阿久鯉・萬橘二人会 神田阿久鯉「柳沢昇進録 隆光の逆祈り」三遊亭萬橘「芝浜」、そして紅純の高座百遍 神田紅純「照國萬蔵」

阿久鯉・萬橘二人会に行きました。神田阿久鯉先生が「柳沢昇進録 隆光の逆祈り」と「応挙の幽霊」、三遊亭萬橘師匠が「義眼」と「芝浜」。開口一番は桂しゅう治さんで「権助魚」だった。
阿久鯉先生の「隆光の逆祈り」。五代将軍綱吉の強権発動がすごい。柳沢出羽守吉保の妻、おさめに亭主公認で懐妊させ、生まれてきた綱千代を六代将軍にしたいと考える。綱吉の甥である綱豊が世継ぎと決まっていたのに、我が子可愛さからそれを覆そうとするのだ。
水戸は綱豊推し、尾州家と紀州家は井伊掃部守の意見に従うとしたが、掃部守はやはり綱豊推し。そこで綱吉は柳沢に「綱豊を殺してしまえ」と命じる。毒殺も、忍びの者に殺させるのも露見する危険と判断。護持院の隆光大僧正に祈り殺させることにする。何ということか。
隆光の祈りは強く、綱豊は八ツになると「悪魔が!」と狂い、刀を振り回す。何とか真鍋越前守が後ろから羽交い絞めにしてこれを抑える。やがて、綱豊はぐっすりと眠りにつき、翌朝には何も覚えていない。そんな毎日が何日も続き、綱豊は疲弊し、骨と皮に痩せ衰えていく。
この状態を知った掃部守は天命を投げ打って綱豊平癒に道を探る。鈴の音がする。「この処、立ち入るべからず」と書かれた奉書のある場所を見つける。そこで隆光が一心不乱に逆(さか)の祈りをしている。逆鈴といって、悪魔を呼び込む鈴の鳴らし方をしていることに気づく。
掃部守は弓と矢でこれを打ち払うことにした。八ツ。掃部守は矢を祈祷所に撃ち放ち、奥の護摩の札を射抜く。この気迫によって隆光の逆の祈りが打ち破れ、綱豊の危機を救うことができたのだ。隆光の座っていた場所には桐の箱があり、その中から一匹に蝮が出てきた。その蝮には六本に釘が刺さっていたという…。
隆光大僧正vs井伊掃部守。これによって、綱豊の命は助かり、綱吉と柳沢の野望は打ち砕かれたかに思えたが…。この続きはまたの機会に聴きたい。「柳沢昇進録」、面白い。
萬橘師匠の「芝浜」。芝の浜で四十二両入った革財布を拾った勝五郎は「ありがたい。天が授けてくれた。福の神がこっちに向いてくれた。これで何の心配もせずに酒が飲める」と言う。それに対し、女房は「昨日の四十二両?どこで拾って来たの?何も貰っていないよ。金が欲しいと思うから、そんな夢を見るんだ。情けない」と返す。勝五郎は「悪い夢を見た。死のうか」と言うが…。
女房の台詞が良い。お前さんは日本一の魚屋だよ。どうして仕事しようとしないの。きょう一日を一生懸命に働けばいい。他人が何と言おうと関係ない。他人が言うことなんか、気にしてどうするんだい。お前さんはすぐ評判ばかりを気にする。他人が行きたいところと、自分が行きたいところは違う。それを他人に決めてもらうのか。
勝五郎が訊く。「俺は良い魚屋か?」。それに対し、女房は「日本一だよ。魚の見立てをお前さんから取ったら何が残るんだい」。余程説得力のある言葉だったのだろう。勝五郎は「わかった、働く」と言って、その日から人間が変わったように働いた。
三年後の大晦日。女房は四十二両の入った革財布を持って来て、「あれは夢ではなかった」と告白する。夢だと言ったら、お前さんは信じてくれた。嘘をついているのは辛かった。寒い冬の日も働きに行く後ろ姿を見て、手を合わせていた。一年で財布は落とし主が見つからずにお下げ渡しになった。でも、元のお前さんに戻ったらどうしようと思って、見せられなかった。この三年、長かった。でも、お前さんは一日も休まずに働いて、こんな立派な魚屋になった。ごめんなさい。嘘をついて。殴っても、蹴っても構わない。
そう言われて、女房を殴る亭主がいるだろうか。少なくとも僕は殴らない。勝五郎も腹を立てることはなかった。寧ろ、「この四十二両で町内の連中の勘定、みんな肩代わりしようか」とまで言う。ずっと嘘をついていたって、一遍じゃないか。お前が考えてやったなら、お前の行くところに俺は行くよ。夫婦の美しい姿がそこに見えた。素敵な「芝浜」だった。
「紅純の高座百遍~神田紅純勉強会」に行きました。「照國萬蔵」と「平家物語 敦盛の最期」の二席。前講は神田ようかんさんで「山内一豊とその妻」だった。
「照國萬蔵」。第38代横綱の評伝だが、少々物足りない印象を持った。秋田県の出身で、五代伊勢ケ浜の誘いを受けて、15歳で入門。地元では「秋田の怪童」の異名を取ったが、プロの世界は甘くない。粘りが足りない、闘志がないと師匠に言われ、部屋を追い出されてしまう。
故郷に錦を飾るつもりだったのにどうしよう。両国橋で身投げしようかと迷っていたときに、声を掛けたのが兄弟子の幡瀬川邦四郎。稽古熱心で「相撲の神様」という渾名がつく幡瀬川は同じ秋田出身ということもあり、「本気で心を入れ替えて稽古しろ。俺が面倒を見てやる。一人前にしてやる」と引き取り、玄米や麦飯を食べさせ、死に物狂いの稽古指導をして、強靭な足腰と胆力を身に付けさせた。
そして、伊勢ケ浜に頭を下げに行き、部屋への復帰が叶う。すると、とんとん拍子に出世し、入幕、三役、大関、横綱と最年少の昇進記録を更新。それは大鵬が現れるまで破られなかった。色白の体が土俵に上がると次第に紅潮する様子から、その相撲ぶりは「桜色の音楽」と呼ばれた。また、あんこ型の体型はいかにもお相撲さんという風情があり、「動く錦絵」とも。
紅純さんの創作だが、前半の恩人幡瀬川によって覚醒するところまではドラマ性を帯びていたが、それ以降のスピード出世の部分は客観的事実を羅列したのみに終わり、照國物語としては尻切れトンボになってしまったのが残念である。母親を脳溢血で亡くした心労から40度の高熱を出しながらも出場して掴んだ大関昇進、横綱昇進から8年目で吉葉山を決定戦で下しての悲願の初優勝などのエピソードを加えれば、力士伝として立派な一席になるはずだ。今後に期待したい。


