思わず息を飲む。「悪の華」に痺れる。真に迫る蜃気楼龍玉の魅力 

道楽亭ネット寄席で「龍玉ひとり」(2020・05・21)、「龍玉 圓朝に挑戦!」(06・10)を観ました。

蜃気楼龍玉師匠というと、今では「圓朝作品を手がけるトップランナー」であり、「殺しの龍玉」という異名を取るほど、その真に迫る高座は演芸ファンの心を鷲掴みにする稀代のストーリーテラーである。五街道雲助一門の精鋭3人は、白酒、馬石、そして龍玉と、それぞれの個性の違いがありながらも、師匠・雲助の芸に受け継ぐ一級品の噺家として若手から中堅に差し掛かる落語界の担い手だ。

蜃気楼龍玉。1972年埼玉県秩父市出身。97年、五街道雲助師匠に入門、のぼり。00年、二ツ目昇進して、金原亭駒七。05年、五街道弥助に改名。10年、真打昇進して三代目蜃気楼龍玉襲名。

僕が龍玉師匠の高座を初めて意識して観たのは、真打昇進した記念の会を文化放送メディアプラスホールで開いたときの「夢金」。そのときの噺の持つ力をグッと自分に引き寄せる技量は今でも印象に残っている。恥ずかしながら、二ツ目時代の弥助の高座は、あまり覚えていない。僕がつけている記録にも残っていない。ただ、祝日2時間特番「ラジオなぞかけ問答SP」に、二ツ目時代に出演いただいたことがあり、誠実な人柄は印象に残っている。当時から、すごく真面目でした。

その「真面目な気性」が、真打になって、圓朝モノを中心に長講に取り組んで、功を奏した。僕の記録には聴き応えのある高座が、この5年続いている。

2015年 圓朝に挑戦!「札所の霊験」 NBS殺人研究会「乳房榎 重信殺し」

16年 NBS殺人研究会「双蝶々 定吉殺し」「緑林門松竹 新助市」 「緑林門松竹」通し(脚色:本田久作)

17年 大江戸悪人物語シリーズ「真景累ヶ淵」から「宗悦殺し」「深見新五郎」「豊志賀の死」「お久殺し」 「女殺油地獄」(脚色:本田久作) 「双蝶々」通し

18年 「牡丹燈籠」三夜連続「お露の香箱」「伴蔵の裏切り」/「お国の不義」「お峰殺し」/「新三郎殺しの下手人」「お露の前世」(脚色:本田久作) 大江戸悪人物語シリーズ「真景累ヶ淵」から「勘蔵の死」「お累の自害」「聖天山」

19年 「緑林門松竹」通し(脚色:本田久作)再演 大江戸悪人物語シリーズ「大坂屋花鳥」「牡丹燈籠 お峰殺し」「四谷怪談 お岩誕生」「双蝶々 定吉殺し」 圓朝二題「死神」「牡丹燈籠 お峰殺し」

今年に入ってからは、コロナの影響で配信でしか龍玉師匠の高座に出逢っていません。5月12日渋谷らくごで「大坂屋花鳥」。談洲楼燕枝作「嶋衛沖白浪」からの一番メジャーな抜き読み。この部分は一話モノとして成立するから、先代馬生から代々、金原亭に受け継がれているが、龍玉師匠の手にかかると先代馬生師匠、雲助師匠とは違った、痺れる感じがある。そして、満足感。愛する男、路上強盗殺害の梅津長門を十手たちの目をくらまし、放火までして逃してやる花鳥花魁。ドラマチックだ。

続いて、5月18日の道楽亭ネット寄席「龍玉ひとり」。「お直し」は志ん生師匠の印象が強いが、その古今亭の芸を受け継ぎ、きちんと自分の落語にして、男女の色恋の性みたいなものが垣間見えた。結局は男は駄目で、女がしっかりしている、そういう価値観で落語は成立しているし、現代社会も実際にそうだと思う。ひょんなことからご法度の牛太郎と花魁が恋仲になるが、それを見た旦那が寛大で、花魁を遣り手に雇って共働きを認める。その人情で、真面目に働けばいいものを…男は駄目だねぇ。千住で女を買い、博打場に通うようになる。ついには、最底辺の蹴転(けころ)、羅生門河岸に。女房は覚悟を決めて、嫌な酔っ払い客に線香の数を増やそうと、嘘八百の甘い言葉を並べて気を持たせるが、牛太郎の亭主が悋気を起こす。ついには夫婦喧嘩。仲直りして、惚れ合った仲は修復するけど、やっぱり、男はだらしがないなぁ。しっかりした女房に感心しちゃう。

「やんま久次」は雲助師匠で聴いたことがあるが、弟子の龍玉師匠では初めてだった。番町の旗本・青木久之進の次男坊、久次郎は背中にヤンマの彫り物をして博打場を出入りする遊び人。金がなくなると、たびたび実家に無心、いや強請りといった方がいいかもしれないくらいに罵る姿に困り果てる父・久之進を見るに見かね、剣術指南の大竹大助が「この場で腹を切れ。でなければ、わしが素っ首を斬り落とす」と言い放つ。「お前は侍の血が流れておらんのか!お前の孝の字は烏か、鼠か!」。窮地に追い込まれた久次。だが、母親が「改心するので、助けてあげてくれ」と手を差し伸べ、大竹も落ち着くが。結局、命を助けられた久次だが、翌日にはケロッと「俺は生きたいように生きる」とまた悪の道へ戻る…。なんとも救いようのない噺だが、魔術にでもかかったかのように、龍玉ワールドに深くはまってしまう。悪党だけど、そこに痺れるのは、渋谷らくご「大坂屋花鳥」に通じるものがある。

そして、6月11日の道楽亭ネット寄席「龍玉 圓朝に挑戦!」。一席目は「鹿政談」で圓朝作品ではないけれど、正直者の豆腐屋与兵衛を助ける慈悲深い奉行の威厳がすごくよく出ていた。鹿の餌料を庶民に高利で貸し付ける悪徳役人を懲らしめる、奉行のセリフに力がある。「鹿政談」の奉行は悪を裁く正義の味方。ここに「悪」を得意とする部分と共通する、カッコよさがあるように思う。

悪党に惹かれるのは、ダーティーヒーロー的な、やはりカッコよさがあるからで、二席目の「双蝶々 定吉殺し」の長吉の悪事にもなぜか痺れてしまう。幼い頃から手癖が悪く、奉公に出された先でも、表では優秀な丁稚でありながら、裏で湯に行くふりをして襲撃強奪を繰り返す悪党。それを見破った番頭・権九郎は吉原の花魁の身請け資金を調達するよう、長吉に命じるが…。無邪気な定吉に悪事を見つけられ、掛け守りを買ってやるから寸法を測ろうと手拭いを首にかけ、絞首殺害。「あの鐘は弁天山の九つか」と芝居台詞がかって、次の権九郎殺しへと展開する予兆で終わって実にカッコイイ!

龍玉師匠に女性ファンが多いのは、やはりこういう、架空の世界での悪党にどこか惹かれ、その悪事の様に痺れる部分があるからではないか。僕の知り合いの女性の龍玉ファンの声を聞くとやはりそのようで、また僕の妻も何を隠そう、龍玉ファンなのです。悪の華が咲く、蜃気楼龍玉の高座にますます注目である。