浪曲映画祭その5 大利根勝子と玉川太福 親子ほどに歳の離れた浪曲師2人の熱量が重なり合った感動
ユーロライブで「浪曲映画祭」千穐楽を観ました。(2020・06・30)
伊勢哲監督は2007年11月から、2年半にわたって、ほぼ毎日、木馬亭の記録映像を撮り続けた。その膨大な宝の山からDVD-BOX、「浪曲Dramatix 浅草木馬亭の浪曲師たち」19演目全5枚+特典映像「浪曲師物語」1枚が発売されている。今は亡き、木村若友、五月一朗、玉川桃太郎、それに国本武春らの口演を観ることができる。また、楽屋風景なども撮影されており、7月27日限定で、同じユーロライブで「浅草木馬亭 席亭(おかみ)さんと武春さん」が上映される。長年浪曲界を支え、去年亡くなった木馬亭のおかみさんの根岸京子さんと、「唸るカリスマ」として浪曲の未来を背負って立つはずだったのに55歳で急逝した国本武春さんとの交流を描いたドキュメント映画だ。
映画「浪曲師になってしまった!~浅草木馬亭の浪曲師たち」監督:伊勢哲
鼎談「浅草木馬亭」 大利根勝子×玉川太福×伊勢哲
浪曲「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」浪曲:玉川太福、曲師:玉川みね子
浪曲「梅山家の縁談」浪曲:大利根勝子、曲師:玉川みね子
映画「浪曲師になってしまった!」は2人のヒストリーが並行しながら綴られている。
一人は、玉川太福。07年3月に福太郎師匠に入門するも、3カ月後に師匠が事故死した。カメラは初舞台となった07年11月の木馬亭の高座「不破数右衛門の芝居見物」から追っている。なぜ浪曲師を志したのか、木馬亭に向かって歩きながらのインタビュー。楽屋で稽古しているのを先輩に聞いてもらっている様子。初舞台の演目は、師匠・福太郎が最初に教えてくれた演目で、普通玉川一門は「阿漕ヶ浦」から習うのだが、お笑い志望でコント作家の見習いをしていた小俣太青年のことを思い、特別に師匠が選んだ。テープに収めた後、師匠は「この続きを考えろ」と宿題も出した。小俣青年への期待の高さが窺える。
秀逸な映像は、太福の初舞台の夜の打ち上げ。浅草の水口食堂の二階で、国本武春さんがアドバイスしているところを長回ししている。関東節に徹しろ。関西節は関東節とは別物。あなたにとって関西節は浪曲ではないくらいに思った方がいい。何人かの名人の名前を挙げて、その方たちのイイトコ取りのテープを作って俺は稽古した。あなたもそれを聴いて、自分の関東節を作りなさい。それと、ケレンに走るな。拍手をもらおうとするな。一所懸命にやることが大切。受けよう、受けようとすると芸がまずくなる。チヤホヤされても、一時的なものと思って、地道に稽古することが肝要だと、熱く説いていた。
もう一人は大利根勝子師匠。5歳のときに麻疹にかかり、全盲に。岩手に巡業に来た浪曲一座に拾われ、1953年、大利根太郎師匠(当時は東家燕左衛門)に11歳で入門。同年、「花売り娘」で初舞台。全国巡業をする中で、結婚、出産、離婚。幼い息子を連れながらの旅回りだったが、その子が小学校5年生のときに、交通事故に遭う。命に別状はなかったが、その影響か、てんかんを患い、25歳のときに自殺。しばらく浪曲を離れた。塩原にあるマッサージ師の資格を取る施設に入所し、2年間訓練を受けた。
そのときに知り合った12歳年下の男性と再婚し、前橋でマッサージ院を開業。女房思いのご主人が「もう一度、浪曲の舞台に」と勧め、94年に木馬亭に復帰。そのときの高座も「花売り娘」だった。「大利根勝子は五つのときに、流行り病をわずらって、三日三晩の高熱で、危うく命は助かるも、母の姿も見えぬ目に。咲き誇る花の薫りで春を知り、秋の夜長の虫の声、耳を傾けしみじみと、たとえこの眼は見えぬとも、聴いてくださる皆さまの、熱い眼差し五体に受けて、行く末長く御贔屓を、高座ながらも願います」。これが自己紹介の外題付けだ。
この二人のインタビューと実写映像で綴られた2本の軸が、2013年の木馬亭における玉川太福の名披露目の口上でピタリと重なる。下手から司会の玉川奈々福、叔父分のイエス玉川、大利根勝子、太福、玉川桃太郎、国本武春、玉川みね子と並ぶ。その席で、4年間毎月1回、前橋に住む勝子師匠を訪ね、太福が稽古をつけてもらっていたこと。それは福太郎師匠のおかみさんであるみね子師匠に頼まれたのであった。「片道3時間。夏は我が家についたときには、汗びっしょりになってダイちゃんの姿がありました。駅から我が家までは2キロあります。真面目なダイちゃんだから、タクシーにも乗らずにやってきたのでしょう」。ここで、感無量で堪えていた僕の涙の防波堤が一気に決壊した。感動。そして、名披露目での太福さんの高座は、玉川一門のお家芸「天保水滸伝」から「繁蔵売り出す」。まさに、これから売り出そうとしている太福さんの心意気が伝わってくる。
太福さんのドキュメントの中に出てきたベテランの高齢浪曲師の木村若友(2011年没、享年100)、五月一朗(2014年没、享年95)、玉川桃太郎(2015年没、享年91)。それに浪曲界を引っ張っていくはずだった国本武春(2015年没、享年55)がフラッシュバックで映画のラストを飾った。素晴らしい映画をありがとうございます、伊勢監督!
そして、27日限定上映の「席亭さんと武春さん」も楽しみです!