講談協会7月定席 「母の慈愛」と「安政三組盃」「お富与三郎」「天保六花撰」の連続物抜き読み 講談の魅力をたっぷり堪能(上)
上野広小路亭で「講談協会定席」を観ました。(2020・07・23)
先月に続き、講談協会定席に行った。主任の田ノ中星之助先生が「母の慈愛」をネタだししていて、これは文化庁の支援を受けて口演をするために、この読み物を十八番にしている神田翠月先生から習ったんだけど、このコロナ禍でなかなか披露する高座がなく、やっとここで掛けることができたそう。いちかさん、貞寿先生、春陽先生の高座もたっぷりで、素晴らしく、実に充実した4時間だった。
一龍斎貞司「三方ヶ原軍記」
田辺一記「藤堂高虎 出世比べ」
田辺凌天「後藤半四郎 天下無敵流」
田辺いちか「安政三組盃 間抜けの泥棒」
津国屋惣兵衛の娘・お染(17)は絶世の美人。出羽国の佐竹左京太夫に一目惚れされ、妾として抱えられるが、その真っ直ぐな気性ゆえ、不実なことがあると啖呵を切るために殿様から疎まれ、座敷牢に入れられてしまう。この仕打ちから救ったのが杉田大蔵。お染は座敷牢から抜け、実家に戻ることができた。お染は御礼に根岸に住む大藏を訪ねたいと申し出ると、津國屋総出で御礼に。
すると、大蔵は実にイイ男。お染、顔を見て、ボーッとしてしまった。恋の堕ちた。翌日も御礼に行きたいと進言。「きのうは義理の御礼。今度は本当の御礼を一人でしみじみしたいのです」。しかたなく、父は婆やを伴につけ、大蔵邸へ行かせる。そのまた翌日。「まだ胸がいっぱいで、思いの半分も言えていない」。で、大蔵邸へ。これが7日間続いた。
さすがの大藏も参った。「離れに通しなさい。私が娘と二人で差し向かえで話そう」。「これを最後にしていただきたい」とお染に告げる。「あなたは美しい。人の噂になる。この身が危うくなる。当家には足を踏み入れないでほしい」。これに対し、お染は「ご迷惑は重々承知です。あなた様は立派な方、命の親と思っています。思いは一層募るばかりです。奥方にとは夢にも思いません。せめて妾にでもしていただけないでしょうか」。三国一の美女から、真正面にこう言われたら、心が動かぬ男はいない。
大藏は言う。「よくおっしゃってくれた。男冥利の尽きます。3年、待ってください。そうしたら、めでたく夫婦の契りを交わしましょう」。以来、お染は大藏を訪ねることなく、実家に籠る。縁談が舞い込んでも、一切断る。「男嫌いになりました」。クーッ、絶世の美女にそんな心にもないことを言わせる大藏よ。
お染は母のお仲と婆やを伴い、柳島の別荘で静養する。ある晩、一人でちびりちびりと酒を飲むお染。酔えない。なぜ?興福寺の四ツの鐘が鳴る。すると、庭から男の声がする。泥棒?3人のようだ。気丈なお染は「どなた?戸を外されると困るのです。開けて差し上げます」。泥棒3人は目の前の美女にビックリ。色白で髪は濡れ羽色、文金高島田の髷。ブルッ!と震えるイイ女。
泥棒の1人が池に落ちて生爪を剥いでしまったので、お染が手当をしてやる。「よく来てくださいました」。六畳の座敷に通す。「お一つ、いかが?」と酌をする。「俺らは重吉、源太郎、熊吉。亀戸の無宿人だ。有り金、全部よこしやがれ!」と凄むが、お染は動ぜず、「あるだけ、持っていってくださいな」。泥棒たちは「金だけじゃ満足できない」と今度は女を迫る。それにも動ぜず。「野暮なことを言いなさんな。3人のうち、この方となら、という人がいます。察していただけないんですか?俺だと思った方は、改めてお訪ねくださいな。さ、今夜はたらふく食べて、お金を持って、いい気持ちで帰ってください」。三味線を弾き、一人は踊り、一人は唄い、一人はヤンヤ!
