いちいち見聞録 田辺いちか「羽子板娘」春風亭一花「明烏」、そして一夜萬夜物語 春風亭一之輔「夢金」三遊亭萬橘「甲府ぃ」

「いちいち見聞録」に行きました。
「笹野名槍伝 海賊退治」神田ようかん/「安政三組盃 羽子板娘」田辺いちか/「めめめ」「厚化粧」「トランプ」瀧川鯉八/中入り/見聞トーク 鯉八・一花・いちか/「明烏」春風亭一花
いちかさんの「羽子板娘」、何度聴いても面白い。江戸っ子のお染が殿様に対して、きっちりと物申す啖呵が清々しい。出羽国佐竹右京太夫の横暴を鎮めるために、お染は正義感から「三年間の期限付き側室奉公」を引き受けた。本当は「寄席鍋のしらたき」みたいな男なんか許せないのだが、三年間辛抱した。なのに、約束の三年経っても暇が出ないことで、堪忍袋の緒が切れた。
桃の節句に正室の前で清元「桜の春」を乞われ、見事に演奏すると、殿様は「褒美だ」と言って、盃の酒を勧める。奉公に上がる前に「お染は酒癖が悪いから酒は控える」という約束だったのに…。こうなったら、自棄である。三合、五合、七合とエスカレートする、お染の飲みっぷりが豪快である。
これを見た老女松崎が「卑しい町人」呼ばわりするのをきっかけとして、お染は酔った勢いもあって、日頃の鬱憤をすべてぶつけるかのように「これぞ神田っ子」という啖呵が鮮やか。気持ちが良い。だが、お染はこれによって座敷牢に閉じ込められてしまう…これを救うヒーローが登場する直前で終わり、惜しい切れ場だ。この秋真打昇進の実力を見た。
一花さんの「明烏」。「御神木」の柳を見ても、「大鳥居」を見ても、「お巫女の館」に行っても、ここが吉原だと気づかない十八歳の時次郎、親父が心配するはずである。「世の中には表があれば、裏もある。それを知らないようでは商いの切っ先が鈍る。世間の広さを見聞してほしい」と、町内の札付の源兵衛と太助に頼む気持ちがよくわかる。
最終的にここが吉原だと気づくと、「こんな恥辱は受けたくない」とか、「汚らわしい」とか言って騒ぎ出し、最後は泣き始める時次郎。初心(うぶ)を超えて、これを世間知らずというのだ。おばさんに花魁の部屋に無理やり連行されるときも、「恥ずかしくないんですか!昔、二宮金次郎という人は寸暇を惜しんで勉学に勤しんだのです」。
ところが、一晩浦里花魁にこってり楽しませてもらうと、翌朝は態度が一変して、「大変結構なお籠りでした」。太助が食べていた甘納豆を投げつけ、「どうして昨夜からそういう了見にならないの!」と訴えるのは当然だろう。これをきっかけに時次郎が逞しい立派な商人に成長することを祈らずにはいられない。
「一夜萬夜物語」に行きました。
わいわいトーク 一之輔・萬橘/「狸の鯉」立川のの一/「雑俳」三遊亭萬橘/「夢金」春風亭一之輔/中入り/「松竹梅」春風亭一之輔/「甲府ぃ」三遊亭萬橘
一之輔師匠の「夢金」。“欲の熊造”が侍風の男とその「妹」を雪の中、船を漕いで深川まで行く途中の、酒手が早く欲しくて堪らない様子がまず可笑しい。魚心あれば水心。鷺を烏と言うたが無理か、場合にゃ亭主を兄と言う。船をわざと激しく漕いで、暗に酒手の催促をするが…。
男はその欲深さを見こんで「金儲け」に半口乗らぬかと誘う。「妹」というのは偽り、店の若い者と不義をして家出をした店の一人娘の懐にある百両ばかりの金を奪う計略。だが、熊造は欲は深いが、人殺しまでして欲しいという男ではない。だが、一旦計略を知ってしまった手前、断ると斬られてしまう…。
熊造は覚悟を決めて、成功報酬は「山分け」にしろ、それが嫌なら船をひっくり返すと大胆に脅すところ、流石。そして、男を中洲に置き去りにして、船は引き返すという大どんでん返し。「バーカ!侍転じて、どざえもんだ!三一(さんぴん)侍め!」。闇雲に金が欲しい熊造の知恵、あっぱれだ。夢だけどね。
萬橘師匠の「甲府ぃ」。最大の特長は善吉が研究熱心の末、がんもどきに胡麻を入れた新商品を考案した演出にして、助けてくれた豆腐屋夫婦に恩返しをするということだ。だから、売り声の「豆腐、胡麻入り、がんもどき」も善吉が知恵を絞ったもので、サゲの「甲府ぃ、お詣り、願ほどき」がより一層効いてくる仕掛けだ。
善吉は早くに亡くした両親の代わりに育ててくれた伯父伯母夫婦の住む甲府から江戸に出て一旗揚げようと考えていたが、浅草仲見世で餞別を掏られ、一文無しになってしまう。それを救ってくれたのが、豆腐屋夫婦で同じ法華という宗旨ということもあり、「これもお祖師様のお導き。うちで働かないか」と誘ってくれ、言葉に甘える。
善吉は人間として表裏がなく、真っ正直。長屋のおかみさん連中にも親切で、人気を得て、商売が繁盛する。そういう中で考え付いたのが「胡麻入りがんもどき」で、これが評判となり、益々売り上げに貢献する。
三年後。豆腐屋主人は娘のお花の婿として善吉を迎え、跡を継がせたいと考える。実は女房が先んじてお花に気持ちを打診していて、お花も善吉のことを惚れていることがわかっていた。「じゃあ、婚礼の日取りだ」という主人に対し、女房が「善吉さんの気持ちを訊かないと」と言うと、「なに!何が気に入らないんだ!」といきり立つところはお約束だ。それだけ、善吉に全幅の信頼を置いていたということであろう。
豆腐屋夫婦は楽隠居。善吉とお花が店を切り盛りし、商売を大きくする。その姿を見て、義理の父親は「働きすぎだ。休まないと体を壊す」と心配するのも素晴らしい。これに呼応するように、善吉は「休みを頂いて、甲府の伯父伯母夫婦にきちんとした挨拶をし、願掛けをした身延山に願をほどきに行きたい」と願い出る。素敵な美談を、萬橘師匠はさらに得心のいく噺に昇華しているのがとても良いと思った。

