パンダは去った。三代目は残る。橘家文蔵「鼠穴」「芝浜」

上野鈴本演芸場六月中席夜の部中日に行きました。今席は橘家文蔵師匠が主任を勤め、「パンダは去った。三代目は残る。」と銘打ったネタ出し興行だ。①らくだ②大仏餅③飴売り卯助④竹の水仙⑤鼠穴⑥芝浜⑦寝床⑧青菜⑨猫の災難⑩子別れ。きょうは「鼠穴」だった。
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文蔵師匠の「鼠穴」。兄弟愛の物語だと思う。だから、夢になる前の前半部分が好きだ。父親の財産を相続した弟の竹次郎は茶屋酒に溺れて散財してしまい、対照的に江戸に出て成功した兄の店を訪ね、「奉公をぶたせてくれ」と頭を下げる。兄は「奉公するより、自分で商いをぶてば、自分が稼いだ分は全て自分のモノになる」と言って、「商いの元」を渡してくれた。だが、それはたったの三文だった…。
「馬鹿にしやがって!畜生!兄貴は人間の皮をかぶった鬼だ」。ただ、地べた掘っても三文は出てこない。思い直し、この悔しさをバネに、竹次郎は働き詰めに働いた。稼ぐにおいつく貧乏なし。10年で深川蛤町で奉公人を何人も抱える立派な店を構えるほどに出世する。これも、あのときの悔しさあればこそだ。竹次郎は借りた三文と手土産代わりの五両を持って、兄の店を10年ぶりに訪れる。そのときの兄が明かした「三文の理由」が良い。
さぞかし腹が立ったろう。人間だったら、腹が立つのは当たり前だ。俺はお前の商いの元にいくら貸そうか悩んだ。なぜ、三文だったのか。それはお前の顔がまだ茶屋酒の味が抜けていないと思ったからだ。五両貸したら、元手に二両残して、三両は茶屋酒に使ってしまうと思った。そこで奮起して少しでも商売が軌道に乗ったら、改めて二十両でも、三十両でも貸そうと思っていた。ところが、お前は父親に似て、強情だ。自分で何とかしてしまった。たった一人に弟。会う機会があったら、ちゃんと謝ろうと思っていた。不人情の兄を許してくれ。
これを受けて、竹次郎は恐縮する。おらあ、まだガキだ。兄さんのおっしゃる通りだ。あのとき、兄貴は鬼だと思った。そんな心遣いがあったとも知らず、恨み続けていた。こちらこそ、許してくれ。和解し、久しぶりに肚を割ってお互いの苦労話をしながら、夜通し飲む兄弟の姿に「愛」を感じた。
おそらく夢の中で、竹次郎が火事で貧乏のどん底に再び落ちて、兄に無心にいったときに、「五十両?それは出来ない相談だ。返す当てがないのに、貸せない」と冷たく断られたのは、10年間「兄は鬼だ」と恨み続けていたことが頭にあったからだろう。実際、それは夢だったし、兄はそんな冷酷な人物ではないことがわかった。兄弟の絆の強さ、美しさについて考えさせられる高座だった。
上野鈴本演芸場六月中席夜の部六日目に行きました。今席は橘家文蔵師匠が主任を勤め、「パンダは去った。三代目は残る。」と銘打ったネタ出し興行だ。きょうは「芝浜」だった。
「普段の袴」春風亭朝枝/奇術 如月琉/「焼肉」三遊亭円丈/「権助提灯」古今亭文菊/アコーディオン漫謡 遠峰あこ/「ナースコール」三遊亭白鳥/「団子坂奇談」入船亭扇辰/中入り/漫才 風藤松原/「安政三組盃 間抜けの泥棒」田辺いちか/「反対俥」隅田川馬石/粋曲 柳家小菊/「芝浜」橘家文蔵
文蔵師匠の「芝浜」。女房が夢にする覚悟がまず良い。「四十二両は俺が拾ったのだから、俺のモノだ。明日からは贅沢ができる。仕事なんかするものか」と言って飲み残しの酒を飲んで寝込んだ勝五郎を無理やり起こし、「お前さん、商いに行っておくれよ。釜の蓋が開かないんだよ。アレで何とかしろ?アレって何?四十二両を芝の浜で拾った?芝の浜にいつ行ったんだい?私がネコババしたというのかい?だったら、家にあるはずだ。探しておくれ。あるわけない…お前さん、夢を見たんだね」。
勇気を振り絞った大芝居である。「湯に行って、大勢連れて来て、どんちゃん騒ぎして、このお金、誰が払うの?酒ばかり飲んでいるから、そんな夢を見るんだよ。情けない」。迫真の演技で勝五郎の詰め寄る女房にすっかり圧倒され、勝五郎は「二人で逃げよう」とまで言う。ここで女房の一言が効く。「稼いでおくれ。お前さんの腕があれば、こんな金の払い、百日かからないよ」。
文蔵師匠が「自分はしたことがないが、これを『改心』と言うのでしょう」と言った。勝五郎の「俺、酒やめるわ。酒が俺をだらしなくした。誓うよ」。ガラッと性格が変わり、酒をやめて商売に精を出す。目が利いて、庖丁の腕も良い魚屋である。勝五郎はたちまち評判を取り戻し。商売繁盛。三年で裏長屋から表通りに店を出し、若い衆を二、三人雇うまでに出世する。
その年の大晦日。勝五郎が女房に言った台詞が良い。「いい春を迎えられそうだな。魚は庖丁ひとつで味が変わる。今になって親父の小言が役立っている。客に美味しいねと喜んでもらうと、働くっていいなと思う。俺は根からの魚屋なんだ。働くっていうのは、銭だけのためじゃないんだな」。
これで女房は安心して、三年前の四十二両の入った財布を持ち出し、「覚えている?アレは夢じゃなかったの。お前さんが拾ってきたの」と言えた。「お前さんを騙したの」と言ったとき、勝五郎はカッとなり、殴りかかるが、女房の次の言葉でそれは大きな間違いだと気づく。
私も喉から手が出るほど、お金が欲しかった。貧乏のどん底だった。でも、このまま他人の金をもらってしまうのは、とんでもないことをしでかすことになるんじゃないかと思った。案の定、大家さんに「そんなことをしたら勝五郎の首が付いちゃいない」と言われ、お上に届けた。そして、このことは「夢にしよう」と思いついた。そして、それをお前さんは信じてくれた。雨の日も雪の日も、お前さんが商いに行く後ろ姿を見て、「ごめんなさい」と手を合わせていた。財布はすぐに下げ渡しになったけど、また元のお前さんに戻るんじゃないかと心配で切り出せなかった。「俺は根からの魚屋だ」という台詞を聞いて、もういいだろうと思った。騙され続けたお前さんには申し訳ない。どんな目に遭ってもいいから、お願いだから別れないで。私、お前さんのことが好きだから…ごめんなさい。
これに対し、勝五郎は感謝しかない。手を上げてくれ。お前は正しい。間違っていたのは俺の方だ。殴ったら、罰が当たって、手が曲がっちまうよ。三年、長かったろう。ありがとう。礼を言うよ。
夫婦の幸せの形が目に見えるような「芝浜」だった。

