これを聞いて、一同もらい泣き。

その2日後。兵藤からの贈り物が届いた。メロンだ。「人数分、平等に切れよ」。そこに帰ってきた寅さん。「寅さんの分、忘れた!」。皆、食べかけの自分の分を、寅さんに差し出す。人数の勘定に入れてもらってなかったことに、怒る寅さん。そこにリリー登場。説教がはじまる。「あんたは家族に恵まれているじゃないか。こんな温かい家庭はない。ありがたいことじゃないか」。胸のすくような啖呵で。これを聞いた寅さんは「バカヤロー!メロンなんて食いたかねーや」と言って、出て行ってしまった。

リリーが住むアパートにさくらが訪ねる。「これは冗談よ、冗談だと思って聞いて。お兄ちゃんの奥さんにリリーさんがなってくれたら、どんなに素敵かしらと。冗談、冗談」。それに対して、リリーは意外な反応。「いいわよ」。そこに、寅さんが帰る。「結婚?からかっているのか?冗談なんだろ?」。すると、リリーは「そっ!冗談よ、冗談。冗談に決まっているじゃない・・・私、これで。お世話になりました」。去る、リリー。寅さんは追いかけず、二階へ。外は土砂降り、涙雨。「リリーは頭が良くて、気性が強い、しっかりとした女。おいらとと同じ渡り鳥よ」。

夏。リリーはさくらとおしゃべりをしている。寅さんは北海道へ。そこで、観光慰安旅行の団体を乗せたバスと出くわす。キャバレー「未完成」の馴染みの二人と再会。二人の恋路はどうなるか…。

いや、本当に「恋」なんてやつは、ちょっとした気持ちの行き違いや、言葉の捉え方の間違い、そして何よりもその場の空気がもたらす勢いで成就したり、しなかったり。それは恋だけでなく、人生の様々な出会いや人間関係にも通じることだ。「男はつらいよ」が50年間愛され、50作品作られてきたのは、時代は変わっても、人間の根底に流れる「情」は変わらないからだと僕は思う。いや、そう信じたい。ギスギスした世間だけけれど、その「情」を捨てちゃいけないと思うのである。