橘家文蔵 寄席が好きだから 今、できることを考えた
ネット配信で「第2回文蔵組落語会」を観ました(2020・04・14)
橘家文蔵師匠が動いた。新型コロナウイルス感染拡大防止のために緊急事態宣言が出て、国民が外出自粛要請される中で演芸界でも芸人さんたちが色々な取り組みを始めた。いま、5月6日まで休館している「寄席」をこよなく愛する文蔵師匠が、自分に何かできることはないかと考え、協力者とともに文蔵組(いかにも師匠らしいネーミングですね)を立ち上げ、高座のネット配信をスタートさせたのである。
文蔵組落語会は4月12日から第1回門朗改め橘家文太の会を配信(15日まで)、14日から第2回ゲスト春風亭一之輔で配信中(18日まで)※文蔵組に入会する必要あり。年会費制、有料。詳細は「つながり寄席」さんのツイッターアカウントをフォローしてください。 また、22日から第3回ゲスト立川談春師匠を配信予定だそうです。18日には月亭遊方師匠と上方番外編も。
第2回文蔵組落語会 「元犬」橘家文太 「あくび指南」春風亭一之輔 「転宅」橘家文蔵
「東京かわら版」2009年6月号の「巻頭インタビュー 橘家文左衛門」から、師匠の寄席への思いを。以下、抜粋。
(最近は寄席の出演が多いですね、に対し)だんだん愉快になってきてる。ほら、こういう人相だから高座に上がると「なにコイツ」っていう、マイナスイメージを持たれてからのスタートなんだよ。そこからゼロを通過してプラスに持っていく。その過程が面白いね。(中略)不特定多数の客の前でやるっていうことが、俺たちの現場なワケ。そりゃテメエの客の前でやってりゃ、なにやったってウケんだからさ。(中略)
客席はね、いくら人気商売とはいえ、いつ切られっか分からないから。プロ野球選手でクビになった連中がドライアウトするでしょう。毎日そういう気持ちでやってるよね。俺たちはいつ干されるかわからないわけだから、常に崖っぷち状態を意識してる。(一席一席がバクチっていうか、勝負なんですね、に)ウン。ツボ開けてみねえとワカらねえ(笑)。以上、抜粋。
当時、師匠に色紙にサインと求めると、「稽古が仕事。高座が集金」と書いていた。
広瀬和生さんの著書「この落語家を聴け!」(集英社文庫)には、こうある。以下、抜粋。※2008年7月にアスペクトから刊行された当時の文章です。
僕に「寄席の楽しさ」の真髄を味わわせてくれるのが、橘家文左衛門だ。コワモテの風貌とガラガラ声が印象的な、豪快キャラの文左衛門。この人の落語に対するセンスは天才的なものがある。「道灌」「手紙無筆」「寄合酒」「桃太郎」等のありふれた噺も、文左衛門が演ると爆笑落語に変身する。しかも、文左衛門の落語は何回繰り返し聴いても、そのつど新鮮に笑える。(中略)といっても、文左衛門はそれらの噺を自己流に改作しているわけではない。文左衛門自身の豪快キャラをストレートに反映し、強烈なギャグをたくさん入れてはいるものの、基本的な噺の構造は一切変えていない。(中略)
文左衛門落語の魅力は、登場人物の台詞回しの面白さにある。そして、その「台詞の面白さ」を生み出しているのは、文左衛門の持つ天才的な言語センスと抜群の演技力だ。ちょっとした言葉遣いの妙で、何でもない台詞が爆笑フレーズになったりするのは、その台詞を作るセンスと、台詞を最も効果的に喋る演技力とを、文左衛門が兼ね備えているからこそである。
文左衛門の名フレーズに「何ですと?」というのがあるのだが、この可笑しさは文章では絶対に伝わらない。文左衛門のあの風貌、あのガラガラ声、あのトーンで発せられたものを目の当たりにすれば、何故僕が文左衛門の「何ですと?」を名フレーズと呼ぶのかが判るだろう。以上、抜粋。
2018年6月28日の「すっぴん!インタビュー」に出演いただいた。国境なき落語団の企画で、当時二ツ目だった柳家わさびさんと欧州公演に行って帰国した直後である。事前取材で、池袋北口周辺を喫煙スペースを探してさまよい、3軒目でようやく見つけた喫茶店で打ち合わせしたときのことは鮮明に覚えている。コワモテのイメージとは真逆、実に誠実で丁寧な対応に、男として惚れてしまった…思い出があります。インタビューの一部を以下、ご紹介。
藤井アナウンサーが「夫(菊之丞師匠)いわく、楽屋の模範囚」と紹介して、苦笑する師匠。(先代の)文蔵師匠に入門した理由は、「憧れて入ってはいけない世界だと思った。基本に忠実な人に習いたかった。(自分の前職の)板前の世界に似ている」と。言葉を操る商売なんだから、ちゃんとした日本語を使えなくちゃいけないと教えられた。「あれ」「これ」「それ」の違い。鼻濁音。あとは、噺家ぶるな、前座らしく大声で。
コワモテの人相については、二ツ目になったときに、「ハンディをプラスにしよう」と考えた。ドスのきいたご隠居さんは面白いのでは、とか。「天災」を演ったときに、志ん朝師匠に「お前の八五郎は柄が悪い。品がない。乱暴者だけど可愛げがないと笑えないよ」とアドバイスされたそうだ。また、談志師匠からも「お前の方向性はいい」と褒められ、時々、練馬のご自宅に呼び出された。「クリームシチューを作ってくれ」「固形のルーはないんですか?」「ない。冷蔵庫にあるもので作れ」。で、バター、小麦粉、牛乳、肉…で料理した。すると、「2人で映画を観よう」と誘われ、フレッド・アステアを観ながら食べた思い出も。
10人同時に真打昇進したときのことを「十羽ひとからげ、ですよ」と悪ぶれずに表現し、披露目の直前に師匠が急逝し、かみさんとも離婚し、独りぼっちでくすぶっていました。本当にやめちゃおうか、と思ったと告白。受けない。自分は面白いと思っているのに。そのとき、恩人が「ネタおろしの会をやらないか」と誘ってくれ、「続けるしかない」と覚悟。お客様も少しずつ増えて、理解してくれるようになったし、自分も自分のことを理解できるようになった。(※その「恩人」が今回、文蔵組を立ち上げるのに全面協力している「つながり寄席」さんだ)
最後に「東京かわら版」2016年9月号「今月のインタビュー 文左衛門改メ三代目橘家文蔵」の抜粋で締めくくりたい。
楽屋に入ると袖から客席見るんですよ。この人のこの噺こういう笑いが起こるんだって思った時かな。それでネタ帳見て、こういう流れなんだって。(中略)同じネタでも昨日とは気持ちが違ったり、勢いでやったり、完成度も日によって違う。だからこれからどう変わるか分かりません。でもね、自分の惚れてる女が客席にいて、その人が笑って「よかったよ」って言ってくれるのが一番いいなってこないだ思った。そのためにやってる。まあ女じゃなくても尊敬してる人とか、いいなと思ってる人でいいんだけどサ。最近それに気づいたな。
一日も早く、文蔵師匠の「馬のす」や「寄合酒」や「手紙無筆」を寄席で聴きたいです!