独自の切り口でいまを描く女流新作vs.歯切れよく心地よい本格古典 粋歌と正太郎

今年3月21日から落語協会から5人の真打が誕生しました。コロナ禍で、寄席が休業となり、披露目がほんの僅かしかできなくなってしまったことは、残念でなりません。ご本人たち、師匠やご一門、さらに演芸ファンにとっても悔しいことですが、こればかりはウイルス相手のことで、嘆いてもしょうがない。寄席がしっかりと再開したときに、5人の新真打をお祝いできる興行が叶うことを願っています。先行き不透明で、9月に予定されている五代目三遊亭金馬襲名披露もどうなるのかもわかっていません。それらを含めて再検討されるのでしょうか。

5人の新真打誕生により、二ツ目の香盤のトップが三遊亭粋歌さんになりました。また、春風亭正太郎さんも4番目になりました。来年以降の真打昇進が期待されます。ただ、このお二人については、真打になるとか、ならないとか、二ツ目だからとかに関係なく、以前から注目していた噺家さんです。片や、「独自の切り口でいまを描く女流新作」。片や、「歯切れよく、心地よい本格古典」。きょうは、このお二人の落語の魅力について少々書きたいと思います。

【三遊亭粋歌】76年東京都出身。05年、三遊亭歌る多師匠に入門。06年楽屋入り、「歌すみ」。09年二ツ目昇進、「粋歌」。

僕が彼女の落語を初めて聴いたのは2013年、「影の人事課」。数年間の会社勤めを経験した上で、落語の虜になり、この世界に入った。会社員として働くことに疲れたとき、落語を聴いたことが癒しになり、落語に目覚め、ついにはプロになってしまった。その経験のエッセンスが、この「影の人事課」にはこめられている。タイムカードに記録されない深夜残業をしなければいけない、私はなんのために働いているのか?OLの悲哀を描いた。憧れのジュエリーデザイナーを目指して退職したOLを描いた「銀座なまはげ娘」。本当の労働の尊さとは何かを考えさせてくれる「プロフェッショナル」。会社の上司と部下の関係、昇進などの評価が家族をも巻き込む「わんわーん」。最近では昨今叫ばれている働き方改革のうわべだけの実態を見据えて、アイロニーをこめて創作した「働き方の改革」など。その元OLからの切り口が優れている。

それ以外にも、彼女はこう言われるのが嫌かもしれないが、「社会派」の新作が魅力的だ。「夏の顔色」はどんどん発達するネット社会をデフォルメして、本当の暮らしの幸せは何かを描いた。「箱の中」は、終活や断捨離が叫ばれている昨今、人それぞれであるはずの価値観のずれが笑いを誘う。高齢化社会を描いた作品も多い。「二人の秘密」は、認知症で寝たきりになった夫を介護する妻との間に流れ続ける夫婦愛が涙を誘う。「当たり屋本舗」は、免許返納が奨励される時代に頑固に断るおじいちゃんを説得するための作戦がユーモラスだ。そして、「浮世の床から」。彼女自身はこの噺を「暗いから」と言って一旦封印したが、「ひきこもり」という現代が抱えた問題に、正面から向き合って、ひきこもりの主人公と周りの人々の人情に号泣してしまった。

なんだか、こう書くと、気軽に聴けない、重いのではないか、もっと笑いたい、と懸念する方もいるかもしれない。僕が勝手に呼んでいる「社会派」に対して誤解があるといけないので、ほかの新作も紹介しますね。結婚して、小さなお子さんもいる粋歌さんは、夫婦の間のちょっとしたすれちがいや、やりとりの面白さを描くのも絶品だ。「とんがりコーン、そのまま食べるか、指からはめてから食べるか」なんて、タイトルだけで説明不要でしょう。「嫁の話がつまらない」は、仕事に疲れて帰宅した夫に一方的に連射砲のように、今日一日の出来事を喋り続ける奥さんに困ってる噺。「コンビニ参観」は、過保護に育った東大生がアルバイトをしたいと言い出し、心配で現場にずっとつきっきりになる母親が笑える。「すぶや」(2016年渋谷らくご創作大賞受賞)は、東京に憧れて受験勉強する田舎の女子高生と、つきあっている男子高校生の“生半可な東京トレンド情報”が愉しい。

