貞鏡・いちか二人会 一龍斎貞鏡「渡辺角左衛門 出世纏」田辺いちか「報恩出世俥」、そして林家つる子独演会「子別れ お徳編」&「お島編」

新風満帆の会「貞鏡・いちか二人会」に行きました。一龍斎貞鏡先生が「明智左馬之助 湖水渡り」と「渡辺角左衛門 出世纏」、田辺いちかさんが「報恩出世俥」と「安政三組盃 間抜けの泥棒」だった。
いちかさんの「報恩出世俥」は、まさに情けは人の為ならず。AがBを救い、BがCを救う。やがてBはCに救われ、AがBに救われる。キーワードは「正直」である。
和泉橋署の稲垣巡査は車夫のユニホームである股引を21銭で質屋に売ってしまった正吉を助けるために股引を請け出してやる。ところが、これを上司は「公務に私情を挟んだ」として、稲垣は免職になってしまう。だが、稲垣の「貧乏を恥ずかしいと思ってはいけない」という台詞は、正吉の心にずっと宝物のように仕舞われていたのだろう。稲垣の親切は最終的に稲垣に返ってきた。俥屋の親方となった正吉と再会したことで、二階を勉強部屋として貸してもらい、勉学に励み、明治法律学校を優秀な成績で卒業し、弁護士になる。正直の頭に神宿る、とはまさにこのことだ。
正吉も貧乏はしていたが、俥に乗せた客・吉田の旦那が置き忘れた紙入れを届けたとき、吉田は御礼として食事に誘うが「人間の口は贅沢に出来ている。一度、贅沢を覚えると戻れなくなる」と言って断る。さらに、御礼に五円札を渡そうとするが、「お客が忘れたものを届けるのは当たり前のこと」と言って、足代として五十銭だけ受け取る正吉の正直さが美しい。それが、後日になって吉田が貸した借金の抵当流れの人力車10台を無利息無証文で譲り受け、正吉は俥屋の親方に収まり、貧乏から抜け出したのも、また正直の頭に神宿る、であろう。
美談として片付けるのは簡単だが、人間として真面目に、正直に生きることの大切さを教えてくれる良い読み物だとつくづく思う。
貞鏡先生の「出世纏」。松平出羽守に対して、身分の違いを畏れずに、物申す角左衛門の心意気に感服する。18万6千石の殿様、出羽守が町人の出入りする湯屋に入浴し、そこで出会った背中に渡辺綱鬼退治の彫物をした角左衛門を気に入り、お抱え火消の纏持ちに命じる。
出羽守が自慢としていたのは「裸火消」で、火消には褌一丁で鎮火作業に当たらせた。ある晩、角左衛門は急な火消の出動で、褌を締めるのを忘れて火事の現場に行ってしまった。見事に鎮火したが、「見事なお道具」と笑われ、出羽守は角左衛門に対して「恥辱この上ない」と烈火の如く怒り、手討ちにすると言い渡す。
そのときに死を前にして角左衛門は「殿に一言申し上げたい」。それは裸火消ほど危険なことはない、火消は焼死覚悟で現場に向かう、こんな「くだらない道楽」はやめてほしいというものだった。そして、角左衛門は辞世の句を詠む。褌を忘れて恥を角左衛門、見事なお道具出羽守様。
出羽守は角左衛門の進言にハッと気づかされ、自分の自慢としていた「裸火消」がいかに我儘で無茶で不明であるかを恥じた。「あっぱれ、角左衛門。武士に抱える」。角左衛門は度胸のある言動で、300石の大身に出世し、背中の彫物の渡辺綱から取って、渡辺角左衛門と名乗ることが許されたという…。身分は違っても、白いものは白、黒いものは黒と主張できる勇気の大切さを思う。
新風満帆の会「林家つる子独演会」に行きました。「箱入り」「子別れ お徳編」「子別れ お島編」の三席。開口一番は三遊亭歌きちさんで「新聞記事」だった。
「子別れ お徳編」。熊五郎の女房お徳を主人公にしている。亀吉が「お父っつぁんは悪い人だ。おっかさんを泣かせていた。だから、会いたくない」と言うと、お徳はこれを否定する。「本当はいい人なんだ。お酒が良くなかった、お酒さえやめれば、あんないい人はいない」。だが、自分たち母子を追い出したことについては「許せない」と思っている。そりゃあそうだろう。酔った上とは言いながら、吉原の女郎を身請けして、後添えに迎えたことは絶対に許せない。
