こてん縛り らくご晒しの会 春風亭百栄「子は鎹」「崇徳院」

上野鈴本演芸場三月上席初日夜の部に行きました。今席は春風亭百栄師匠が主任を勤め、「こてん縛り らくご晒しの会」と題したネタ出し興行だ。①子は鎹②茶金③木乃伊取り④干物箱⑤崇徳院⑥素人義太夫⑦疝気の虫⑧大工調べ⑨口入屋⑩芝居の喧嘩。きょうは「子は鎹」だった。

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百栄師匠、「子は鎹」を高座に掛けるのは実に9年ぶりだそうだ。アイロニックだったり、ブラックだったりする笑いを随所に盛り込み、お涙頂戴に走らない「百栄師匠らしい」ところがとても良かった。それは百栄師匠の「本寸法に対する照れ」みたいにも感じた。

熊五郎が亀と再会して、「お父っつぁんは優しくしてくれるか」と問うところ。「お父っつぁんはお前だろ!」「俺は先のお父っつぁんだ。後から来たお父っつぁんがいるだろう」「何言っているんだ。子どもが先に生まれて、後から親が出きるなんて…」。ここで従来であれば「ヤツガシラじゃあるまいし」と言うが、百栄師匠は「上手い喩えができないや」「子どもだからな」。これで十分、おっかさんと二人で頑張っていることが伝わる。

近所の人に新しい亭主を持ったらどうかと勧められるという部分。おっかさんは「お前(亀吉)のことが可哀想だから、『亭主は先の朴念仁、唐変木で懲り懲りです』と断っている」と伝える。朴念仁や唐変木という散々な言われように、熊五郎が「そこまで言うことないだろう!と亀に突っ込むところも百栄師匠らしい。亀が「おっかさんは『お父っつぁんは本当は良い人なんだ。酒を飲んで気がおかしくなっただけなんだ』と言っている」とフォローしてバランスを取っているも良い。

地主の坊ちゃんに独楽で額に傷をつけられた件。おっかさんに「地主さんには世話になっている。痛いだろうが、我慢しておくれ」と言われ、亀は「痛かったけど、我慢したよ。おっかさんの胸の内の方がもっともっと痛いだろう…」と言うと、熊五郎が「クサイよ!○○師匠じゃあるまいし」とするところも、百栄師匠の照れが垣間見られて良かった。そして、亀が泣いているのを見て、「泣くんじゃない」と熊五郎が言うと、つかさず「お父っつぁんだって泣いている」と返すと、「お父っつぁんはフランダースの犬を思い出して泣いたんだ」。良い。

でも、百栄版の演出の一番すごいと思ったところは、亀が貰った小遣いの1円をおっかさんが見つけ、「誰に貰ったんだい?」と訊くも、「大丈夫な人に貰った」と頑なに父親との約束を守る亀に対し、おっかさんが玄翁を持ち出すところ。脅しではなく、本気で亀の頭をかち割ろうとしているのではないかという勢いだ。これには流石の亀もあっさりと「お父っつぁんに貰った」と口を割る。それが翌日に鰻屋の二階におっかさんがやって来てしまったとき、熊五郎が「お前、言っちゃったのか」と訊くと、亀は「命には替えられない」という台詞に繋がる。

そして、それは単純に笑いを取るための仕込みではなく、サゲの「子は夫婦の鎹だな」「ああ、だから昨日、おっかさんは玄翁で打つと言ったんだ」の台詞の部分に繋がる。そこに亀吉の本当に安心した表情を滲ませることによって、単なる言葉遊びではないサゲになっているところがすごいと思った。

上野鈴本演芸場三月上席中日夜の部に行きました。今席は春風亭百栄師匠が主任を勤め、「こてん縛り らくご晒しの会」と題したネタ出し興行だ。きょうは「崇徳院」だった。

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百栄師匠の「崇徳院」。本寸法な噺運びの中にチョイチョイ、百栄師匠ならではのクスグリが入るのが愉しい高座。上野の清水様に若旦那がお詣りしたときに寄った茶店で出会ったお嬢様とお互いに一目惚れしてしまうところ。お嬢様が茶袱紗を落としたのを拾ってあげて、手渡したときに手と手が触れて、以来震えが止まらなくなってしまった。いわゆる恋煩いをお互いにしてしまう。これが映画や小説だったらロマンチックに描くのだろうが、それを笑いに変換するのが落語の魅力だ。

お嬢様が水の垂れるような美人だったと言うのを、熊五郎は「蜜柑を踏んづけたような?」とか、崇徳院様の歌の「瀬をはやみ~」を「短い都々逸ですね」とか。でも一番大笑いしたのは、熊五郎が「お店からお迎えが来た」ので、てっきり「若旦那がお迎えが来た」と思い込み、大旦那を訪ねるときに「で、若旦那のご遺体は?」と訊く。それが伏線となって、若旦那から預かった崇徳院様の歌が書かれた短冊を持って、大旦那に報告しに行くときに、懐から間違えて取り出したのが「御霊前」!熊五郎は本当に若旦那が死んじゃったと思って来たのか!

大旦那から「お嬢様を探し出したら三軒長屋を褒美にやる」と言われも、「もし、探せないで倅が死んだら、お前を倅の仇として訴えるよ!」。飴と鞭。大旦那が何としてでも探し出してほしいという強い気持ちが表れている。熊五郎は草鞋を10足、体に括りつけられ、「仁王様の申し子みたい」。さらに女房にこのことを報告すると、10足じゃ足りない!と言って、もう10足括りつけられ、「荒物屋の店先みたい」。こういう表現が僕は好きだ。

間抜けなのは、三日探してお嬢様が見つからないので、女房がどうやって探しているのかと問うと、「この辺に水の垂れるのはいませんか」と言って歩いていると。「それじゃあ、水道工事だよ!」(笑)。そして、大勢の前で崇徳院様の歌を大きな声で怒鳴りなさい、それから床屋と湯屋を片っ端から廻りなさい、探して来なかったら家に入れないよ!必死な女房の気持ちもわかる。

街中で「セオハヤミ~」と怒鳴りながら歩いたら、子供たちがついてきちゃって、「紙芝居屋じゃない!」。仕方なく、湯屋を18軒、床屋を36軒廻り、ふさふさだった頭の毛が、もはやお坊さんと見紛うばかり。疲れきった熊五郎が入った36軒目の床屋に飛び込んできた鳶頭が「お嬢様の恋煩いの相手を探しに上方へ行かなくちゃいけない。もう既に、北海道や四国、東北担当は出発した。手掛かりはセオハヤミ」と親方に喋っているのを聞いて、熊五郎が喜び勇んで「三軒長屋~」と飛びつくのも無理はなかろう。愉快な高座だった。