「舞台 ハンバーグができるまで」いま、空の上にいる人生の演出家みたいな人たちが世の中どう動くか見てるんじゃないの。 

DVDで「舞台 ハンバーグができるまで」(原作:柳家喬太郎 脚本・演出:本田誠人 企画・制作 トリックスターエンターテインメント ペテカン)を観ました。

もう去年3月のことなんですね。大好きな柳家喬太郎師匠の新作落語「ハンバーグができるまで」が舞台化されて、博品館劇場で観劇したのは。ずっと前から落語としての「ハンバーグができるまで」は、マモルと3年前に離婚したのに突然ハンバーグを作りにやってきたサトミとのあの最後の会話でキュン!なるのが堪らなくて、大好きな噺だったけど、それが2時間半のお芝居になって、さらに好きになりました。きょうは、久しぶりに、そのお芝居をDVDで観ました。

本田誠人さんの脚本も、演出も素晴らしくて、もちろん、喬太郎師匠の落語が素晴らしいのだけれど、それをさらにさらに魅力的にしてくれて、人生の切なさとと同時に、生きる喜びみたいなものが湧いてくるお芝居で、今、改めてこんな世の中だからなおさらなのかもしれないけど、勇気をもらいました。ありがとうございました。

お芝居の冒頭、喬太郎師匠が「ある落語家」として登場、このお芝居のテーマともいえることを喋ります。その発想と演出にまず撃たれました。以下、その台詞です。

近頃は嫌なことがあると、こんな風に考えるようになりました。どっかで誰かが演出をしているんじゃないかと。お客様はそんな風に思われませんですかね。空の上かなんかに、天国かなんか知りませんがね、神様かなんかわからないけれども、我々を見下ろして演出をつけている奴がいると。例えば、宝くじが当たった人は、それは運が良くて当たったんじゃない。空の上の人生の演出家、いいですね、人生演出家と呼ぶようにしましょう。人生演出家がね、こいつに宝くじを当ててやろう、そうするとこいつがどうするか見てみようなんて。

いいことばっかりじゃないですよ。悪いことも、病気でもなんでもそう、大きな病気になるというのも、お酒の飲みすぎですとか、ストレスとか、そういうことばかりじゃなくて、こいつに病気という課題を与えたらどうなるか、見てみようと。お芝居の演出家は登場人物の機微を描き出す。しかし、その人生演出家というのが我々の人生をあぶりだしているんじゃないか、機微を演出しているんじゃないか。そういう風に考えると、日々の暮らしが一味違って面白く思えるんじゃないかということもあるんではないですかね。以上、抜粋。

いやぁ、まさに、今、世の中がコロナ、コロナで大変なことになっているけれども、これも人生演出家たちが寄ってたかって、世界がこれからどういう風に動くのか、見てやろうとしているんじゃないか。だったら、我々もそのコロナ禍に対して、悲観するんじゃなくて、ポジティブに動いてやろうじゃないか!という気がするんです。少なくも、僕は。いかがでしょうか。

落語「ハンバーグができるまで」はマモルがサトミと離婚した3年後を描いていますが、お芝居はその9年前、マモルがサトミにプロポーズする場面も描いています。これがまた、僕のような男には、たまらんのです。以下、抜粋。

「もし良かったら一緒に?・・・ごめん、よく聞こえなかった。マモルくん、よく聞こえなかったんだけど。もし良かったら一緒に?」「だから、もし良かったら一緒に結婚しない?」「ちょっと待って!今、結構、ビックリしてて。一応、女子的にというか、女子っていう年齢でもないんだけど。一生に一度あるかないかのプロポーズだから。きょう、私の誕生日?違う。付き合った記念日?違う。なんで、きょうなの?」「なんか、きょうかな、って」「シチュエーションはこれ?」「なんか、今かな、って」「二人で夜食のカップラーメンをコンビニに買いに行く、その途中の信号待ち?違うの!ほら、マモルくんって、一応、脚本家でしょ。演出家でもあるし。どんなドラマチックなシチュエーションで、どんな素敵な言葉でプロポーズするのか、色々想像してたんだから」「ごめん」

「もう一回、仕切り直しね。どうぞ!」「もし良かったら一緒に結婚しない?」「ポップ!プロポーズがポップ」「ああそう」「返事しないとね。なんだかこういう状況でのプロポーズを予想してなかったから。でも、マモルくんらしい…。今、私にプロポーズしてくれたのね?やばい、泣きそう。私でいいの?」「サトミでいい」「え?」「dサトミがいい」「料理のレパートリー少ないよ」「サトミがいい」「お酒入ると会社の愚痴ばっかりだよ」「サトミがいい」「マイタケ、シイタケ、シメジ、キノコ類全般苦手だから、一生食卓にあがることないよ」「・・・サトミがいい」「今、一瞬、考えた?・・・指輪」「?」「いいの。プロポーズしてくれただけでいいの。ずっとずっと、そばにいさせてください」。以上、抜粋。

