ここには風が吹いている(江戸以外)

らくごカフェで「第4回新作びゅーびゅー」を観た。(2020・02・23)

※4月6日に予定されていた「新作びゅーびゅー」は、新型コロナウイルス感染拡大防止という粋歌さんのご判断で休止となりました。次回は6月5日を予定しているそうです。(らくごカフェHPより)

三遊亭粋歌が動き出した。今年3月21日から落語協会の5人の新真打披露興行がはじまるが、これによって、粋歌は香盤では二ツ目のトップに位置することになり、来年(2021年)の真打昇進が射程距離に入ってきた。小三治会長時代に一之輔が単独で、菊六改め文菊と朝太改め志ん陽が二人で、抜擢真打昇進して以来、順当に香盤順で真打昇進が続くという平和な時代が続いている。

順番からいっても真打になって当然なのだが、人気と実力から言っても、粋歌は文句がないところだと思っている落語ファンが多いのではないか。まぁ、真打昇進なんて通過点に過ぎず、真打になったからと言っても実力がなければ食っていけないわけだし、真打前でも実力のある二ツ目さんはどんどん仕事が入っている。ガチンコ勝負の世界である。だけど、やっぱり世間的には真打で一人前という風に思っている人も多いし、実際、メディアの仕事も落語会の仕事もギャラがそれで上がるという現実はあるからね。

とにかく、近々なるであろう真打を目標に自分を磨く勉強の場を作って、研鑽しようという心意気は大切で、その意味で去年8月から隔月で勉強会をスタートさせたことは嬉しいです。特に粋歌さんは新作で売っているので、そこをさらに強化して「女流新作ですごいのは粋歌」という評価とブランドを今のうちから固めておくのは大変に重要だと思うし、贔屓にしている僕も応援したい。

新作をネタおろしする作業は非常に大変で、「せめ達磨」や「しゃべっちゃいなよ」では毎回、うんうん唸りながら生み出しているのを拝見すると、この勉強会はむしろ「過去に作った新作でお蔵入りしてしまったものを、もう一回ブラッシュアップ」とか、「最近作って手応えのあったものを、より磨き上げて持ち玉にしておきたい」とか、そういう目的ではじめたところに意味がある。

去年頻繁にかけた「働き方の改革」と「夏の顔色」はまさに後者であり、すっかり自分の噺として、どんな客層でも自信をもってかけられるネタになったのではないか。「嫁の話がつまらない」も、そのうち、この仲間になるでしょう。

で、今回の勉強会でかけた「浮世の床から」は、そちらの部類ではなくて、「過去に作った新作でお蔵入りしてしまったものを、もう一回ブラッシュアップ」という方になると思う。ただ、過去と言っても、去年の「しゃべっちゃいなよ」でのネタおろしなので、厳密にいうと過去ではないのだけれど。

この新作を初めて客前でかけたとき(シブラクの「しゃべっちゃいなよ」)に、もうこの噺は二度とやるまい、と高座を下りながら粋歌は思ったそうだ。暗い。重い。封印したいと。だが、周囲の反応はそうではなかった。「感動しました。涙がでました。また演ってください」。そういう声が複数聞こえてきたという。まるで斧定九郎の役に工夫を加えて失敗したと思ってしまった中村仲蔵だ。

ネタおろしの数日前まで全く何も思い浮かばなかった。そのとき、NHK総合テレビ「クローズアップ現代」を見たら、30代、40代のひきこもりの問題を取り上げていて、非常に関心を持ち、これでいくしかない!と見切り発車した。そうしたら、こんな暗い作品になってしまったと自身が考えたそうだ。だが、とんでもない。ひきこもりの女性が何とか立ち直りたいと思う強い気持ちが、ずんずんと心に響いて、最後は涙が滝のように流れていたよ。去年の「新作コレクション」、そして今回の「新作びゅーびゅー」と2回聴いたけれど、2回とも泣いた。

ネタバレするといけないので、簡単に書くが、中学生のときからひきこもりになり、ひきこもり歴30年の女性・烏森さん。両親からは、もう退職するから扶養する経済的な余裕がないので、働き口を見つけろと言われる。そんなとき、現われた「就職面接を1つ受けるだけで1万円もらえる簡単な仕事」があるからやりませんか?と人材派遣業者らしき男から声をかけられる。「面接なんて自信がない」と断る烏森さんに、「採用されないのが目的だ」と言われ、詐欺まがいとわかりつつも、あるつぶれかかったコンビニエンスストアの面接に行く。店主の老女はとても優しい人で、話していくうちに、烏森さんの長所をどんどん見つけ、褒めてくれる。「自信をもってやれば、あなたは大丈夫よ」。勇気が湧いてきた烏森さん。店主の温かい言葉に、僕は号泣。だが、それは・・・。それ以降は、まだ聴いたことがない方のために伏せておきましょう。

粋歌は演じ終ったあと、やっぱりこの噺はしばらく封印すると言った。まだ彼女の中では腑に落ちない、納得がいかない何かがあるのだろう。それが氷解したとき、この新作はさらに素晴らしい名作になる。そして、そのときには、一枚看板を掲げられる真打になっていると断言できる。特別な意識はしていないのだろうが、働き方改革や一億総ネット依存、さらに高齢化社会。そういう現代を切り取ることができる新作の才能とセンスと嗅覚を持った女流真打が生まれる日は近い。その芽生えをしっかりと見続けていきたい。