鈴々舎馬るこ「大工調べ」 棟梁の啖呵はミステリー仕立て。大家はとことん悪党だった。画期的な改作に拍手喝采!

配信で「まるらくご 爆裂ドーン!」を観ました。(2020・08・11)

改作の雄、鈴々舎馬るこ師匠について、7月23日のブログに書きましたが、8月の勉強会の配信で演じた「大工調べ」の素晴らしさに感動し、筆を執りました。この日は「看板のピン」「船徳」「大工調べ」の三席でしたが、その中でも、「大工調べ」について書きます。

落語「大工調べ」は文字通り、お裁きもので、「三方一両損」「五貫裁き」「帯久」など、いわゆる大岡政談の一つではあるが、後半のお白洲よりも、前半の大工・政五郎と大家のやりとり、特に政五郎の啖呵でクライマックスを迎える演出が多く、お白洲までいかずに切ってしまう噺家さんが多い。柳家三三師匠はお白洲まで演るのを好んでいて、大岡越前守が質株を持っていない大家をやりこめ、「大工は棟梁、調べをご覧じろ」のサゲまで連れて行ってくれて、逆にそれが特徴だったりもする。

政五郎の啖呵の江戸弁の切れ味とスピード感に噺家さんが重点を置いてしまいがちな噺になっているだけではない。政五郎が与太郎の滞っている店賃の一両二分を立て替えてやるが、「たった800文」が足りないばっかりに大家がカタにとった道具箱を返さないことで「大家が因業」であるトーンで噺が進むが、「果たして大家は因業か?」という疑問と格闘している噺家さんも多い。だって、本当に800「だけ」だけど、確かに「足りない」のだから、大家の方が理にかなっているのではないかと。

そこを、逆手にとって、馬るこ師匠は「では、この大家を徹底的に因業にしてしまおう。いや、因業どころか、悪党にしてしまおう」という発想に切り替えたことで、この「大工調べ」はすごく魅力的な落語へバージョンアップすることに成功したと僕は感じた。それも、皆が注目する「啖呵」の部分で。もう、それはミステリー仕立てといっていい。謎解きで、大家の悪行が暴露される啖呵なのだ。

登場人物を整理すると、棟梁の政五郎、与太郎、大家の源兵衛、その女房、そして乾物屋主人の辰吉。棟梁が啖呵で大家の氏素性を並べ立て、いかに大家が悪者かを主張するが、大家は知らぬ、存ぜぬ。あくまで800を返せという。で、そこまで言うんだったらと、辰吉を呼び出し、最後には大家にグーの音も言わせないどころか、怯えてしまい、「勘弁してくれ」と陳謝する。もはや奉行が調べる必要などない。そのくらいに、証拠をもって大家の悪党ぶりを証明する棟梁は、さながら刑事コロンボ、古畑任三郎か。

大家の源兵衛は元々は、どこかの町内をしくじって、この町内に転がり込んできた新参者。寒空の下、洗いざらしの浴衣一枚でガタガタふるえているところを、棟梁の父親が助けてやり、飯を食わせてやり、番小屋に住まわせて、町内の雑用を引き受ける仕事をするようになった。ある日、源兵衛の居場所を嗅ぎつけてきた借金取りがやってきて、「溜まった20両を耳を揃えて返せ」という。

それで事情をよくよく訊いてみると、前の町内で源兵衛が、お屋敷の奥様と不義密通を働き、その旦那にばれて、「7両2分を持ってこい。それが嫌だったら二つ重ねて4つに斬る」と言われた。方々に頭を下げて、借金を重ね、7両2分は払えたが、利息が雪達磨式に増えてしまい、20両溜まったところで、この町内に逃げてきた。それで、棟梁の親父さんが可哀想じゃないかと、方々に頭を下げて20両をこしらえてやって、借金を立て替えてやった。源兵衛がいまあるのは、棟梁の親父のお陰。それがなかったら、どこかで野垂れ死にしていた。しかし、そのことについて、棟梁はこれまで一言も触れなかった。「その俺が頼んでいるんだ。800の銭くらい負けてやってくれよ。道具箱、返してやってくれよ、と頼んでいるんだ」。まさに、棟梁に言い分は筋が通っているのだ。

