ミュージカル「クワイエットルームにようこそ」、そして兜町かるた亭 東家志乃ぶ「曾根崎心中」

ミュージカル「クワイエットルームにようこそ」を観ました。松尾スズキ作・演出。
僕は30歳で「適応障害」から精神疾患となり、心療内科に通院しながら仕事を続けていた。僕の上司になった人たちはおしなべてその異常を見て見ぬふりをし、組織は配慮のない人事を繰り返して、僕の疾患は悪化の一途を辿った。それでも55歳まで在職したことは奇跡だ。よく頑張ったと思う。でも最後は「もう限界だ」と自分で判断して早期退職をした。
僕と同じような疾患を抱えていた職場の友人がオーバードーズ(過剰服薬)によって自死したことは僕の退職に少なからず影響を及ぼしたことは否定できない。僕は退職後6年経った今も精神病院に4週間に1度通院している。担当医師によれば一度傷ついた心の穴は、退職してもそう簡単に治るものではないらしい。僕の精神疾患よりもこの芝居に登場する人たちの方がかなり重度であることは判っている。だが、自分に照らしてこの芝居を観たことは確かだ。
この芝居の主人公・明日香は、離婚、妊娠中絶、親からの勘当、元夫の自殺、父の死と不幸が続き、ライターとしての執筆も頓挫して、完全に「詰んだ」状態だった。そして、ある夜、オーバードーズによって精神病院のクワイエットルームに漂着する。ちなみにクワイエットルームとは、松尾スズキ氏の造語で「精神科閉鎖病棟にある保護室」のことだ。
プログラムの中で、精神科医の松本俊彦氏が「死と再生の場としてのクワイエットルーム」と題した特別寄稿でこう書いている。
問題山積のわが国の精神科医療ですが、実は、保護室や閉鎖病棟が治療的な場合もあるのです。それは「患者を守る鎧」としての役割です。精神疾患は心の防壁を脆くし、人を刺激やストレスに対して無防備にします。そんなとき保護室は、外界からの刺激やストレスという「刃」から患者を守る、代替的な「鎧」となるのです。実際、保護室から大部屋へ、あるいは閉鎖病棟から開放病棟へと移るだけで、精神疾患の症状が悪化する人もいるほどです。以上、抜粋。
これに沿って、明日香の芝居の中での変遷を辿って、松本氏はこう分析している。
思うに、クワイエットルーム=保護室が心を守る「鎧」として機能したからこそ、彼女は安心して心の「鎧」を脱ぎ、自らの弱さと向き合うことができたのではないでしょうか。(中略)たしかに入院前の明日香は、自分の足で歩いていませんでした。同居人・鉄ちゃんに経済的にも精神的にも依存し、父を弔うための仏壇すら彼に借金しないと用意できない状況だったわけです。
そして、そのような生活の果ての必然として、「神さまに居場所を選んでもらうためのオーバードーズ」という死を賭した行為へと向かわざるを得なかったのです。しかし、いまや明日香は進化しています。彼女のなかで、「居場所は与えられるものではなく、自分で選ぶもの」という意志が芽生えているからです。以上、抜粋。
言い方が難しいが、咲妃みゆ演じる明日香から勇気をもらえたような気がした。
「兜町かるた亭」に行きました。
「秋田蕗」富士琴哉・佐藤貴美江/「柳沢昇進録 朝妻船」神田松麻呂/中入り/「曾根崎心中」東家志乃ぶ・佐藤貴美江
志乃ぶさんの「曾根崎心中」。近松門左衛門作品を土居陽児先生が脚色した。平野屋の手代、徳兵衛は婿養子に入る手付金として銀二貫目を受け取った。だが、徳兵衛には「末を誓った」堂島新地の女郎、天満屋のお初がいる。縁談を断ろうと継母に預けてあった銀二貫目を奪い返した。だが、お人好しの徳兵衛は悪友の油屋九平次が「夜逃げしなくてはいけない」と懇願してきたので、その銀二貫目を貸してしまった…。それが不幸のはじまりである。
九平次から証文を取ったつもりだったが、それは偽の証文だと九平次はしらばくれる。文字は俺の筆跡ではない、徳兵衛が書いたではないか…九平次は手を怪我したから代わりに徳兵衛が書いたのだった。また、判が違うとも言う。印鑑を先月二十五日に紛失し、新しい印鑑を作った、だが証文は二十八日とあり、以前の印鑑の判だ…徳兵衛が拾って勝手に判を押したのだろうと言う。九平次に完全に裏切られた形だ。
天満屋では徳兵衛が偽判で金を騙し取ろうとした、継母から金を騙し取った大泥棒、そんな男に惚れているお初は見る目がないともっぱらの噂になる。お初は胸がキリキリ痛み、いっそ死んでしまおうかと思う。そこへ徳兵衛が訪ねて来た。お初は打掛を徳兵衛に被せて、縁の下に隠す。
そこに九平次がやって来て、「徳兵衛の底が知れた。印を拾って偽証文を拵えた」と悪口雑言。お初は「ここは我慢のしどころ」と堪え、「徳兵衛さんは微塵も悪くない。漢気を出したゆえに騙されたのだ」と抗弁する。だが、証拠がなければ世間の人は盗み騙りと言い立てる。さればこの上は死ぬしかない。覚悟はあるか。
お初の足元に隠れている徳兵衛はお初の足先を自分の喉笛に押し当て、「ここを見事に掻き切って、見事死んでみよう」と意思表示をするところ。文楽人形の映像が目に浮かぶような描写である。咽び泣くお初も「死んで恥を濯ぎましょう」。
九平次が「徳兵衛が死ぬわけない。俺とお初が懇ろになって、お前を喜ばしてやる」と言うと、お初は「そんな気色の悪いことはできぬ。そんなことされたら、お前を殺すかもしれぬ」。そして、「わたしは徳さまと一緒に死ぬんです」。九平次は呆れて、「飲み直しや」と去ってしまった。
「旦那様、お内儀様、お世話になりました」。白無垢を着て、化粧をしたお初は徳兵衛と手を取り合って、天満屋を抜け出し、曾根崎村へ。頷きあって、森の中へ向かう。徳兵衛、二十五歳。お初、十九歳。ともに厄年であったという…。
土居先生の筆と志乃ぶさんの節と啖呵、それに貴美江師匠の三味線が合いまって、近松浄瑠璃の美学が浪曲に昇華した夜だった。


