天才・喬太郎の10日間~鈴本七月中席
鈴本演芸場で七月中席「柳家喬太郎蔵出し作品集 引き出しの奥のネタ帳」を観た.。(2019・07・11~20)
喬太郎師匠は鈴本演芸場でここ数年、年に一回だけ10日間の特別企画興行をしている。僕の記録をたどると、2012年「新作・古典 W大盛り」、2014年「笑えない喬太郎 ネガティブキャンペーン」、2016年「ウルトラ喬タロウ」、2017年「三題噺地獄」、2018年「圓朝作品集」。2016年からは毎年となり、通常の寄席興行とは異なる、「鈴本チケット」による前売り指定券販売制度が導入され、初日を迎える前には10日間全日程が完売している。いかに喬太郎師匠が寄席芸人の中でも突出した人気を誇っているかがわかる。
そして今回は、ネタ卸しはしたが、その後は1、2回しか掛けていない、もしくは全く掛けていない新作落語を引っ張り出して、「埃を叩き、油を注して」もう一度高座にかけてみるという、本人いわく「最も負荷のかかる試み」である。あまり掛けていないということは、あまり受けなかった、本人が納得していない、だから自然と「引き出しの奥にしまってしまった」わけで。
だからこそ、もう一度アレンジして、再構築して、さらに令和に時代に合うネタにするという、大変な作業が必要わけである。だが、喬太郎師匠は、客席から観ているだけでは「いとも簡単に」やってのけ、尚且つ、爆笑噺にしたり、心に滲みる噺にしたり。それはもう、変幻自在。彼の頭の中は一体、どうなっているんだろう?と思うくらいに、その才能というか、落語脳の素晴らしさを痛感するばかりであった。ちなみに僕は6日間だけ通った(★印)
初日「彫師マリリン」★
2009年12月みたか井心亭、2010年2月池袋上席以来。おそらく、それより前にも聴いている記憶があるが、記録から取り出せていない。任侠の世界、職人技への畏怖、パッパラパーなギャルという師匠の得意だったり、憧れだったりする分野を掛け合わせた喬太郎ワールド全開の作品で、むしろ、10年近く掛かっていないことが不思議。面白い!これからも、どんどん掛けてほしい!
二日目「拾い犬」
2014年11月わんにゃん寄席@横浜にぎわい座で初演。その月に、さん喬一門会で掛けたのも聴いている。百栄師匠がネコのネタで「バイオレンススコ」と「ロシアンブルー」を演り、喬太郎師匠がイヌのネタで「バイオレンスチワワ」とこのネタを披露した。ちょっと古典の「鴻池の犬」にも似た、心温まる噺でホロッとしたのを覚えている。
三日目「もんじゃラブストーリー」★
石井徹也氏が企画している「射手座落語会」で2014年7月に出来たと、その当時聞いた。湯島天神二階で開催だったが、僕は行けなくて、開口一番なな子「桃太郎」生志「元犬」正蔵「百川」と、「も」ではじまる噺が偶然続いたので、即興で創ったと伺っている。聴きたかった!とずっと思っていたが、それが実現。年上の女性上司に憧れる、気の弱い男が月島に住んでいるので、初デートにもんじゃ焼き屋に誘ったという設定。なかなか約束の店に来ない上司のことを思い、やきもきする男の心の揺れ動きと色々と想像する周囲のお客さんたちのやりとりが絶妙!
四日目「ふくろうの夜」★
2017年8月、らくご@座さんの企画「池袋挽夏奇譚」@自由学園明日館での口演。同時に作られた「すなっくらんどぞめき」は、これでもか!というくらいに頻繁にその後掛けるようになったが、こちらはお蔵入り。内容も池袋上空を上野上空から様々な人間模様を眺めるという風に大幅に改変され、全くの新作を聴いている気分だった。最後の赤羽さんの「悔いのない人生を!」と台詞が実に滲みる。
仲日「月夜の音」
2010年3月YEBISU亭がおそらく初演で、その後、2014年12月同じYEBISU亭で再演して、どちらも聴いている。主人公の父親が楽器プレイヤーの夢をあきらめずにいた・・・という設定で、初演は日野皓正さんがトランペット、再演は上妻宏光さんが津軽三味線を途中で生演奏するという演出があった。2014年12月は、みたか井心亭でも掛けているが、そのときは当然生演奏はなかったので、その形で今回も掛けたのではないか。トランペットなのか、津軽三味線かは不明。スナックを舞台にして、人間の心の機微を描くのは師匠の得意技だ。
六日目「笑い屋キャリー」★
2014年落語教育委員会以来。その前も、2010年同じく落語教育委員会で聴いている。寄席を壊滅して日本経済転覆を狙うアメリカ人組織に、名人・鶴之家丹頂と伝説のモギリのお扇さんが立ち向かう。やはり師匠が好きな落語マニアックネタだから、落語ファンは垂涎の演目なのだが、場所を選ぶのかもしれない。小さん師匠推薦で川柳川柳が初出演した三越落語会、志ん生や文楽が出ていた東横落語会、円丈師匠主催の実験落語会、応用落語会、落語ジャンクション・・・。もう堪らない!
七日目「ラジオの向こう」
僕は2010年8月のみたか井心亭で聴いて以来、聴いていない。確か、当時、師匠がTOKYO-FMでレギュラー番組を持っていたときに、その関連落語会が開かれて、ラジオにちなんだネタを作ったのがこれ。デジタル時代に、あえてラジカセを登場させ、町の電器屋さんとの心の交流に感動したのを覚えている。
八日目「純情日記 神保町編」
桂三枝(現・文枝)師匠の肝いりで、神保町花月で2016年からはじまった「神保町創作落語の会」に、喬太郎師匠が出演し、この噺をネタ卸ししたという噂は聞いていた。「横浜編」「中山編」「渋谷編」「祖師ヶ谷大蔵編」は聴いたことがあったが、「へぇー!新しいのができたんだ!聴きたい!」と、思っていたが叶わず。どうやら、元書店員であった経験を最大限に生かした出版業界のマニアックネタ満載らしい。聴きたい!
九日目「八月下旬」★
2006年8月「SWAクリエイティブツアー」@明治安田生命ホール。メンバーがそれぞれ、「夏休み」をテーマに新作ネタ卸し。昇太「罪な夏」白鳥「明日に向かって開け」彦いち「掛け声指南」。この中では、「掛け声指南」が定番化しましたね。三三師匠も演っている。でも、当時の僕の日記を読むと、「3人の中では、やはり喬太郎が一番抜きんでている」と記している。小3のケンイチの目を通した大人の哀愁が実によく描かれている。ラストの恩師の台詞、「人の人生に点数はつけられない」が、いやぁ、滲みた。
千秋楽「引き出しの奥のネタ帳」★
この興行の締めくくりとして、シリーズを演目名にした新作ネタ卸し。マクラで、志ん朝師匠が亡くなられた2001年10月1日、池袋演芸場がはねた後に、歌武蔵師匠らと一緒に飲みに行った店で、「影膳だ」と人数より1杯多いジョッキビールを頼んだという思い出話から涙腺が緩む。ある架空の師匠の、たった一人の愛弟子への溢れんばかりの愛情が、没後に整理したネタ帳から判明する最後の場面で号泣してしまった。
50半ばになっても、才気ほとばしる天才・柳家喬太郎、バンザイ!