それなのに、大家はそれでも強気なのが憎たらしい。「確かにお前の親父には世話になった。あのときの20両がなかったら、どこかで野垂れ死にしていただろう。だが、親父は親父。お前さんはお前さん。親父に似て、人の面倒見もいいし、人望はあるだろう。しかも、これまで私のあのことは一言も言ったことはなかった。私を立ててくれていた。それが私はズー――――ッと、嫌だったんだよ!」。目をひん剥いて、すごい憎たらしい顔で言う。「お前さんの顔を見るたびに、見下されているんじゃないかという思いにとらわれて、お前さんの、ことが、ダイ、キライ、だったんだぁー!800、もってこい。持ってこないと道具箱は渡せない」。

「しょうがないな」という顔で、棟梁は与太郎に乾物屋の親父の辰吉を呼びにいかせる。お前がそこまで言うのならと、今まで知られていなかった大家の悪行を暴露することにする。元々、この家は六兵衛さんが焼き芋屋を経営していた。厚く切った本場川越の芋で評判もよかった。辰吉はそこの奉公人だった。そこに入り込んできたのが、源兵衛。辰吉のほうが先輩だ。なのに、源兵衛が後継者になったか。六兵衛の女房の懐に入った。水を汲みましょ。芋を洗いましょ。薪を割りましょ。六兵衛は20歳年下の若くて働き者のいい嫁をもらったと評判だった。今は面影もないが、小町と呼ばれていた。それがなぜ、源兵衛がこの焼き芋屋を継いだのか?

駆けつけた辰吉が告白する。この源兵衛は地獄に堕ちなければいけない人間です。15年前。ミンミンと蝉の鳴く暑い日のこと。当時、旦那は病に伏せがちで、辰吉は看病に専念した。源兵衛が店の切り盛りをしていた。そして、あろうことか、同じ屋根の下で、源兵衛はこのおかみさんと不義密通を働いていた。当時、辰吉は借金で首が回らなかった。そこに「この人間の皮をかぶった鬼」が、ニコニコしながら声をかけた。「借金を何とかしてやろう。店を一軒持たせてやる。だから、このお茶を旦那に飲ませて、お前は一刻ばかり表に出歩いてろ」。辰吉はその誘いに乗ってしまった。家に戻ると、血を吐いた旦那が倒れていた。

「どこに証拠があるのか?作り話をするんじゃない。あと800返してもらわないと、道具箱は返せない。お引き取りください」とあくまで白を切る源兵衛。すると、辰吉は「証拠があります!もしものときのために、そのお茶を手ぬぐいに滲み込ませ、当時の瓦版で包み、この家のあるところに隠しました!今、奉行所に行ってきます!」。急に慌てだす源兵衛。「待て、待て!金が欲しいのか。金ならいくらでもある。ふんだんにやろうじゃないか」。

ここぞとばかりに、棟梁の政五郎が攻める。「バカヤロー!人一人、手にかけておいて、それもお前が世話になった旦那を毒で殺して、てめえは何の罪も感じないのか!お前は鬼だ!人間じゃない。お前は討ち首獄門だよ!」。「どうすれば助かる?」とすがる源兵衛。そこで、高らかに言う。「真摯に罪を受け止め、反省し、逡巡し、改心した姿を、お奉行さまに見せれば、人の心のあるお奉行さまだったら、討ち首ではなく、遠島、島流しにしてもらえるだろう」。

そして、ついに、道具箱は与太郎の手に戻る。悔しそうな大家の源兵衛。このあと、落語らしいサゲがあるが、ここはひとまずミステリー仕立てになった棟梁・政五郎の啖呵に喝采を送りたい。