上方落語の大看板の大興行の意義 桂文珍

国立大劇場で「桂文珍芸歴50周年20日間独演会」を観た(2020・03・23)

桂文珍が白衣をまとい、マスクを着用して高座にあがった。「文珍改めワクチンです」。「20人の豪華ゲストが日替わりで登場!」という謳い文句で、2月28日にスタートした、この独演会。新型コロナウイルス感染拡大防止のための「自粛要請」が出て、演芸界も戸惑いはじめた時期である。国立劇場主催公演は、歌舞伎や演芸場を含め中止に。だが、貸し小屋の公演については、主催者判断だったので、吉本興業の大阪の寄席は休止になったが、所属芸人である文珍師匠は徹底した入場者のアルコール除菌、健康に不安のある人は払い戻し対応をするなどして開催の英断を下した。

しかし、感染者が増えていく中、3月4日から8日までの公演は、19日から24日の夜公演に振り替えする処置が取られた。そして、後半戦が15日から再開する予定だったが、エンターテインメント業界大手が19日までの公演を中止する流れに抗うことはできず、15日から19日の昼公演、および7日分の振り替えだった19日夜公演は、断腸の思いで中止を決定した。20日からは再開。千穐楽24日の前日、いわゆる「前楽」の昼公演に行った。

長々と説明文で申し訳ないです。言いたいのは、この20日間の大劇場独演会に対する文珍師匠の意気込みの強さだったのです。「定年時代」3月上旬号に、この会への思いを語るインタビューが掲載されている。10年前に同じ大劇場で10日間独演会をやった。「もう二度とこんなしんどいことはやめよう」と直後に思ったが、しばらくして、「いや、倍の20日間独演会をやっておけば、(後輩の)若い人の励みになるのでは」と思い、今回は2020オリンピックイヤーにちなんで、20+20で40演目を新作、古典おりまぜてやる決断をしたそうだ。

開口一番は瀧川鯉八さん。新作落語「多数決」は何度も聴いたことがあるが、この「自粛要請」社会に対するアイロニーを感じ、ネタ選びのセンスを感じた。

中入りの「豪華ゲスト」は春風亭一之輔師匠。「笠碁」。マクラが彼らしくて、大好き!知り合いのウイルスに訊いたんです。そうしたら、落語を「この噺のテーマは?」とか、「演出の工夫は?」とか、「誰から習った型なのか?」とか腕組みして聴くような人の中に入りたいです、と言っていました。で、バカ笑いを続ける人に入ると「バカが移りそう」で入りたくないって。イイネ!

食いつきは女道楽の内海英華師匠。「国立劇場へご案内~」と「梅は咲いたか」を弾いたあと、「この会場に来られたお客様の幸せと、ここに来なかった人のご不幸をお祈り申し上げます」という、よくあるシャレの挨拶をした。それで思い出すのは十数年前、テレビの女性司会者が「この番組を見ていただいた方の幸せと、見なかった人の不幸をお祈りします」と発言して大問題になり、テレビ局が謝罪した記憶だ。

寄席、落語というものは、誤解を恐れずに言えば、そもそも不謹慎な芸能。大袈裟化もしれないが、社会に適合しない人間を描いた人間讃歌だと僕は考えている。バカな与太郎をしょうがないなぁと受け入れる長屋連中。らくだと呼ばれた乱暴者の死を喜びながら、香典を出す元被害者たち。吉原の若い衆をだまして詐欺をしたり、ドブに突き落としたり、主人から金を巻き上げたり、もうやりたい放題。だが、女郎を買って遊ぶこと自体が不謹慎と言い始めたら、そもそも落語の否定だから。

古今亭志ん朝師匠が高座でよく言っていた。「よく古典芸能を鑑賞しよう!なんて了見で来られるお客様がいるが、あれが一番困ります。何か、教訓を得てやろうとか。落語なんて、道端で屁をするようなものですから。匂った?みたいな」。

文珍師匠は「花見酒」と「へっつい幽霊」。弟子に「へっついって、何ですか?と訊かれ、カマドのことだと答えると、スマホですぐ検索し、お店の名前ですね!」と言われたとか。あと、「“花見酒”の経済」(朝日文庫)という著書があり、著者は笠信太郎(1900~1967)。朝日新聞論説主幹を14年間務めたジャーナリストだ。バブル萌芽期に注目され、またアベノミクスで再注目されている。あの花見酒で儲けようとする酒好きの二人が、10銭ずつやりとりしているうちに、樽の酒が全部なくなっちゃう。教訓は真正面から言わずに、感じ取ればいいんですよね。

3月20日に公開された映画「21世紀の資本」は、著者がフランスの経済学者のトマ・ピケティ。2013年に出版され、経済学の世界で衝撃が走った論文である。要約すると、資本主義の特徴は資本の効率的な配分であり、公平な配分を目的としていない。そして、富の不均衡は干渉主義(富の再分配)を取り入れることで解決することができる。資本主義を作り直さなければ、まさに庶民階級そのものが危うくなるだろうと。「“花見酒”の経済」とセットでこのことをマクラにした文珍師匠に敬意を表したい。