亀吉が熊五郎と再会し、鰻をご馳走するというので送り出した。そして、お徳は迷う。自分は会うべきか、会わざるべきか。それはやはり、熊五郎のしたことを「許せない」と思っているからだ。三人で暮らすことの方が良いことはわかっている。だが、この先、また同じことになるんじゃないか。熊五郎の犯した罪は深い。
鰻屋の前でウロウロしているお徳の背中を押したのは、魚屋の婆さんだ。「許さなくていいんじゃないか。夫婦だったら、どこの家にも許せないことの一つや二つある。だけど、なぜか一緒にいる。お徳さんは独りでもきちんとやっていけると思うが、ちょっとでも会いたいと思ったら、会った方が良い。一度きりの人生だもの、行った方が良い…あなた、駄目な男の面倒見るの、好きでしょう?駄目亭主と出来た女房の方が案外うまくいったりするものよ」。なるほど。
鰻屋の二階で、熊五郎がお徳の前に頭を下げ、「今更、俺の口から言えた義理じゃないが、また三人で暮せないか。勝手なことを言っているのは承知だ。やっと気づいたんだ。俺なりに酒をやめて、一生懸命に働いてきたつもりだ」。これに対し、お徳の第一声が良い。「許さない!許すわけないだろう!」。しかし、お徳は喜ぶ。「お前さん、本当に変わったんだね。あのときの目をしていない。大工の熊さんの目をしている…待ちくたびれたよ」。和解という自分なりの結論をお徳は出したのだ。この後の親子三人に幸多かれと願う幕切れだった。
「子別れ お島編」。熊五郎が女房子を追い出し、後添えに迎えた遊女お島を主人公にした物語だ。お島は品川で女郎をしていて、熊五郎に出会い、馴染み客になったが、心底惚れた。それがあるとき、急に「女が出来た」と言って来なくなった。熊五郎に会いたい…その一心で、「吉原だったら会えるかもしれない」と思い立ち、住み替えをした。誰もが簡単にできることではない。品川で上玉だったからこそ、実現したのだろう。
朝日楼という遊郭に入る。若い衆には「大工の熊五郎という男」が来たら、何を差し置いてでも私に廻しておくれと頼んだ。一年後、山谷で弔いがあった帰りに寄った熊五郎と再会を果たす。「やっと会えた。この日を待っていた」と言われ、熊五郎は四日居続けをした。これが熊五郎がお徳と別れるきっかけとなる。
お島は熊五郎に身請けされ、朝日楼のトップだった喜瀬川花魁に「勿体無い。お前はいずれ花魁になって、私の跡を継げる」と言われるも、嘘まみれの吉原から「本当の外の世界」に出たいという思いで熊五郎の女房になる。
だが、その本当の世界はお島の想像を超えたものだった。朝早く起きられない、飯を炊けない、着物の繕いもできない…。「お徳だったら…」と、つい口走ってしまう熊五郎を見るのも辛かったが、何よりも世間の目が怖かった。長屋のかみさん連中は「吉原の女は何もできない。それに比べてお徳さんは何でもできた。熊さんは馬鹿だ」と噂しているのを耳にして、悔しかった。長屋の子どもたちが「おばちゃんは花魁だったの?」と訊かれ、本当は遊女でしかなかったのに、「そうだよ」と言って、請われるままに花魁道中のやり方を教える。辛かったろう。
居心地の悪い世界だ…そう思ったお島は熊五郎に「ちょいと湯に行ってくるよ」と言って家を出て、そのまま戻らず、気が付いたら朝日楼の前にいた。外の世界が私にとっては本当の世界ではなかった。私の本当の世界はここ(吉原)にあるんだ。そう、気がついたのだ。若い衆は「お帰りなさい。この見世で看板を張ってください。お島さんは天下を取れる」と歓迎した。
トップだった喜瀬川花魁は身請けされ、その跡を埋めるようにお島が花魁となった。花魁道中をしながら、お島は若い衆に言う。「こんな日が来ると思ったかい?…もう、ここまで来ちまった。生涯ついてきてくれるかい?」「生涯どころか、地獄までも一緒ですぜ」「嘘ばっかり」。お島にとって、吉原が本当の世界だったのだ…。古典落語「子別れ」のアナザーストーリーとして、優れた一席だった。


