三人の個性が炸裂した「落語教育委員会」 これぞ、ホール落語!高座に、客席に、熱気が戻ってきた

有楽町よみうりホールで「落語教育委員会」を観ました。(2020・07・05)

前日の一之輔師匠に続いて、よみうりホールはナマのホール落語の高座を待ち望んでいた演者と観客で沸いた。もちろん、定員の半分以下に抑えた500人の客席だが、それで十分すぎるほど、演者も観客もコロナ禍前のホール落語の熱気を思い出すことができたのだ。

「落語教育委員会」のオープニング恒例の「携帯電話は切りましょう」コントは「千両みかん」をモチーフにしたものだった。センターにベッドに横になった歌武蔵師匠が「うん、うん」うなっている。番頭役の喬太郎師匠が「とても夏痩せとは思えない」と言いながら、寝込んでいる理由を訊く。「みかんが食べたい」「え?ミルクセーキが飲みたい?」「違うよ、みかんが食べたいの」・・・「みかん問屋と言えば、万惣だ!」。前掛けをしたみかん問屋の主人が現れる。「目が笑っていない」笑顔の兼好師匠が、「三遊亭萬窓です」(笑)。

「みかんが欲しいのですが」「わかりました。探してきます」・・・「ありました」「おいくらですか?」「今、芸人は苦しいですから、ダダで差し上げましょう」「何か入れるものがあれば」「お待ちください」。レジ袋を渡し、「千両です」。言わずもがな、7月1日から有料になったレジ袋をひっかけたパロディだ。場内、大爆笑。こういう笑いを演芸ファンは求めていたのだ。けしてテレビでオンエアしても受けないだろう。それが、ホール落語の魅力だ。

三遊亭歌武蔵「お菊の皿」

自粛期間で自宅で酒を飲むことが増え、太ったために、早起きして散歩することにした。ただ散歩するのもつまらないので、噺家らしく稽古しながら、上下を切って歩いていたら、お巡りさんに職務質問された。「空き巣の下見かと」。ステイホームなのに、空き巣なんかあるか!

7月場所、本来なら名古屋開催だが、国技館で開催することに。(この時点では、無観客という相撲協会の見解だったが、その後、ソーシャルディスタンスで観客を入れての開催に変更に)大阪でおこなわれた3月場所は無観客だったが、歓声がない分、「音」が楽しめた。力士が自分の体を叩く音。二人がぶつかりあう音。行司の「勝負あり!」の声が響く。いいじゃないですか。ただ、呼び出しの上手い下手が顕れちゃう。ある偉い呼出しの方が音痴で・・・。うわぁ!

相撲中継解説の北の富士さんの面白かった。両力士が土俵際もつれこんで倒れると、「お客さんがいたら、いいクッションになるのに」。大量の塩を撒くのがトレードマークになっている照強に「お客さんいないんだから、半分の塩でいいのに」。

歌武蔵師匠の「お菊の皿」は、人気が出たお菊さんが差し入れを食べて激太りして井戸から出てくるのが大変というのが非常に面白いのだが、前座さんがやはり寄席を離れていたためか、打合せたはずの段取りを間違えてしまって大しくじり。「これも女の・・・性ですかね」の「・・・」で、銅鑼を鳴らすのを失念してしまい、師匠が高座から「オイ!」と催促するという。まぁ、これもライブならではで、一興か。

柳家喬太郎「華やかな憂鬱」

もう、弾けまくっていました。無観客、配信慣れして、「客席が市松模様なのも、かえって演りやすい!」と。お客さんがいると反応をきにしちゃう。無観客で反応がないのは当たり前、気にしなくていいが、観客がいて反応がない方がつらいじゃないですか。配信はお客様を気にしないから、マクラが延びたと。配信が多くなって頻繁に言うようなったフレーズ、「みんな!キョンキョンだよー!」。

揚げ物好きトークも炸裂。ウインナーフライの美味しさを熱弁。落語協会の近所のカレー屋さんで、ウインナーフライカレーというメニューがあるのに興奮して思わずテイクアウトしたとか。ロッテのチョコパイが大好きで、おまけにトミカ監修の工作キットが入っていて、救急車とか組み立てていました、自粛期間中。

さらに、興に乗って、五街道雲助師匠の物まねで「隣の空き地に囲いができた」小噺。人間国宝・一龍斎貞水先生が学校寄席に行った時の楽屋の様子と、高座への出の再現まで。コロナ禍の中、ホストクラブやキャバクラが揶揄されるが、ちゃんとルールを守って営業している健全な店は可哀想!と言って、「華やかな憂鬱」へ。

三遊亭兼好「あくび指南」

緊急事態宣言解除の「解除」という言葉を日常生活に取り入れ、心の中で「解除!」と叫ぶと楽になると。妻に命じられ、食器の洗い物をして、終わると、「解除!」。達成感が得られる!あと、稽古をつけるのに、ある噺家さんとリモートでやろうということになり、やってみたが、音がずれて「いっこく堂みたいになっちゃう」、画面がフリーズして「知らないうちに終わっていた」。

兼好師匠の「あくび指南」は他の噺家さんとは違う演出で面白い。外題付けがあるのね。「暮らしのあくびより お湯屋のあくび」。身体を湯船に沈め、唸る→都々逸になる→念仏になる。南無阿弥陀仏。「暮らしのあくびより 寄席のあくび」。久々に寄席へ、ウキウキ→お目当て登場、拍手→なかなか本題に入らず、雲助師匠や貞水先生の物まねしている→こんなのを聴きにきたんじゃぁ・・・とあくびに。

三人の個性が炸裂する「落語教育委員会」、久々に聴くことができ、やっぱりナマがいいよね!と再認識した。でも、コロナ禍ということを頭の隅にいつも置きながら、演芸を楽しめればと思う次第です。