母お仲と婆やが起きてきたので、「亀戸の泥棒さんよ」と紹介。カラス、カーッで夜が明ける。「それではお暇」と言うのを、「もう一杯」と引き留める。「大きな荷物を運ぶのも大変でしょう。お小遣いに一分ずつあげるから」。3人は頭を下げて、裏口から出る。そこには町方役人から連絡を受けた十手持ちが「御用だ!」。その一部始終を訊いた泥棒たちの親方は「堅気にしては面白い。見てみたい」と、翌年、お染の元を訪ねるが…。きょうはここで読み終わり。いちかさんの高座にグイグイ引き込まれた。
一龍斎貞寿「お富与三郎 仙太郎の強請」
両国の鼈甲問屋・伊豆屋与兵衛の一人息子、与三郎(20)。イイ男で、今業平とか、光源氏の再来とか言われ、若旦那目的に買い物に来る若い女性客も多い。だが、与三郎自身は女に興味がなく、本を読むのが道楽。それを心配している父親は自分の名代として寄合に出すことに。伴の和助を連れ、柳橋の料亭・満八へ。イイ男だから、芸者衆20人が取り込み、もてる、もてる。「死んでしまう!」と与三郎が悲鳴をあげるほど(羨ましいね)
そこに同じく本郷の上総屋から名代で来ていた茂吉に「与三郎さん、ドロンときめこみますしょう」と誘われる。茂吉は遊び人。柳橋を出て、浅草でお参りして、「酔ってクラクラする」と言う与三郎と夜風に当たりながら、吉原の大門をくぐる。「もしかして、ここは吉原?不浄なところと聞いていたが。親父から仲間に誘われたら断るな、と言われておりますので」と、応じる。
万時屋に上がり、ナンバーワンの花魁がつく。見惚れる。花魁さえ良かったらという「初回馴染み」で扱われ、熱烈なもてなしを受けた。茂吉は花魁に振られたので面白くない。与三郎の部屋へ。「九ツだ!帰るぞ!」。船に乗って帰ることに。澤瀉屋という船宿へ。女将が出てくる。「どうしたんですか、茂吉さん。こんな夜分に」「こいつは与三郎。惚れちゃいけねぇよ。イイ男は得だな」「生憎、船が出払っているんです」。
そこに現れたのは仙太郎。操の仙太と仇名される博奕打ち。「その船、あっしが出しましょう」。船が出る。だが、茂吉は酔って絡む。「船で暴れるのはやめてください。ジッとしていてください」と仙太は頼む。意に介せず、茂吉は小便をすると立ち上がる。「危ない!」。船が傾く。川へ茂吉は落ちた。仙太が飛び込み、助けようとしたが、真っ暗で見当たらない。「無理です。勝手に落ちたんです。気にすることはない」。だが、与三郎は「どんな疑いがかかるか」と心配する。「よごさんしょ。このことは二人の秘密にしましょう。黙っていれば、百年、二百年先も知られない。あの若旦那とは吾妻橋で別れたと言います。あなたも、茂吉さんとは吉原の帰りは別々だったと言ってください」。
船を漕ぐ音だけが聞こえる。「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ」。与三郎は柳橋に到着すると、仙太に5両を渡し、口止め料とした。「納めてください」「へい。誰にも言っちゃいけませんぜ。気を付けて」。与三郎は帰宅。「倅は男になった」と父親は喜んだ。
茂吉は当然、上総屋に一向に帰らない。「何かあったのか?」と与三郎に尋ねに来る。「吾妻橋で降りたそうです」と答えた。10日後、「佃沖で水死体が見つかった」という知らせがくる。与三郎は「止めることができたんじゃないか」と自分を責め、仏間に線香をあげる毎日。と、店先の天水桶の脇で「おいでおいで」と手招きをする男が。仙太だ。「大変なことになった。船頭だったあっしへの詮議が厳しくてね。前科はあるし。私がしょっ引かれたら…。2、3年ほとぼりが冷めるまで旅に出ようと思います。路銀を都合いただけませんか・・・20両」。翌日もまた仙太が。「巾着切りに遭って。もう10両」。また翌日も。強請りだ。
与三郎は思う。「巻き込まれた。どうすれば」。潮時と思ったのか、しばらく仙太が顔を出さない。一息つく。だが、10日後にまた現れた。「今度こそ。何も言わずに50両」「そりゃぁ、あんまりだ。アコギだ。5両で勘弁してくれ」「冗談じゃない!」。凄む仙太。「50や80の金で。誰がこの暖簾を守っていると思いますか?俺が守っているんじゃないですか。このまま親父さんに掛け合ってもいいんですよ。何なら番所に駆け込んでも。お前さんも道連れだ。出すのか、出さないのか!」。啖呵を切る仙太。周囲に人混みが。立ち尽くす与三郎の運命やいかに!というところで、本日の読み終わり。貞寿先生も、長い連続物の抜き読みを実に興味深く聴かせてくれた。
(あすへ続く)