和泉の新作十日間 弁財亭和泉「八月下旬」「二人の秘密」

上野鈴本演芸場六月下席夜の部二日目に行きました。今席は弁財亭和泉師匠が主任を勤め、「和泉の新作十日間」と題したネタ出し興行だ。①銀座なまはげ娘②八月下旬③二人の秘密④女の鞄⑤星のこえ⑥影の人事課⑦行列の先に⑧私が私が⑨落語の仮面~三遊亭花誕生⑩落語の仮面~嵐の初天神。きょうは「八月下旬」だった。
「狸札」入船亭ちゑり/「熊の皮」柳亭市次郎/奇術 如月琉/「荒茶」花形家八百八/「熱血!怪談部」林家彦いち/漫談 天草ヤスミ/「浮世床~本」桃月庵白酒/「紙入れ」柳亭こみち/中入り/漫才 すず風にゃん子・金魚/「値札の男」三遊亭彩大/紙切り 林家楽一/「八月下旬」弁財亭和泉
和泉師匠の「八月下旬」は柳家喬太郎師匠の作品。心に沁みる名作である。これを和泉師匠ならではのアレンジを加えて、とても良い高座だった。小学5年生のケンイチは夏休みに独りで90分、電車に乗っておじいちゃんの家に行く。ケンイチにとっては不安もあり、ちょっとした冒険である。母親からは「今までに見えなかったものが見えるかもしれないわよ」と言われ、夏休みの宿題のネタになるからと励まされる。十代前半の子どもから見える大人の世界…それに触れることは確かに冒険だし、ちょっぴり自分も大人になったような気になるというのはあるだろう。ケンイチはふざけて「人間の闇が見えた」と言っていたけれど、僕が小学5年生だった頃はどうだったろう?と思い返した。
電車で出会った一人目の女性。小5のケンイチを見て、「あの頃は何にでもなれる気がした」という。夢は「平凡なOL」だったが、それは「90年代のフジテレビの月9のキラキラ輝いて、バリバリ仕事をしている女性」をイメージしていた。だが、現実は厳しく、「テレ朝の土曜ワイドの殺されたOLの同僚」みたいになってしまったと嘆く。令和になっても「男と女は平等」にはなっていないと思う。同期の男性は自分よりも早く昇進し、自分の上司になり、「来客にお茶を淹れろ」と命令する。それを素直に受け入れている自分がいる。そして、ケンイチに「野球選手とか、宇宙飛行士とか、大きな夢は持たない方がいい。夢より現実が大事だ」と言って去って行った。
二人目の女性は男に振られての傷心旅行である。独りでおじいちゃんの家に行くと言うケンイチに対し、「君も捨てられたんだね」。♬春を愛する人は…偽善者だった、八股もかけていた、♬夏を愛する人は…筋肉馬鹿だった、私よりプロテインを愛していた。ケンイチに言う。「大人になってもカッコイイままでいてね。女の子を泣かせちゃだめだよ」。ケンイチは独り旅の道中で出会った二人の女性から何を学んだろう。少なくとも、「人間の闇」でないことを願う。人は歳を取るごとに、悲喜こもごも色々なことを経験し、自分の夢と現実世界とどう折り合いをつけていくか、葛藤する。その道のりに終わりはない。大切なことは決して絶望しないことではないか。
ケンイチの父親のケンタロウは小学5年生の夏休みの宿題の作文を、実に30年ぶりに恩師に提出した。恩師はその作文は「夏の思い出」というテーマには沿っていないから、ペケだと言った。だが、その後が良い。「でも、この作文は100点よ。私があなたと会っていなかった時間、これまでの人生がギューと詰まっている」。そして、こう言う。「他人の人生に点数など付けられない」。深い言葉だ。人は良かれと思って自分なりの人生を懸命に歩んでいる。それはケンイチが電車の中で出会った二人の女性もそうだ。そして、ケンイチもこれから先、長い人生を歩むことになる。今を懸命に生きよう。そんなメッセージが伝わってきた。
上野鈴本演芸場六月下席夜の部三日目に行きました。今席は弁財亭和泉師匠が主任を勤め、「和泉の新作十日間」と題したネタ出し興行だ。きょうは「二人の秘密」だった。
「やかん」柳亭ちょいと/「シュウとマキ」三遊亭ごはんつぶ/奇術 ダーク広和/「孝行糖」花形家八百八/「移住のよろめき」三遊亭彩大/漫談 天草ヤスミ/「町内の若い衆」柳家甚語楼/「稽古屋」柳亭こみち/中入り/漫才 ニックス/「ごくごく」林家彦いち/紙切り 林家楽一/「二人の秘密」弁財亭和泉
和泉師匠の「二人の秘密」。老老介護の夫婦の間に流れる二人にしか判らない愛情が心に沁みて、泣けてきた。亭主は認知症になり、女房は「10年前の正月に餅を喉に詰まらせて死んだ」と思っていて、世話を焼いてくれている目の前の女性はタキエさんというお手伝いさんだと思い込んでいる。そのことに腹を立てずに女房はニコッリ笑いながらタキエさんを演じていることに涙を禁じ得ない。
二人は親の決めた相手とお見合い結婚をして夫婦になった。だから、プロポーズなどはなかった。歳も一回り離れていた。そんな亭主を女房は「いい夫だった」と思っている。きちんきちんと月々の給料を渡してくれ、浮気もしてない、マイホームも建ててくれた真面目な亭主。だから、最期まで面倒をみようと思っている。
亭主は「タキエさんと話していると会話が弾む」と言って、甲斐甲斐しく介護してくれる「タキエさん」に「ありがとう」と感謝する。これまで、女房には「ありがとう」なんて言葉を言ったことがなかったのに。でも、「タキエさん」に話す形で「死んだ女房」に感謝していることを伝えるのが良い。
餅を喉に詰まらせるそそっかしい奴でしたが、時々思い出すんです。女房は私のためによく働いてくれた。毎日、ワイシャツにアイロンをかけ、玄関を掃除して帰りを待ち、晩酌には私の好物を並べてくれた。いい女房だった…。小津安二郎の「東京物語」で笠智衆が言う「もう少し優しゅうしてやれば良かった」という台詞。私もそう思っています。
亭主も女房のことを愛していたんだ、決して自分勝手な男ではなかったんだとうのが伝わってくる。そんな亭主が「タキエさん」にプロポーズする。これまで自分が誰かを好きになるなんてことはなかった。こんな気持ちは初めてです。私と一緒になってもらいませんか。初めて会ったときに、こういう人が運命の人なんだと思ったんです。初対面なのに、私のことをわかってくれた。神様が人生最後にくれたプレゼントだと思いました。
「タキエさん」こと女房は戸惑いながらも、心の底から嬉しかったに違いないと思うのは男のエゴだろうか。「まずは茶飲み友達から」と返した女房が、娘に言った台詞「お父さんとタキエさんは気が合うみたいよ」。涙腺が緩んだ。

