「ちゃお」と言って、瀧川鯉八はいつものように右手を挙げた

渋谷伝承ホールで「ちゃお7」を観た。(2020・03・07)

僕が瀧川鯉八という、これまでいなかった新作落語の唯一無二の奇才を知ったきっかけは2013年に結成された11人のユニット「成金」だった。正確に言うと、違う。14年暮れに神田松之丞(現・伯山先生)を知って、15年にミュージックテイトで毎月開催のきらり・松之丞勉強会に行った。当時、きらり(現・鯉栄先生)は「水戸黄門記」、松之丞は「畔倉重四郎」。連続物を毎月ネタおろししていた。その流れで毎週金曜日に開催されている成金に8月28日に初めて行く。宮治「つる」鯉八「猪おっさん」松之丞「熱湯風呂」小痴楽「巌流島」。そこで、初めて鯉八の高座と出会った。翌月の成金で「いまじん」。

一見、不思議な世界に迷い込んだ気がするが、でも実はかなり芯の通った理屈で貫かれた、設定とストーリー展開。そして、登場人物の繰り出すセリフの言葉の選び方のセンスとトーンの面白さ。一瞬で虜になった。以降、一年に20席ほど聴いている。その年によって鯉八の中にマイブームがあるのか、もしくは僕が偶然巡り合うのか。ヘビーローテーションで聴くネタがある。16年「おちよさん」、17年「やぶのなか」、18年「多数決」。どれも鯉八ワールド。

15年に、すごい!と思った体験がある。渋谷らくごの18時開演の1時間枠「ひとりらくご」で、4席を一気に聴いた。「空耳」「猪おっさん」「食事」「新日本風土記」。寄席の15分高座を同じ噺家さんで連続して聴く感じ。しかも、マクラ、つなぎがあって、それぞれの作品の味わいも違って、全く飽きない。

もうひとつ、すごい!と思ったのは、19年の「旅成金壮行会」で披露した「中村仲蔵」。ある地方で昼夜公演あり、夜は松之丞が「中村仲蔵」を読むので、昼は鯉八さんに仲蔵をお願いできませんか?と依頼されたという。自分の仲蔵でいいんだと予行演習的に演った高座。普段、鯉八が「松之丞の激しい芸は、生きることに絶望した人を取り込む。僕はゆらゆらとぼんやり生きている人の共感を得たい」と「成金本」の中で書いているが、まさにその「共感」を得る素晴らしいものだった。

自主開催の独演会「ちゃお」は、18年11月にスタートした。「ぷかぷか」「暴れ牛奇憚」「にきび」。19年3月「やぶのなか」「いまじん」「サウスポー」。7月「おはぎちゃん」「笑う太鼓」「アメリカ」。12月「ならやま」「おちよさん」「苦イズ」。毎回、最後に記したのが、ネタおろし新作。今回で7回目で、僕は5回出席しているが、毎回意欲的だ。

毎回、ゲストがいる。古今亭駒治師匠、春風亭百栄師匠、真打昇進前の柳亭小痴楽さん、そして浪曲の玉川太福さん。そして、今回は落語芸術協会の頼れる大先輩、三遊亭遊雀師匠だ。鯉八一席目「俺ほめ」の後に師匠が上がり、開口一番、こう言った。「すごいよね。俺をほめてくれというだけで、あれだけ聴かせちゃうんだもの。あれ、あそこで終わらないでも、まだまだいけると思うよ」。

遊雀師匠は一昨年くらいまで、鯉八落語が理解できなかったと告白した。だけど、今は完全にはまってしまったと。「だって、子ほめだって、道灌だって、ストーリーらしきものがあるでしょう?でも、彼の落語にはないの。でも、面白い。というか、だから面白い」と。5月に真打昇進する鯉八にとっては、二ツ目として最後の「ちゃお」。だからこそ、NHK新人落語コンクール本選まで行って、「自分が優勝すると確信した」と「成金本」にも書いた自信のある「俺ほめ」をもってきたのかもしれない。

5月1日の新宿末廣亭を皮切りに、桂伸三、昔昔亭A太郎とともに真打昇進披露興行がスタートする。真打として出演する最初の「ちゃお」は、7月12日。ゲストは自分の師匠の瀧川鯉昇だ。