浪曲定席木馬亭 玉川太福「紺屋高尾」、そして立川志の輔「たけのこ」

木馬亭の日本浪曲協会三月定席五日目に行きました。先日、芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞を受賞した玉川太福先生が主任であった。
「浪花節じいさん」玉川き太・玉川みね子/「甚五郎 京都の巻」港家小蝶次・佐藤一貴/「両国橋 最後の勢揃い」港家小そめ・沢村博喜/「一本刀土俵入り」澤雪絵・玉川鈴/中入り/「出世の草鞋」国本はる乃・沢村道世/「巴御前」田辺一乃/「三味線やくざ」鳳舞衣子・沢村道世/「紺屋高尾」玉川太福・玉川みね子
はる乃さんの「出世の草鞋」。伊勢屋に奉公をはじめた十二歳の吉松に対し、主人の五兵衛は他の奉公人よりも辛い仕事をさせ、厳しく指導した。それは奉公初日から「こいつは出来る奴だ」と見こんだからだったというのが6年経った大晦日に判る。吉松も不平不満を言わずによく頑張ったと思う。
なぜ自分ばかりを…という気持ちは当然あった。大晦日に掛け取りを終えて、主人に帳面と売り上げを提出した後も、夕飯を食わずに空腹でいることがわかっているに、水を汲めと三度も命じられた。三度目のときには井戸に身を投げて死んでしまおうかとも思った。だが、吉松は自分から望んで「江戸へ奉公に出て、出世をしたい」と、故郷の両親の反対を押し切って許された経緯もある。父は「一人前で戻ってこい。中途半端で戻ったら親でもなければ子でもない」と言っていたことを思い出す。どこかで父が見ていて、「意気地なし」と睨んでいるような気がして、自分は馬鹿だと身投げを思いとどまった。偉い。
命じられた仕事を終えると、主人の五兵衛は吉松に言う。「できましたな。さぞ、この私を恨んだことだろう。よくぞ、6年間、辛い修行に辛抱した。仕上がりました。明日からはこの店の財産、10万両を自由に使って、大番頭になってくれ。故郷の両親には了解を得ている。末には養子に迎え、二代目を継いでもらいたい」。五兵衛が吉松に羽織を掛けてやり、「よく似合う」と言ったとき、吉松の目は涙で溢れていたことだろう。素敵な読み物である。
舞衣子先生の「三味線やくざ」。杵屋長二郎の弟子の仙三郎は父の佐兵衛の仇を討つため、ならず者の助蔵を殺してしまい、兇状持ちとなってしまった。破門である。弟弟子の長吉が二代目長二郎を継ぎ、言い交わしていた娘のお光も長吉と結婚することになる…。仙三郎は名古屋に出て、喜三郎一家に草鞋を脱ぎ、侠客の世界に入った。
だが、歌舞伎公演が名古屋であったときに、お光に呼ばれて「父の長二郎は亡くった。舞台の幕が開くというのに、二代目が姿を見せない。『勧進帳』に穴が空いてしまう。どうか、三味線を弾いてくれないか。助けてください」と懇願される。自分はやくざ者という負い目があったが、「大恩受けた師匠のため、そして座元と杵屋六三郎に板挟みになったお嬢様のため」に、一世一代の三味線を弾く。
助蔵の兄の兼松は仙三郎を殺して仇を討ちたいと考えていたが、仙三郎の覚悟を見て、「良い腕だ。お前に芸に惚れた。俺の負けだ」と許す。強いばかりが男じゃない。義理に泣くのも男だ。「二代目は酒に溺れて腑抜けになっている。お嬢さんを幸せにできるのはお前しかいない」。任侠の世界の美学と芸の世界の美学が見事に合致したことが素晴らしいと思う。
太福先生の「紺屋高尾」。夜桜見物したときに見た花魁道中で高尾太夫に恋煩いしてしまった久蔵の純朴がよく出ていた。親方の六兵衛に「売り物に買い物だ。三年寝る間も惜しんで死んだ気になって働けば会える」と言われ、久蔵は素直にそれに従って一心に働いた。この正直が高尾の心を打ったのだろう。
「お裏はいつざます?次はいつ来てくんなます?」と問われ、久蔵は嘘を隠せない。下総のお大尽の跡取り息子は偽り、神田御玉ヶ池の紺屋六兵衛の職人、「会えないなら、死んだ方がまし」と思い、必死になって働いて15両貯めた。紺屋の職人は15両なんて金はそう簡単にできない。あと三年かかるが、そのときは花魁はもうここにいないでしょう。きょうが最後です。でも、同じ江戸の空の下、会うことがあるかもしれない。そのときに、「久蔵だよ!」と言ったら、プイと横向かずに、「久はん、元気?」と言ってください。それだけ聞けたら、どんなに嬉しいか。
遊女は客に惚れたと言い、客は来もせで、また来ると言う。嘘と嘘との色里で、恥も構わず身分まで、よう打ち明けてくんなました。お金ある人、わしゃ嫌い。主のような正直な人を夫に持ったら、冥利に尽きます。義理という字は墨で書く。美しい純愛物語を笑いも交えながら、気持ち良く聴かせてくれた。
立川志の輔独演会に行きました。「茶の湯」と「たけのこ」の二席。他に弟子の立川志の大さんが「つる」、立川志のぽんさんが「親子酒」を演じた。
「今年は立川談志生誕90年」と言って、師匠からは落語の凄さを教えてもらったと感慨深そうに語っていたのが印象的だった。お客様に想像してもらう芸能。「何にもなくて、何でもある」。「禁酒番屋」や「錦の袈裟」のほんの一部分を演じてみせて、落語国の住人たちがいかに魅力的かを訴えていた。アメリカのトランプ大統領の暴走を憂い、日本の落語のような文化が海外にもあれば、あんな愚行はしないだろう、と。
「たけのこ」は前座さんがよく演じる噺だが、それを丁寧に膨らませて演じてみせ、日本人のDNAにある「洒落を解する素地」の素晴らしさを具現化してくれた。隣の屋敷の竹藪から筍が地下を潜って、生垣を越えて自分の庭に姿を現した。これを食べてしまおうと考えた元武士の男の理屈が粋だ。
生垣の下を通り、曲者が侵入してきた。不埒千万でござる。生垣は戦国時代であれば城壁と同じである。どちらから参ったと訊くも、返事もしなければ、名乗りもしない。よって、手討ちに致した。
この理屈に対する、竹藪の所有者である隣家の男の返答も粋だ。日頃から他人にご迷惑をかけるなと言い聞かせておいたのに。手討ちは当然のこと。だが、無礼はしても慈しみ、可愛がって育ててきた。せめて亡き骸だけでも、お返しいただきたい。
鰹節を削って「柔らかそうな筍」を食べようと楽しみにしていた元武士の男はさらに知恵を働かせる。もう、ご心配にはおよびません。丁重に「腹の中に」葬りました。ご安心ください。せめて形見だけでもお返ししたいと思い、お着物をお渡しします。そう言って、家来の久助に皮を持って行かせる。
さぞ悲しんでおられようと形見(皮)を持参すると、隣家の男は負けていない。この着物、どのように着ていたか、見せてくださらぬか。仕方なく久助が筍の皮を顔に当てると、男は「似ておる」。「いや、煮てはいません」と答える久助に、男は泥を投げつけ、「香典返しじゃ」。
こういう「洒落を洒落で返す」という日本人が古来より持っていたユーモア精神の結晶が落語なのだなあ、落語って素晴らしいなあとつくづく思った。

