講談協会7月定席 「母の慈愛」と「安政三組盃」「お富与三郎」「天保六花撰」の連続物抜き読み 講談の魅力をたっぷり堪能(下)

上野広小路亭で「講談協会定席」を観ました。(2020・07・23)

(きのうの続き)

田辺南北「鎌倉三代記 鎌倉落ち」

神田春陽「天保六花撰 河内山宗俊 丸利の強請」

将軍家の御用をする奥坊主の河内山は三十俵二人扶持。泊まり明けで伴を連れ、帰路に就くところ、神田橋でほっかむりをした怪しげな風体の男がいる。「乞食か?ん?丑松じゃねえか」「いや、10両の算段を願いたくて」。どうやら旧知の悪友のよう。伴の治助に「お友達と会って、他を回って帰ると伝えてくれ。立派な方だったとな」。

潮来屋という小料理屋に入り、二階奥座敷に通される。友達というのは、兄弟分の「暗闇の丑松」と仇名されている男だ。ナリが汚いから、店でも警戒される。「あす、佐渡行きが10人あって、そのうち友達が3人いるんだ。餞別を渡したくてね。俺は小間物屋で堅気になっている」。河内山は承知し、策略を丑松に耳打ちする。「お前は紙屑拾いになれ。手筈にかかるぞ」。

四ツ(午前11時)。浮世小路の「丸利」へ。番頭が出てくる。「煙草入れをこしらえたい」。布の柄を見たり、金物を見たりして、緒締めを選ぶ段に。番頭の見せた珊瑚玉は5両3分。「まぁ、そのあたりか」と見ていると、番頭が「珊瑚の古渡りの極上がある」と見せる。13両2分だと言う。しばらく見たが、やはり5両3分の方を求めることに。「この玉に龍、根付は西行で」。後片付けになる。すると、13両2分の極上の珊瑚がない!慌てる番頭。「念のため、袂を改めていただけませんか?何かの拍子に…」「何!?無礼千万!」と凄む河内山。

実は鼻をかむふりをして、懐から紙を出して、誰にも分らぬよう13両5分の珊瑚の緒締めを紙に包み、クルッとひねって、表の通りにポーンと放り投げ、これを紙屑屋姿の丑松がハサミでつまんで紙屑籠の中に入れ、何食わぬ顔で立ち去ったのだ。

店の奥から主人の利兵衛が出て来た。河内山を奥の座敷に通して、着物を調べさせて欲しいと言う。宗俊は羽織、帯、着物と脱いで、裸になる。番頭が着物を叩いて検めるが緒締めは見つからない。「夏でよかった。冬なら風邪をひくところだ」と河内山。主人と番頭を見下ろす。両手をついて謝る二人。「よくも、人を疑ったな。俺は下谷練兵衛小路に住む、数寄屋坊主、河内山宗俊だ。盗人の汚名を着せられた。この始末、どうしてくれる!」。指を1本差し出す。「10両ですか?」「100両だ。それに煙草入れを付けろ」。河内山宗俊、「卵の強請」は松鯉先生で何度か聴いたが、この強請もまた悪党極まりない、ピカレスクな魅力がある。春陽先生の高座に迫力があった。

田ノ中星之助「母の慈愛」

日光今井宿で旅籠を営む車屋太左衛門は女房のお国を亡くし、8歳のなる八五郎と二人。周囲から後添えを持てと勧められるが、「八坊を継子いじめするかもしれない」と気が進まない。そこに、古くからの恩人である日本橋小伝馬町の日光屋甚兵衛から、「評判の貞女だ」と折り紙付きのお直という女性を薦められ、後添えにすることにした。

八五郎が9歳のとき。太左衛門が寄合から帰る夕暮れ、「お父ちゃん!」と呼ぶ声がする。八坊だ。一緒に帰ろうと言うが、「おいらは家に帰りたくない」と言う。理由を訊くと、お直が苛めるという。「おかあちゃんは魚で飯を食うのに、おいらには沢庵しかおかずにくれない」。ぶつ、蹴る、折檻する。太左衛門は腹を立てた。「とんでもない女だ!離縁する!」。お直に言う。「とっとと出ていけ!」と、乱暴する。泣き伏すお直。近所の人が止める。「こんなにできた女房はいないよ。貞女だよ」「何を!お前、お直と怪しいな!」。

日光屋が来る。女中のおはるが「取り込みごと」だと言う。「八坊がきっかけ?任せなさい」と、二階へ上がる。太左衛門から事情を訊く。「太え女?誰から訊いたんだい?」「本人の八坊から訊いた」「お直さんは貞女の鑑だ。八坊は悪賢い、図々しい子なんだよ」。

日光屋が半年前のことを話す。「お前が留守の晩。私の枕の下の胴巻きがズルズルと引っ張られるんだ。何だろう?と思って、廊下を見ると、障子を開けて、竹竿で胴巻きを八坊が引っ張っていたんだ」。「ごめんなさい。出来心です」と泣いて謝る八坊を見逃し、小遣いに一分渡した。ペロッと舌を出してニタニタしている八坊がいた。「三つ子の魂百まで。ロクなものにならない」。お直さんに訊くと、ちょくちょく悪さをするから、小言を言い、折檻したが、それを八坊は煙たがっている、と。「呆れたもんだ。私の前でお直さんに手をついて謝りなさい」。行燈の下で八坊の繕いものをしているお直に、「勘弁しておくれ」と太左衛門。でも、お直は「私が至らなかったんです。堪忍してください」。

日光屋が提案する。「八坊を江戸へよこしなさい。私に預けておくれ。了見を叩き直すから」。それを立ち聞きしていた八坊。日光屋が「甘くねぇからな。性根を叩き直すぞ」。江戸の日光屋で、八坊は「いいことはいい。悪いことは悪い」、徹底的に教え込まれた。毎日、へとへとになるまで働いた。ここで、「夜空に広がる満天の星~」と、星之助先生オリジナルと思われる星座を沢山織り込んだ修羅場読み。これがまたいい。

10年後。「しばらくぶりです。不孝者の倅です」と、八五郎が日光今井宿、太左衛門の元を訪ねる。「おかあちゃんに詫びをして、許しを得て、あげてもらえ」と日光屋に言われ、訪ねてきたのだ。お直との対面。「ご恩返しをします。今までのことは許してください」。八五郎は河内屋九兵衛の娘ちよを嫁にもらい、旅籠を継ぎ、太左衛門とお直は隠居のハッピーエンド。「双蝶々」の長吉のように、奉公に出ても悪党の性根が直らず、生涯裏街道を歩くダークストーリーも悪くないが、単純明快に八五郎が更生する物語を素直に聴いて喜べる、そういう感性を持ち続けたいと思った。