隅田川馬石「淀五郎」 褒められようとするな。役者の了見を優しく諭す仲蔵に感動

道楽亭ネット寄席で「隅田川馬石独演会」を観ました。(2020・07・09)

隅田川馬石師匠は師匠・雲助の落語の味わいをしっかりと踏襲している噺家だと思う。蜃気楼龍玉師匠もそうだけれども、圓朝作品をしっかりと演じる力量がある一方で、寄席の落語の軽い可笑しさも併せもっており、トリでないときの15分高座も大好きだ。

例えば、6月の鈴本演芸場の配信では、トリを務めたときには「お初徳兵衛」をきっちりと聴かせ、浅い出番では「元犬」がとぼけた味わいで可笑しかった。6月に浅草演芸ホール昼の部で白酒師匠がトリの芝居を観たときに、15分で演った「たらちね」も可笑しかった。7月のシブラク配信でも、「浮世床~本・夢」で絶妙な笑いを取ったと思ったら、別の日には「船徳」で若旦那の徳さんの情けなさと可愛さの同居でたっぷりと笑わせてくれた。鈴本でかけた「お初徳兵衛」と「船徳」はテーストが全く違うが根源は一緒なので、こういう風に落語を使い分けて演じられる噺家さんは貴重である。

で、今回はまず軽く「壺算」の瀬戸物屋の混乱ぶりでしっかり笑わせた後、仲入りをはさんで「淀五郎」をしっかりと聴かせてくれた。芝居に対する團蔵の厳しさ、苦悩する淀五郎、優しく助言する仲蔵の優しさ、これらが相まって、素晴らしい高座が構築され、圧巻だった。

一日で千両の金が落ちる場所が江戸に3つ。吉原、芝居の猿若町、魚河岸の日本橋。その芝居小屋では大きな小屋が三座。市村座、中村座、森田座。その市村座」で座頭をしているのが市川團蔵。目黒團蔵、皮肉團蔵。人気狂言の仮名手本忠臣蔵がかかり、團蔵は高師直と大星由良助の二役。ところが、判官を務める役者が急遽出れなくなった。代役考える。「沢村淀五郎はどうだ?」「相中ですよ」「判官役のために名題にすればいい」。淀五郎は大部屋出身の役者だ。相中上分、名題下を通り超して、血筋がないと難しい名題とは、大抜擢だ。当然、淀五郎も喜んだ。

四段目。通称・通さん場。判官切腹は神聖な芝居の場面なので、途中の入退出が許されない。判官は九寸五分を持って、「力弥、力弥、由良助は」「未だ参上つかまりませぬ」「尊攘に対面せで、残念だと申せ」「ご検死お見届けくだされ」。そこに花道の揚げ幕がチャリンとあがり、花道七三まで駆けつける大星。「ただいま、参上つかまつってございます」。「近こう、近こう」と招く判官は九寸五分を右手に左脇腹にあてている。

團蔵、「何だい、こりゃ。ひどい判官だ。芸の勘所もわかっていて、舞台度胸もあるから起用したのに。まるで出来ちゃいない。やだやだ」。花道七三から動かない。客席はざわめく。「由良助かぁ」。だが、判官の傍に由良助は来ない。目で追うと花道七三。「やりそこなったか」。だが、進めるしかない。「何か様子は聞いたであろう。この九寸五分は汝への形見。わが鬱憤を」「委細承知つかまつってござります」。

終演後。淀五郎が團蔵の楽屋を訪ねる。「親方に伺いたいことがございます。由良助が判官においでになりませんでした。そういった型がございますのでしょうか?」「そんな型は聞いたことがない。それはお前が行かしてくれないんだ。五万三千石の大名。その身は切腹。お家は断絶。由良助が駆けつけたら、すぐにでも傍にいきたい。それを行かせてくれない。判官が腹を切るから、傍へ行く。淀五郎が腹を切る傍には行きたくない」「腹の切りようがまずいのですか?どうやってやれば?」「家来が主人に言えようか。本当に切ればいい」「死んでしまいます」「まずい役者は死んだほうがいい。死んじまいな」「ありがとうございます」。

翌日もダメだった。仲間に合わせる顔がない。「三河屋の爺さんめ。明日は三日目。明日、本当に爺さんを殺して死んでやる」。暇乞いに中村座へ。初代中村仲蔵、堺屋の親方には一言ご挨拶しなくては。「おや、紀伊國屋さん。淀さんじゃないか。夜分にどうした?祝いの言葉も言えなくてすまなかったね。これからだよ。しっかりおやり・・・ん?どうしたい?きょうは?暇乞い?水臭いな。隠し事はよしておくれ。何かあったか?及ばずながら、私も宗角。話を聞こう」。

膝頭を涙で濡らしている目の前の淀五郎。「あの花道の一件か。話には聞いているよ。何?判官が由良助を突き殺す?そんな芝居は見たことないな」。笑い飛ばす仲蔵。「誰のお陰で名題になれたんだ?相手は天下の團蔵だよ。お前にいい役者になってもらいたいと思っているんだ。逆恨みなんて、とんでもない」。「よし、わたしが見てやろう」。その場で判官を演じる淀五郎。

「私が由良助でも傍には行かないな。どこがまずいか?そっくり、良くない。了見違いだ。五万三千石が腹を切るんだ。お前は出世した。褒めてもらいたい。褒められるは下手芸と言ってね。本当に上手い役者は夢中に見せちゃう。褒められよう、褒められよう、としているから見ちゃいられない」。「由良助を心待ちにしているんだろ。仇を取ってもらいたい。悔しい。お家断絶は一族郎党が食うに困るということだ。すまない。合わせる顔がない。申し訳ない。そういう気持ちで腹を切るんだ」。

「細かいことを言おうか。お前は声を張り過ぎる。自分のへそを背骨に押し付けるんだ。そうすると、声がかすれる。九寸五分の手は膝の上に置いたままで。お前は手を下に落としちゃう。それでは駄目だ。貫禄を見せないと。六段目の勘平の切腹とは違うんだ」。「由良助が来たとき、人相を変える。花道の由良助に客の目がいく。そのときに耳の後ろにつけておいた青黛を唇に塗りなさい。手は伏せちゃいけない。上に向けなさい。これは芝居の嘘だ。これぐらいで、来てくれると思うんだがねえ」。的確に役者の了見と技術を教える仲蔵の優しさよ。

芝居三日目。最後の対面だと淀五郎は覚悟して、「近こう、近こう」。これを見た團蔵は「できた!いい判官だ。こいつ、不思議だ。富士の山は一晩で出来たと言うが。たった一晩でこれだけの役者に・・・あいつ一人の智恵じゃないな。仲蔵か」。由良助が花道七三から近づく。「御前ん―!」「由良助かぁ、待ちかねたぁ」。

実に見事な「淀五郎」であった。馬石師匠、ありがとうございました。