力強さのある講談 田辺いちか 柔らかくて優しいが、キリッと一本の芯が通っている

道楽亭ネット寄席で「春風亭一花・田辺いちか二人会」(2020・06・29)、らくごカフェで「田辺いちかの会」(07・11)を観ました。

田辺いちかさんは力のある講談を読む。男っぽい力強さとは違う。柔らかい語り口でありながら、芯が一本通っている。優しい顔をしながら、キリッとした人物描写の冴えを見せる。そういう、読み物に説得力を持たせる力強さがある、と言えばいのだろうか。去年3月に二ツ目になったばかりとは思えない。ただ、前座時代から開口一番の高座にその片鱗を見せていたから、いたって不思議な感じはしない。さもありなん。実力のある女流講談師がこれから益々、力をつけていくのだろう、と期待は高まるばかりである。

二つの会で読んだ5席について、振り返りたい。

「円山応挙の幽霊画」

やはり哀しい運命となった長崎巴楼の紫に思いを寄せる。お蝶という名だった子ども時代、大坂天満の祭で両親とはぐれ、人買いにさらわれ、長崎の宿場に身をやつし、長患いで痩せ衰えて、物置にいる。哀れに思った応挙は3両を渡すと、母からもらった高麗織の瑠璃色の匂い袋を御礼に預かった。滞在一カ月の後、出発する前夜、彼女は亡くなってしまったという。寺で回向し、大坂天満を訪ねる。

応挙は大坂の行きつけの居酒屋を訪ねると、亭主の甚兵衛が借金がかさみ、店を畳むという。応挙が長崎で描いた紫花魁の絵を渡すと、この幽霊は寂しげで、哀しげだが、美しく、その上に足がある、と評判を呼び、店は再興。福の神になった。

もう一枚、今度は幸せそうな、応挙の枕元に立った紫花魁の絵を描くと、居酒屋の甚兵衛夫婦はハッとする。さらに、御礼に預かった高麗織の匂い袋を見せると、それは確信に変わる。生き別れてしまった自分の子ども、お蝶の思い出を語り出す。応挙は思う。親を思う子の心が私に絵を描かせた。その一途な思いが届いた。その後、この居酒屋は幽霊酒屋から美人酒屋と呼ばれるようになった。これは怪談ではないと思った。親子の情愛を描いた人情講談だ。そう思わせてくれるいちかさんの高座だった。

「英国密航」

幕末、日本に維新が起きることを予感し、イギリス留学を志す5人の熱い思いが伝わる。ジャージィンマセソン商会の手引きで、幕府の許可証がなしに、一人千両の費用がかかる旅。それを村田蔵六(のちの大村益次郎)が5人分、5千両都合させる心意気も。初代内閣総理大臣となった伊藤俊輔改め博文、日本外交の父である井上聞多改め馨、鉄道敷設に尽力した野村弥吉改め井上勝、造幣の父・遠藤謹助、工学の父であり盲・聾教育にも寄与した山尾庸三。この長州ファイブの日本からロンドンに到着するまでの130日の船の旅の道中付けは田辺一鶴先生から伝わる田辺一門のお家芸だろうが、いちかさんの鮮やかさも光った。

「名医と名優」

林家正雀師匠の「男の花道」とはまた違う、講談ならではの味わいだ。というか、正雀師匠が講談から移植したわけだが。これからは眼科医療が大切と学ぶ半井源太郎の先見の明と勉学努力が伝わってきた。

そして、東海道中金谷宿近江屋での三代中村歌右衛門との出会い。「風眼」という病で失明寸前の名優を麻酔なしで手術し、三日三晩かけ見事成功させたときの感動。そして、歌右衛門の感謝の気持ちである100両を受け取らない半井の医者としての稔侍。それを理解し、いつか恩返しをすると約束する歌右衛門の意気に打たれる。

半井が幇間医者たちに誘われ、渋々向島植半の座敷に上がり、土方縫殿助が「踊れ」と命じるが、半井は医者の誇りとして踊らない。「誰か代わりの踊り手がいるのか」「はい」「しかるべき踊り手なら、三津五郎か歌右衛門だな」「歌右衛門なら手紙一本で来てくれます」「本当か?」「はい。来なければ、切腹します」。半井の勝負にでる度胸と、歌右衛門への全幅の信頼が読み取れ、心動く。

中村座で「熊谷陣屋」を上演中の歌右衛門が、半井からの手紙を受け取り、覚悟を決めるのもカッコイイ。裃を付け、舞台に上がり、客席に「男と男の約束」について打ち明け、客席も応援する心意気がいい。「男と男の約束」の世界を、しっかりと女流講談師として読む力があるところに、いちかさんの無限に広がる可能性を見た。

「青葉の笛」

歌右衛門が上演中だったのが、「熊谷陣屋」だった流れで、この「源平盛衰記」の短い読み物を選ぶセンスの良さ。平家滅亡が近づく中、一ノ谷の戦いにおいて源氏の武将・熊谷次郎直実が平家の若武者・平敦盛を自責の念にかられながらも討つ姿は哀しい。

「井伊直人」

浪曲で聴く「仙台の鬼夫婦」が講談になると、また魅力的。というか、これも講談が本家本元ですが。伊達藩剣術指南役だが、賭け碁ばかりして散財するダメ男に何故か見所を感じ、惚れたお貞という女性の強さを感じずにはいられない。いや、本当に女房には頭が下がる。

千両の持参金を携えて、わざわざ直人に嫁入りしたお貞は大和流の薙刀をはじめ文武両道に長けている女性。「さぁ、私に勝てなければ、修行の旅へいきなさい!」と三度、直人を柳生道場でやり直しをさせ、立派な武士に成長させる肝の据わり方に感服。最後は道場主の柳生飛騨守宗冬までが本気になって修行したというから、すごい。寛永御前試合で、井伊直人は山田真龍軒に敗れるが、お貞は勝ったというエピソードも。これは女流であるいちかさんにピッタリの読み物ですね。強いです、女性は。