おかしくて、やがて悲しき芸の道 映画「落語物語」に描かれた人情ってやつは…

キングレコードから発売されたDVDで映画「落語物語」を観た。

柳家わさび師匠というと、少し前まで「内気」というイメージを持っていた。それは何を隠そう、この映画のせいである。2013年10月「落語事典探検部」@座・高円寺で、わさびさん(当時は二ツ目)の「棚という字」の高座を見て、イメージは一変した。オーニングトークで遊雀、彦いち、白酒の三師匠に交じって、ひたすら無口だった彼が一旦、高座で古典掘り起こしの落語を堂々と演じるのを観たからである。

その後は、柳家喬太郎師匠作「純情日記横浜編」や、春風亭百栄師匠作「露出さん」など他の先輩の新作落語を自分のキャラクターに合わせて演じる高座に舌を巻き、月例でおこなっている勉強会「月刊少年ワサビ」@らくごカフェに通うようになり、「この人は実は芯が太くて、誇りをもって落語に取り組んでいる」と尊敬し、去年秋の真打昇進以降、ますます、その逞しさを確信している。

当時二ツ目だったわさびさんが主役を演じる映画「落語物語」が公開されたのは2011年。予告編のテロップはこんな感じだ。

落語映画の“真打”遂に登場!!内気な青年が飛び込んだ“落語”の世界 小春の落語家修業がはじまった ガンコな師匠と素敵な女将さん そして、個性豊かな落語家たち 着物、小道具、お囃子に到るまですべてがホンモノ 落語家40名超、総出演!!落語協会全面協力 粋で楽しく、懐かしい下町人情物語 おかしくて、やがて悲しき芸の道 そして、小春の運命は?

「東京かわら版」2011年3月号掲載の原作・脚本・監督の林家しん平師匠への単独インタビューで、師匠の撮りたかった映画への思いがわかる。以下、抜粋。

「深海獣レイゴー」「深海獣雷牙」と怪獣映画が続きましたが、ようやく人間ドラマが撮れた。僕の中では真面目な作品を撮ったっていう気持ちはなくて、普通の落語家を描いたつもりなんですよ。ただ撮りたかった世界ではあるんです。(中略)自分が撮れることになった時に今までの(落語を取り扱った)映画がお手本になるかというと、そうとは限らない。演出上の間違いも訂正して、落語家の生活をきちんと描くことが大切なんです。冗談は言うし、四六時中肩肘張って厳しいばかりじゃないよと。

もちろん登場人物の中にはそういう人も出てくる演出はありますけど、それも嘘ではないのでね。だからリアルな噺家が見られます。ギャグとしてはあっても実際に「てやんでえ」とか「するってえと」とか、言わないでしょ?浴衣だって着るけど、着ないでおしめになっちゃったらもったいないから着てるだけ(笑)全部真実ならそれはドキュメンタリーだから演出はあるけど、嘘はないんです。以上、抜粋。

そう、演芸ファンが「えー!それはないでしょ!」と突っ込むところがほとんどない落語映画であるのは、監督がしん平師匠であることに尽きるが、それゆえに、傑作!と唸らせた上で、人間ドラマとしてジーンと泣かせてしまうのだ。

「東京かわら版」11年1月号・2月号、小春の師匠・今戸家小六を演じたピエール瀧さんと、その女将さんを演じた田畑智子さんがこの映画について、巻頭エセーでそれぞれ語っている。以下、抜粋。

ピエール瀧さん

高座に座ったことは印象深かったです。以前、末広亭に見に行ったことはありますが、高座は普段上がれないところですし、そこは非常に興味深くやらせていただきました。独特のスキルを持った人しか上がれないとこなので、聖地っぽい感じじゃないですか。師匠に認められてその業界で修業を積んでからじゃないと上がれないところですからね。以上、抜粋。