新作中心ですが、古典もやります。僕が聴いたのでは「お菊の皿」、「ねずみ」、「代脈」、「権助魚」、「元犬」・・・しっかりと前座時代に学んだ古典における話芸の基本ができた上での新作だから面白いのです。また、先輩たちの新作落語も積極的に吸収し、高座にかけています。特に三遊亭白鳥師匠の「落語の仮面」シリーズは、彼女が美内すずえ先生のマンガ「ガラスの仮面」の大ファンだった関係で、白鳥師匠から習い、現在第6話まで習得、高座にかけています(全10話)。ほかにも彦いち師匠「保母さんの逆襲」、天どん師匠「はじめての確定申告」、駒治師匠「ラジオデイズ」・・・。一旦自分の中で咀嚼し、女性目線で高座にかけているので新鮮です。

【春風亭正太郎】81年東京都出身。06年、春風亭正朝師匠に入門。楽屋入り、「正太郎」。09年二ツ目昇進。

僕が正太郎さんを意識したのは、2016年の写真家・橘蓮二さんがプロデュースする注目の噺家を集めた落語会シリーズ「焦点」@北沢タウンホールでの「佐々木政談」。粋歌さんより遅い。だが、当然、以前の高座も拝聴しており、前座で開口一番を務めていたときから、「上手い」と感じていた。その後の二ツ目時代も「棒鱈」や「反対俥」といった噺で、ホール落語会の開口一番を務める高座は拝見している。「佐々木政談」以降も、気には留めていたが忙しさにかまけて、独演会や勉強会にいくことはなかった。2017年に柳家喬太郎師匠と一緒に欧州公演に行かれたときに、壮行公演と凱旋公演があって、そのときには「引越しの夢」、「ふぐ鍋」を聴いて、おこがましい言い方だが、その成長ぶり、というか、「くだけたトークの上手さ」という新しい魅力を発見。それ以降、「すっぴん!」のレギュラーリポーターを粋歌さんと交互で毎日務めてもらった縁があり、それと同時に、彼の落語の魅力に惹かれていった。奥手の正太郎ファンです。

正太郎さんの古典落語には、「肚がある」というのが最大の魅力ではないか。当然、噺家はどなたかの師匠などから新しい噺を習う。だけれども、そのまま演っていては、それは「自分の落語」にはならない。教わった師匠オリジナルのくすぐりなどは、排除しないといけないし、それ以上に、これが正太郎版です!というのをこしらえる作業が次に控えている。そのためには、この噺を僕はこう感じる、ここがひっかかる、ここは変えたい、など試行錯誤を繰り返すわけだ。噺家さんなら誰でもやっている作業だと思うけれども、そこで「肚」を決めて、その「肚」をどう高座に表現するか、というのが意外と難しい。奇をてらわずに、素直にお客様にすんなりと聴いていただけるような噺をこしらえる。正太郎さんは、ここが非常に長けている人だと思う。

「夢金」、欲張りの船頭・熊五郎が最後に「百両ほしーい」と、五十両包み2つ、金玉を掴んでいたという、昔からあったが現在は「生々しい」とサゲを変えてやっている噺家がほとんどだが、これが本来の落語っていうもんではないか、と悩んだらしい。お嬢様から百両を強奪しようと企む浪人は犯罪だが、「ただ、金がむやみにほしい」と純朴に思って、酒手をねだる熊五郎は「欲張りだねえ」と人間的で、だからこそ浪人者を裏切り、企てには乗らないのだと噺の芯を改めて考えさせられる。「子別れ」で、吉原の女郎にうつつをぬかし、酔っぱらった上とはいえ、女房と子供を追い出して、女郎を後妻に迎えた人非人の熊五郎。再会した息子・亀に優しくしてやり、酒をやめ、女郎を追い出し、更生したとはいえ、あんなに簡単に追い出された女房は元亭主の熊五郎を許せるのか、そう簡単に再婚してくださいと言えるのか。これも相当悩んだらしい。恨み、辛みはないのか。それを吐き出さない女房はすごくできた女であることがわかる。そういう、噺への考察を経た高座が、春風亭正太郎の「夢金」であり、「子別れ」なのだ。

