田辺いちか いざ真打へ!「山内一豊と千代」「敵討ち母子連れ」

「田辺いちか いざ真打へ!」に行きました。「山内一豊と千代」「敵討ち母子連れ」「忠僕元助」の三席。開口一番は神田ようかんさんで「三家三勇士 出会い」だった。

「山内一豊と千代」は旭堂南海先生の脚色。ドラマチックだ。ならず者に襲われている千代を一豊が救ったという出会いからして良い。一豊が渡した使い古した汚い手拭いを後日、千代が御礼を言いに新しい手拭いを持って訪ねたというも微笑ましい。

羽柴秀吉の家来である一豊は、織田信長が安土城築城の祝いに流鏑馬の神事をおこなうと聞き、名を売るチャンスと捉えるが、折角馬市で良い馬を見つけたのに代金十両が調達できなくてため息をつく。それを見て、「苦しみを半分分けてくれ」と千代は言って、悩みを聞き出すと、自分の鏡の裏の紙を破って、「生涯でここ一番というときに使え」と母親が遺言を遺した十両を取り出す。

馬を見る眼がある一豊を馬喰は喜んで、代金十両のところ八両に負ける。二両浮いたことを正直に一豊は千代に話し、「好きな物を自由に買え」と返却するところが一豊の良いところだ。だが、千代はその上をいく。いよいよ明日は流鏑馬という前日に、その二両で買っておいた紋付、袴を渡し、「これで良き働きをしてくれ」と言うのだ。この夫にして、この妻ありというところだろう。

さらにドラマチックなのは流鏑馬当日だ。千代が高熱を出し、一豊は伊吹山の麓の医者のところに馬に乗って連れて行く。「働きすぎ。休んで栄養を摂りなさい」と言われ、一安心するが、もう安土城に行くのには間に合わない時間になってしまった。一豊が諦めていると、千代が「情けない!すぐに出発すれば間に合う!」と檄を飛ばす。そして、一豊は奮起し、馬に乗って安土城に駆けつけ、間に合う。

そして、そこまで誰も天地人を射抜くことができなかったが、一豊は馬との呼吸を合わせ、見事に天地人、三つの的をすべて射抜くことができた。ご満悦の信長が褒美に何でも遣わすと言うと、一豊は「簪」と答える。周囲の者は皆、「女か」と嘲笑うが、一豊は「そうだ。わが最愛の女房に贈るのだ」と臆面もなく言う。これを聞いた信長は感激したという…。素晴らしい高座だった。

「敵討ち母子連れ」は菊池寛原作。二ツ目になったばかりの頃に神田愛山先生から習ったそうだ。試行錯誤の跡が見られ、これまたドラマチックな仕上がりである。父・浜村佐兵衛の仇討という使命を課せられた竹之助とその敵である高木主馬との運命的な出会い、そして両者の間に生まれた友情の美しさが印象的な読み物である。

佐兵衛は礼を失した高木主馬の態度を恥辱と捉え、果し合いを申し込むが、あえなく返り討ちに遭ってしまった。この遺恨をいつか晴らしたいと考えた妻まつは十歳の息子、竹之助に仇討してほしいと考え、浪人となった敵の高木主馬を捜し求めて母子、それに中間の元八の三人で旅に出る。

高木が江戸に潜伏しているという情報を得て捜し回るが、竹之助は高熱を出して倒れる。医師の半井仙庵の診察は労咳、竹之助はしばらくのんびりと過ごすことを勧められる。このとき、竹之助は十六歳。釣り堀に行って、釣り糸を垂れていたが、それに飽き足りず、隅田川で鯉を釣ろうと千住大橋まで出掛けるようになった。

そこで知り合ったのが、老武士だ。竹之助が全く釣れないのに、その老武士は何匹も鯉を釣り上げている。餌はミミズではなく、サナギが良い等、色々と世話を焼いてくれるうちに、竹之助も鯉を釣れるようになった。そして、二人の間に心の交流のようなものが生まれ、「男親の温もり」のようなものを竹之助は感じた。次第に病も癒えてきた。

何気ない会話で、竹之助の父は六年前に亡くなっていて、三月二日が祥月命日だと話した。あるとき、竹之助が足を滑らせ、川の中に落ちてしまった。その老武士が釣り竿を掴むように差し出し、水練を知らぬ竹之助は命拾いをした。御礼をしたいと、老武士の所と名前を訊ねるが、「釣り仲間として当然のこと」と一蹴されてしまった。

帰宅して母に報告すると、命の恩人の所名前を訊かないことを責められた。中間の元八が後をつけて調べると、その老武士こそ、父の敵の高木主馬であることが判る。母は敵から恩を受けるとは…と怒ったが、竹之助は「明日、釣り糸を垂れて油断しているところを討つ」と母を説得し、父の形見の祐定を持って家を出ることにする。

だが、翌日になって実際に二人で釣りをしていると、竹之助は「不意討ちなどできない。名乗って勝負しなければいけない」と思う。「あなたは元水戸家の高木主馬様ですか?私は浜村佐兵衛の一子、竹之助です」「敵同士が懇ろになるなんて、縁ですな。わしにはあなたが我が子か孫のように思える」「私もあなたを叔父、いや父親のように思えます」。

実は高木は釣り友達となった竹之助が佐兵衛の息子だということは以前から判っていた。一昨年に妻を亡くし、自分も命を捧げ、水戸に帰参したいと思った。だが、釣り仲間と過ごす時間が惜しくなり、なかなか名乗れなかったと告白する。そして、「よく見破りました」と言って、刀を持って構える。

だが、どう見ても隙だらけだ。竹之助は斬ってくださいと言わんばかりの高木を見て、心が鈍る。「斬れません」。その様子を脇から見ていた母は「臆しましたか!」と檄を飛ばす。元八が脇差で高木に斬り掛かる。竹之助は「高木様、御免!」と言って、高木の前へ進み、高木もこれに対応して、両者は相討ちの形となった。「あの世までのお伴を仕ります」「一緒に三途の川の畔で釣り糸を垂れましょう」。高木主馬と浜村竹之助の悲しくも美しい友情を見事に描いた。