田畑智子さん

(共演の柳家)権太楼師匠はかっこよかった!背筋がピンとしていて、かっこよさがスゴかったです。最初に本読みでお会いした時から喋りかけて下さったので「こんなすごい大師匠の方でも喋って下さるんだ」と思うとすごい嬉しくて。でもお芝居となると「これで大丈夫かなあ?」なんておっしゃって(笑)接し方がすごく柔らかいし、どーんと構えていらっしゃる姿が凛としているなと思いました。以上、抜粋。

前出の林家しん平監督へのインタビューでは、わさびさんについてこう述べている。以下、抜粋。

今回のわさびの役は主役級なので最初は役者さんでいこうと思っていたんですけど、背がひょろっと高くてふにゃふにゃしてるわさびを見て「小春はこういうやつだ」と思ったんですよ。久々に寄席で会うまでは、こんなやつがいたこと忘れてましたもん(笑)。これが役者さんだったら画面が変わったと思います。

わさびをうちに連れてきて台本読ましたらまず感動して泣いちゃって、その感受性はオッケー。でも台詞読ませたら空っ下手。そこから毎日うちに来させて特訓して、しまいには泣き出してうち飛び出して、もう帰ってこないかなと思ったら泣きはらした目をして帰ってきて「もう一回読ましてください」って。以上、抜粋。

「内気」な住みこみの前座は、わさび師匠の完璧な演技だったんですね!

最後に僕がこの映画を観て、グッときたことを三つ。

アイドルとして人気が出た女流落語家・鶴家丸千代(春風亭ぴっかり)がテレビのワイドショーで食レポしている放送を楽屋で見た師匠の朝丸(三遊亭小円歌)は「芸が疎かにならないか」と心配顔。理事会で席亭たちから丸千代を真打にしたらと提案があり、「素人口調で、新作漫談ばかり」と反対する幹部連中を押し切り、会長(桂文楽)の鶴の一声で「真打扱いの二ツ目でトリをとらせる」ことが決定。だが、その披露目に妻子あるミュージシャンとの密会の様子が写真週刊誌にスッパ抜かれて。朝丸師匠が丸千代をビンタして、「恋愛するなとは言わない。ただ、人に祝福される恋愛をしなさい!」。興行は途中で中止に。

将来の名人候補と呼び声高い山海亭心酒(隅田川馬石)。師匠との親子会で「柳田格之進」をネタ出しした当日の楽屋で、師匠の「お前の噺の中の番頭は意地悪くないか」という意見に反論。「芸の良し悪しは評論家が決めるんじゃない。お客様が決めるんだ」と小言を言われ、高座へ。湯島の切通しの坂で番頭と柳田が再会する場面で、絶句。「勉強し直して参ります」と高座をさがる。酔いつぶれて入ったスナックに法外な料金をふっかけられ、反発するとチンピラにビール瓶で殴り殺されてしまう。遺体を前に師匠は「お前から落語の楽しさを奪ったのは俺だ。俺は人を育てるんじゃなくて、殺しちまった」。

小六(ピエール瀧)の女将さんの葵(田畑智子)は腹痛を覚え緊急入院。医師が「朝までもたないかも。今のうちに話をしておいた方がいい」と言われ「何とかしてやってくれ!」と叫ぶ。「六ちゃんと一緒になって幸せだったよ」「だった、なんて終わっちゃうみたいじゃないか!」「ホントのホントだよ」「俺だって、うんと幸せだったよ」。葵は帰らぬ人となる。ある日、昼席の主任、ごま塩師匠(古今亭志ん橋)が「野暮用ができた。早上がりにしてくれ」と頼まれ、小春たち前座は断れない。ヒザ前の師匠にトリをお願いしようと考えたが現れない。急遽、小春が穴を空けないために羽織を着て高座へ!客席には天国にいるはずの女将さんがいる!先日師匠に習ったばかりの「湯屋番」。奇跡のように、客席は爆笑の渦!

「笑わせる 腕になるほど 泣く修業」

前座・小春の目からみた、寄席の世界の人間模様が鮮やかに描かれていた。