柳家喬太郎の会「錦の舞衣 お須賀鞠信馴れ初め」、そして柳家さん喬一門会 柳家小次郎「幾代餅」

池袋演芸場余一会「柳家喬太郎の会」に行きました。「錦の舞衣 お須賀鞠信馴れ初め」と「路地裏の伝説」の二席。ゲストは柳家あお馬さんで「紋三郎稲荷」、開口一番は柳亭市助さんで「洒落番頭」だった。
「錦の舞衣」。狩野派の絵師・鞠信と坂東流の舞踊家・須賀がお互いの名人気質に惚れて夫婦になるのが素敵だ。鞠信は須賀が静御前を舞っている姿を描き、誰もがさすが名人と思ったが、須賀はこれを否定する。「左手の使い方が違う。鞠信先生は踊りを判っていない」。こういう絵を描く人とは一緒になれないと、絵を墨で塗りつぶす。これが須賀の矜持だろう。
これを鞠信は素直に受け取る。腕前にけちをつけられて怒るどころか、「さすがは私が惚れただけのことはある。益々惚れ直した。私の性根を叩き直してくれた」。自分の至らなさを認め、上方に修業に出て、三年間で須賀の静御前を138枚描いたという。
そして、江戸に戻り、須賀にその絵を見てもらう。鞠信はこれで駄目なら絵筆を捨てる覚悟だ。だが、須賀は鞠信の絵を見て、感嘆する。「私はこんな風に舞えない。いつか、こんな風に舞いたい」、そして自分の至らなさを嘆く。これこそ、名人同士にしかわからない境地であろう。お互いを高め合う理想的な男女の形。二人は自分の芸が鈍ってはいけないと、夫婦になっても別居し、たまに会うというライフスタイルを取った。凡人には思いもつかない了見に敬意を覚えた。
鈴本演芸場余一会「柳家さん喬一門会」夜の部に行きました。
落語体操第2 一同/「馬大家」柳家さん助/リレー落語「花見の仇討」柳家小太郎~柳亭左龍/バイオリン 柳家小傳次/リレー落語「幾代餅」柳家さん喬~柳家小次郎/中入り/コント 柳家小志ん・柳家喬志郎/「寄合酒」柳家喬之助/5分で「たちきり」柳家喬志郎/奇術 ダーク広和/「銭湯の節」柳家喬太郎
小次郎さんの「幾代餅」後半。主人公清蔵の誠実さが、そのまま小次郎さんの人柄とオーバーラップして、とても良かった。所詮売り物買い物とはいえ、搗米屋の職人風情が松の位の太夫職に会えるわけがない。それは六右衛門親方も判っていたし、仲介を頼まれた薮井竹庵も判って引き受けた。吉原に向かう途中で「これは親方には言えなかったが、職人として行ったら絶対に会うことはできない。清さんには悪いが、野田の醤油問屋の若旦那という触れ込みで茶屋には言うから、そのつもりで嘘を貫いてくれ」と薮井は率直に言う。
清蔵はそれに従った。結果、幾代太夫と会うことができた。だが、翌朝になって清蔵は「今度はいつ来てくれるのか」と問われ、嘘を言うことができなかった。「生まれて一度も嘘をついたことがない私が嘘をついてしまった。野田の醤油問屋の若旦那なんかじゃないんです。私は搗米屋六右衛門のところの職人です」。この誠実さに幾代太夫は心が打たれたのだろうと思う。小次郎さんの台詞にはそういう強い説得力があった。素晴らしいと思った。
喬太郎師匠の「銭湯の節」。めぐみがおばあちゃんに浪花節を聴かせてあげたいと相談したおじさんの応対が魅力的だ。めぐみが落研出身で、得意は「芝浜」だと聞いて(めぐみの稚拙な「芝浜」は論外として)、おじさんが「芝浜」の夫婦のやりとりを浪花節風に演じてみせるところ。啖呵(台詞部分)も節に引っ張られるという説明が頷ける。その上で、きょうは「おじさんも『芝浜』を2分で出来るんだ」と言って、♬ブルーライトヨコハマの替え歌で「50両と芝浜」の粗筋を歌い切った。さすが喬太郎師匠!と舌を巻いた。

