ドリカムの30年と、僕の社会人30年~ドリカムワンダーランド2019

さいたまスーパーアリーナで「DOREAMS COME TRUE WONNDERLANND 2019」を観た。(2019・07・15)

「演芸、ときどき芝居」に、いきなりドリカムのことを書きます。6月21日に「古典こもり」に行き、喬太郎師匠の「縁切榎」の素晴らしさに感激し、突然、何か書き残していこう!と思い立ちはじめた、このブログ。30分程度、ちょっと自分なりに感じたことを走り書きする感覚で、毎日続けようと思っていたのですが。

7月1日に聴いた萬橘師匠の「浜野矩随」を最後に、筆が止まってしまった。というのも、来たる7月17日に「僕にとって、生涯でも一、ニを争う大変に大切な仕事」を控えていて、その準備などもあり、ほぼ毎日演芸の繰り返しを変えずにいるには、睡眠時間と食事、移動時間を削るしかなく、仕事の時間が増える中、もはや「体力的限界」を感じ、一時中断している状態です。

自分の気持ちとしては7月2日以降に見聞きした演芸や芝居のことも書きたいことが沢山溜まっているので、一段落したところで一気に書くつもり。特に、7月11日から鈴本演芸場はじまった「喬太郎蔵出し作品集 引き出しの奥のネタ帳」は10日間のうち、6日行く予定なので、まとめて書きたい。

で、ドリカムである。この忙しい中に、あえて、このことだけ、それも演芸でもなければ芝居でもないことを書くのは、まさに僕が今取り組んでいる仕事に対する気持ちと、30周年を迎えたドリカムに対する気持ちが非常にリンクしたからだ。

4年に1回開かれる、通称ドリカムワンダーランドは、2003年の開催から参加している。だから今回が5回目だ。胸にこみあげるものがあった。どの歌に、というわけではない。もちろん、大好きな歌はいっぱいあるが。今夜の演奏曲だと、「すき」とか、「サンキュ」とか、「未来予想図Ⅱ」とか。「何度でも」は万感胸に迫った。この30年を総括するような歌だ。

平成元年デビュー。僕が社会人2年生のときである。翌年の5枚目のシングル「笑顔の行方」から好きになった。自分のやっている仕事が、本当に自分のやりたい仕事じゃない。志と現実のはざまで苦しんでいた。悩んでいた。それでも、目の前の仕事をこなすことに懸命になっていた。恋愛でも悩んでいた。初任地で出会った、自分が好きになった人が僕のことをどう思っているのか、彼女の思わせぶりな態度に振り回され続けた。でも、僕はその人のことを思い続け、ずっと中途半端な関係を続けていた。出会った頃はポケベルが普及しはじめで、ドリカムの歌詞にも出てくる留守電に彼女は毎年「誕生日おめでとうのメッセージ」を吹きこんでくれた。そのカセットテープは今も僕の引き出しの奥にそっと大事にしまってある(もはや再生の術もないが)。

16年前に結婚を決断した女性に出会った。僕にとっては「本気で好きになった二人目の女性」だった。今の妻である。その妻と入籍前の夏に行ったのが、最初のドリカムワンダーランド。2003年。苗場の野外ステージだった。途中から雨が降り出し、一枚のビニールシートを二人で頭の上にのせて、吉田美和が歌うラブバラードを聴いた。オープニングの曲が「うれしい!たのしい!大好き!」だった。「あの夏の花火」で、本当の花火が打ち上げられたのも覚えている。そして、今夜のワンダーランドでも、この2曲が歌われた。どちらも隣には妻がいた。

会社を辞めることばかり考えてきた30年だった。今度こそ辞める!と、10回以上は吠えたのではないか。その都度に周囲の先輩や後輩に引き留められた。初任地時代、今は亡き天野祐吉さんに編集部に来ないかと誘われ、迷ったのが最初の葛藤だ。ある制作プロダクションに面接に行き、逆に「退社するのはやめた方が良い」とたしなめられたことも。コピーライター養成講座に通って、本職の講師に褒められ、その気になったが、踏ん切りがつかなかった。地方に飛ばされたときは、孤独に負けて、毎晩酒ばかり飲んでいた。コールセンターに左遷されたのに、その職場の居心地が良くなり、残留を希望したが、1年で制作現場に戻された。兎に角、色々あって、結局、同じ会社に32年目。

そんな僕の気持ちを癒してくれて、心の支えになってくれて、寄り添ってくれたのが、ドリカムだった。吉田美和の歌詞と歌声は、心の琴線に触れる。涙がこぼれる。頑張ろう!という気持ちにしてくれることもあるし、お前はそれでいいんだよ、と優しく声をかけてくれているような気にもなる。

今夜のドリカムワンダーランドで、吉田美和が冒頭で言った。「30年だよ!知らない曲が多い!とか、渋い曲ばっかり!とか、文句を言わせません。今の、ドリカムを見てください。私たちがやりたいようにやらせてください。絶対、満足させて帰ってもらう自信があるから!」。アンコール含め、3時間30分。堪能した。涙が何度も滲み出た。吉田美和の「やりたことをやらせてもらえれば、皆さんを満足させる」と自信。大スターと比べるのもおこがましいが、僕も30年仕事をしてきて、ようやく、そういう仕事にたどり着いた。

仕事では、同期の中で一番出世が遅れた。当たり前だ。辞めてやる!と何度も叫び、上司に食いつき、頑固な男というレッテルを貼られてしまったから。でも、自分の「信念」は曲げないで仕事を続けてきたつもりだ。で、僕のことを理解し認めてくれた人がちょっとだけいたことが、今の仕事につながった。

30年。頑張った。そして今、なんとか前向きに頑張れている。それも、ドリカムの歌があったから。そして、今の妻がいたから。そんな今を幸せに思う。やりたいことが、ちょっとでもできている人生を55歳にしてつかめた。それでいいじゃないか。ありがとう、ドリカム。そんな思いを噛みしめたコンサートだった。