音楽劇「ピアフ」、そして立川笑二ひとり会「御神酒徳利」

音楽劇「ピアフ」を観ました。
上演15周年記念公演である。2011年初演、13年、16年、18年、22年と再演を重ね、今回は6回目の上演。僕は13年、18年、そして今回が三度目の観劇だ。主演の大竹しのぶさんは初演の舞台で読売演劇大賞最優秀女優賞を受賞、以来観客の熱い支持を受け、今月11日の舞台で200回の上演回数を記録した。
僕は愚直な表現しかできなくて恥ずかしいが、エディット・ピアフが大竹しのぶに憑依しているというのはこういうことを言うのではないか。これまでピアフの生涯を描いた演劇は、越路吹雪さんや美輪明宏さんをはじめ多くの歌手、女優が演じているけれど、大竹しのぶさんのピアフには従来のピアフ像とは異なる、実相に迫るものがあると演劇ジャーナリストの林尚之さんはプログラムの中の「懸命に生きる姿、魂の叫び―愛され続ける“大竹ピアフ”」と題した文章の中でこう書いている。
大竹の「ピアフ」は、これまでの「ピアフ」舞台と何が違うのか。歌手ではないことが、大竹ピアフの魅力ともなった。16曲ものシャンソンの名曲を歌いあげるのではなく、今回の舞台のために訳し直された歌詞の一つひとつのフレーズが、大竹の中で血となり、肉となって、舞台からあふれ出した。(中略)
曲に真摯に向き合い、俳優として役と対峙し、精魂を注ぎ込む。数分間の歌の中に人生の悲哀を滲ませたドラマを創造し、神々しささえ漂わせながら圧倒的な迫力となって、我々の心を鷲掴みしてしまう。まさに俳優の歌だった。以上、抜粋。
ピアフは路上で売春をして、卑猥な言葉をまき散らす。スターになった後も、愛する人が去ったり、事故で亡くしたり、様々な悲劇が起こる。そして、酒、睡眠薬、モルヒネで身も心もボロボロになっていく。愛に飢え、誰かに頼らないと生きていけない脆くて繊細なピアフはそれでも、もがきながら懸命に生き抜いていこうとする。その姿が僕たち観衆の胸に迫る。
ピアフでは先輩の美輪明宏さんは大竹が演じ終わった後、「そこに居たわよ」と大竹の肩を差したという。晩年にピアフと同じ舞台に立ったシャンソン歌手のシャルル・アズナーブルさんは日本公演の際に舞台のポスターを見て、「ピアフにそっくりだね」と言ったという。あながち僕の稚拙な「憑依」という言葉の使い方も間違っていないかもしれない。
「立川笑二ひとり会」に行きました。「道具や」「五貫裁き」「御神酒徳利」の三席。
「御神酒徳利」。笑二さんのこの噺の主人公は番頭の善六ではなく、その女房だと僕は思う。苅豆屋という宿屋の三番番頭である善六はどこか間抜けで、女中のおなべから「駄目番頭」と陰口を叩かれるような男である。だから、台所に水を飲みに行ったときに無防備に置かれていた店の家宝の御神酒徳利を水甕に入れたまま忘れてしまい、旦那が落ち込むほどの騒動になってしまう。
だが、そのことを聞いた女房は「これはお前さんの出世につながる糸口になるかもしれない」と考える。禍を転じて福と為すにしようというのだ。算盤占いで御神酒徳利の在り処をピタリと当てる作戦を練るが、善六はどうしても占い特有の文言を覚える自信がない。そこで、易者だった女房の親父の「幽霊が降りる」方法を書いた巻物が出てきたとして、女房にそれが降りて、算盤占いをして御神酒徳利の在り処を当てることにした。だけど、あくまでそれは善六の手柄にしなくちゃ出世につながらないと考える女房は流石だ。
果たして、作戦は成功。だが、このことを聞いた宿泊客だった鴻池善右衛門の支配人が「大坂のお嬢様の病の治癒を占いで解決してほしい」と願い出て、善六は困ってしまう。だが、女房は「大坂に行くだけで五十両貰える。名医という名医が診て治らないと言っているのだから、占いでもどうしようもないと言えばいい」と肚を決め、一緒に大坂へ行こうという決断力に舌を巻く。
途中の神奈川宿の新羽屋での島津藩侍の巾着紛失事件も女房が「任せてください」と言い切るところがすごい。こうなったら離れに籠り、夜逃げをするしかないと支度をしているところに、女中のおきんの告白。「お稲荷様の祟りだ」と社の床下に埋めた巾着が出てきて難局を乗り切る。すべて善六女房の機転と度胸の賜物だ。
そして、最終目的地の大坂。鴻池善右衛門宅で善六に三七二十一日の水垢離と断食をさせて説得力を持たせ、「この病は治らない」と言おうと覚悟したところに奇跡が起きる。新羽屋稲荷大明神が女房に降りて、その神通力で観音様の仏像を掘り当て、お嬢様の病が平癒したという…。あっぱれ、善六女房!という噺に仕立てた笑二さんの構成力が見事である。