不器用でいいじゃないか。ヘンに気取ったりしたら、失敗しちゃう。素直に、ストレートに気持ちをぶつける。それも、なにげないシチュエーションで。それでいいよね、うん。

でも、売れない劇団の売れない脚本ばかり書いている夫と6年も結婚生活が続くと、サトミも苛立つ。以下、抜粋。

「みんな、劇団を離れて就職した。みんな、変わるの。それにね、あなたが大好きな下北沢ってさ、あなたが思っているほど広くないよ。むしろ、狭いよ。あたし、疲れるの。あの街、歩くの。駄目だね、もう。わたし、マモルくんと一緒に歩けない。マモルくんはどの街を歩く?マモルくんはどの道を歩く?」「これでいいのだ」「私はバカボンのパパにはなれないよ」。以上、抜粋。

そう言って、サトミは下北沢を去っていった。なのに、3年後に、突然、サトミはマモルのアパートにやってきて、ハンバーグを作るという。以下、抜粋。

「やっぱ、ハンバーグはサトミが一番おいしいよ。これが意地悪なんだよな。なんで、ニンジンを入れるの?」「ニンジンのグラッセ」「グラッチェはケーシー高峰」「あの日から何も変わってない」「なんだかんだ言っても夫婦だね」「大事な話があるの」「俺たち、でっかいことがあって別れたわけじゃなくて。駄目だね、なんて別れたけど、歯車がずれた的な別れ方だったじゃん。最近になってさ、誰かといたい、と思うわけですよ。出会いもないしね。そういうところに登録するタイプじゃないし。やっぱ、サトミだよな、サトミがいないとダメだなとか、思っていたわけですよ、ずっと。天国だかなんだかわからないけど、お空に人生演出家がいるんだなって。上から見て演出してるんだなって。よし、あいつを宝くじ当ててやろう、病気にしちゃおう、あいつの元に別れた女房をよこしてやろう、って」

「私、再婚するんだ」「俺と?」「そういう話になってないじゃん」「誰と?」「あなたの知らない人」「えー、で?」「うん。その報告に」「そうか。わざわざ?どういうことだよ。メールでよくね?電話でもいいし、ハガキでもいい。今、そういう気持ちなのにさ」「それは知らないから。ごめん。知ってれば、来なかった」「それは酷いわ。どう考えても、酷い。その再婚相手の名前は?」「言わない」「仕事は?」「言わない」。矢継ぎ早に、年収やら、背丈やら、芸能人だと誰に似てるやら、マンションの何階に住んでるのかやら、結婚式や新婚旅行に至るまで質問攻めするが、サトミは一切答えず、最後に「やめて!」という。

「私ね、マモルくんのことが嫌いになって別れたわけじゃない。マモルくんのためにと思って別れたの。私といると、マモルくんは頼っちゃうから。私がいなくなれば、しっかりすると思った。したらさ、あんまりだよ。マモルくん、何も変わってないんだもん!キッチンも、トイレも、玄関も、この部屋の空気まで。あの日のままじゃん!あたし、関係なかったじゃん!」「ガッカリしたろ?」「すごいガッカリした」「なんでハンバーグ作りに来たんだよ。もう構わないでくれよ」「構うの!あの頃のマモルくんが見たかったのとは違う。私が好きだったマモルくんはいないんだ、と確認したかった。そしたら、何も変わってない。ずるいよ。男は普通、恋愛を引きずるものなの。マモルくんより、私の方が引きずってるから、困ってるの!」「じゃぁ、再婚しよう」「それはできない。私にはヒラマツシズオさんがいる」「名前、言ってるじゃん!」「私、なんで、きょう来たの?」「知らねーよ・・・わかった。サトミがハンバーグを作りに来た理由は、こういうことだよ。最後に水やりしに来たんだよ。前に言ってくれたじゃん。私にできるのは、お水をあげることって。花を咲かしたり、色を付けるのはマモルくんだって。ハンバーグという名の水を撒きに来てくれた、というのは?」「きれいにまとめすぎ」「だな」

「でも、私は良かったと思ってる。マモルくんの顔を見て報告できて」「じゃぁ、幸せになってください」「わかった」「用、済んだろ。帰って」「わかった。じゃぁ。マモルくん、私の作ったハンバーグ、全然食べてないんだけど」「食べたいときに食べるから。とにかく、帰って」「わかった。あと、そう」「まだ、何かあるのか」「久しぶりに下北沢を歩いたら、なんか楽しかったよ。じゃぁ」。以上、抜粋。

もう、号泣である。男と女の心の機微。喬太郎師匠が落語で描いた世界観をそのままに、本田誠人さんが何倍にも膨らませてくれた。切ないけど、嬉しい。昭和、平成、令和。時代がどんどん変わっても、人間の本質は変わらない。だから、自分を信じて生きなさい。人間を信じて生きなさい。そういう勇気をくれる舞台に、改めて御礼を言いたい。ありがとうございました。