きく麿噺の会 林家きく麿「アクアの男」、そして集まれ!信楽村 柳亭信楽「明烏」

きく麿噺の会2025に行きました。
「ブラジル産」鈴々舎美馬/「スナックヒヤシンス」林家正雀/中入り/「ロボット長短」柳家小ふね/「アクアの男」林家きく麿
美馬さん。高校時代にクミちゃんを夏祭りに誘ってその気にさせておいて、その実、学校のアイドルだったモモコと付き合ったヨシダのいい加減なキャラクターをよく表現している。クミちゃんはそのことを覚えていて、東京の大学にモモコと行って、最終的に別れたくせに、今さら田舎に戻ってきて、再び自分を夏祭りに誘ったことに大層腹を立てて、強気な巻き舌で恨み辛みを言うという、この噺のポイントをよく押さえている。
その上で、謎の屋台「SASAMI」である。地球の裏側のブラジル産で、遺伝子組み換えがあるのかないのか不明なササミを売るブラジル人の片言だけどなぜか巻き舌な売り声に、ダイエット中のクミちゃんは惹かれる。炭水化物のたこ焼きや体冷やすかき氷、甘いチョコバナナを一切拒否していたクミちゃんは「ササミを食べて巻き舌でブラジルと言いたい…」。甘酸っぱい青春の初恋の記憶とブラジル産のササミという組み合わせが、きく麿噺の真骨頂で、そこを美馬さんはよく判っている。
正雀師匠。この会の趣旨は「独特のきく麿テイストの噺」を他の演者が、とりわけ本寸法の師匠たちが演じるとどうなるか?その意外性を楽しむはずなのに、正雀師匠はこのきく麿テイストを頑なに拒んだ。「スナックヒヤシンス」の肝である、ジュンコとアキコの「ヤマダの悪口合戦」をあの独特の口調も腰を振ることもやらず、岡晴夫の♬啼くな小鳩よのメロディに変えてしまい、ヤマダが気持ち悪くて嫌っているということが全く伝わらなかった。
もう一つのお楽しみであるヤマダとヒロコのデュエット「恋のオーライ、坂道発進」もやらなかった。林家彦六の物真似で♬月の砂漠を歌うだけ。舌をレロレロしながら歌うヤマダの気持ち悪さがポイントなのに、ちっとも面白くなかった。思うに、ヤマダを気持ち悪くて嫌いというキャラクターにしたくなかったようだ。サゲも変えていて、ヒロコはヤマダのことが本当に好きで結婚して幸せになるという…。残念だった。
小ふねさん。古典落語「長短」の気の長い長七さんを、博士の開発したロボットの緩慢な動きに置き換えた面白さを存分に表現して良かった。否定したり、謝罪したりするロボットの所要時間が長いところ、とても可笑しい。また、オイルをさしてあげると、動きが滑らかになり、普通の口調になるところもよく表現できている。きく麿師匠の意図をしっかりと把握して、わかりやすいのが一番だと思った。
きく麿師匠は柳家小ゑん師匠の作品のネタおろし。水族館おたくで品川水族館のスタッフからは「アクアボーイちゃん」と呼ばれているおじさんの気持ち悪さを過剰とも思える演出で大いに笑った。大パノラマ水槽でディープマリンショーをするアクアガールのミズタさんが毎日差し入れを貰い、愛の告白までされ困惑している様子がよく表現されているのも大きなポイントだ。
裏の海浜公園で待っているとメッセージを送られ、心を鬼にして「住む世界が違う」と断りを入れようとしたミズタさんは、「本当は人魚なの」と決死のコスチュームで臨んだのだが…。アクアボーイちゃんは「ピッタリだ!僕は半魚人なんだ!」と言って、「つがいになろう!」と言い出すという…。小ゑん師匠のテイストをきっちりと踏襲して演じるきく麿師匠のすごさを見た高座だった。
「集まれ!信楽村~柳亭信楽勉強会」に行きました。「子ほめ」「尻餅」「明烏」の三席。
「明烏」は柳家三三師匠の型。時次郎の堅物ぶりに「遊びの一つでも知らないと商いの切っ先が鈍る」と、親父が「大層流行るお稲荷様にお籠り」を勧め、時次郎は母親から武運長久のお守りを貰って出掛けるのが、この噺の最後で生きてくる。即ち、お籠りの翌朝に源兵衛と太助が時次郎のいる次の間付きの部屋に乗り込むところ。時次郎が「大変結構なお籠りでした」と言ってなかなか布団から出ようとしない、「花魁が手をギュッと握って離さない」と惚気を言い、挙句に「源兵衛さんは振られたんですか。お悔やみ申し上げます。この武運長久のお守りをあげましょう」。花魁にもてたのは、このお守りのお陰というのが何とも可笑しい。
お茶屋をお巫女の館と騙す件も愉しい。女将がその気になって「お巫女取締役です」と言って、「かしこみ、かしこみ」とお祓い棒を振るのが面白い。そして、時次郎の顔を見て、「さぞ、お稲荷様もお喜びでしょう」。
時次郎の世間知らずで空気を読めないところもこの噺の肝だろう。とうとう、連れて来られたお稲荷様は廓だと判ると、「書物を読んで知っています!世に言う吉原の女郎屋ではありませんか!とんでもないことです。こんなところにいたら堕落し、破滅の道を歩みます!」。
騒いで楽しむはずのお座敷が通夜のような雰囲気になり、白け切ってしまう。そして、「女郎を買うと瘡(かさ)を掻く!」と一番この場で言ってはいけないことを言ってしまう。親父が心配するのも納得だ。連れて来た源兵衛と太助がその晩、女郎に振られてしまうのは、この台詞があったからだと思う。それなのに、時次郎だけが浦里という花魁に「初心(うぶ)がいい」と見立てられ、もててしまうのだから不条理極まりないと思う。