「佃祭」は、「情けは人の為ならず」というメッセージが一般的だが、次郎兵衛さんの女房の悋気を重点の一つにする師匠もいるし、有名なところでは、柳家権太楼師匠の「与太郎の悔やみ」が、無垢で、泣かせる。これを踏襲して演る噺家も多い。また、与太郎が真似をして身投げを探していると、アリの実(梨)を袂に入れている女性を見つけ、身投げを止めようとするが歯痛を治したくて願掛けしているだけだったという、サゲはわかりにくいというので排除している噺家が多い。与太郎は落語世界では「バカ」だが、「無垢」。与太郎はバカだなぁという噺が大半だが、一方の「無垢」も大切で、やはり、正太郎さんもこの「次郎兵衛さんだけが、与太さんはそれでいいんだよ、と言ってくれた。なくなっちゃたの?そんなの嫌だよ」という与太郎の悔やみは大好きで取り入れたと。僕も大好きで、むしろ「情けは人の為ならず」よりも「与太さんはそれでいいんだよ」がメインテーマだと思っている。

「鼠穴」は、たとえ夢の中とはいえ、兄をあんなに残酷な男に描きたくなかったと正太郎さんは言う。だから、三文の元手からあんなにまで大きくした店を火事で焼失し、女房が病気になり、頼るのは兄しかいなかった竹次郎に対して、金を貸さない、というところまではストーリー上しょうがないが、結婚したのはお前の勝手だ、子どもができたのは贅沢だ、帰れ!と冷酷な態度を兄が示す部分は、比較的マイルドに描かれている。だからこそ、夢から醒めたときの、うなされていた竹次郎に対する兄の「どうした?」と起こして、訊いている優しさが印象に残る。兄弟って、いいもんだなぁと思う。僕にも7歳下の弟がいるが、この歳になると、お互いの家庭事情を思いやって、いい関係ができている。有難いことだ。

「肚」のことばかり書くと「そんな理屈っぽいのは嫌だ」と言われそうなので、これも正太郎さんの魅力の一面であることを断っておきます。とにかく、リズムとメロディに天性のものがあります。もちろん、80年代生まれの東京っ子だが、江戸弁が気持ちいい。「大工調べ」や「三方一両損」の啖呵の見事さ。「五目講釈」なんかも、音楽のように心地よい。歌舞伎や文楽などもよく観に行っていて、「七段目」も「四段目」も得意ネタと言っていいと思う。芝居セリフが板についている。「湯屋番」のセリフにも、弁天小僧菊之助ならぬ煤之助がでてきますしね。

表情や仕草といった技術的な部分も長けている。「うどんや」「風呂敷」「親子酒」「百川」・・・。人物の描き分けの素晴らしさにつながっている。軽妙な噺も面白い。「堪忍袋」「反対俥」「棒鱈」「六尺棒」「権助魚」・・・。本人は嫌がると思うけど、新作も面白いんですよ。春風亭昇々作「部長の娘」を聴いたときは大爆笑!古典で基礎ができているから。とにかく、さらなるポテンシャルを持った噺家です。

で、そんな二人の落語会のお知らせです。

【三遊亭粋歌・春風亭正太郎ひざふに二人会~出発の巻~】

7月30日(木)@お江戸日本橋亭 18時30分開演(18時開場)

木戸銭 予約2500円(当日3000円)当日精算・全席自由

三遊亭粋歌 「一年生」ほか一席 春風亭正太郎 「甲府ぃ」ほか一席

ご希望の方は、①お名前②希望人数③連絡のとりやすい電話番号④メールアドレスを書いて、yanbe0515@gmail.com まで、メールでお申し込みください。

なお、7月中旬に新型コロナウイルス感染の状況を鑑みて、開催の有無および開催の際の定員などを判断します。ご予約いただいた方にはメールでご連絡します。ご了承ください。