春風亭一之輔独演会「味噌蔵」

春風亭一之輔独演会に行きました。「転宅」と「味噌蔵」の二席。開口一番は春風亭らいちさんで「子ほめ」、ゲストは柳家やなぎ師匠で「偽り家族」だった。

「味噌蔵」。主人の赤螺屋吝兵衛が女房が里帰りして無事出産した祝いの宴に招かれ、一晩帰ってこないという千載一遇のチャンスに普段出来ない贅沢をして騒ごうという奉公人たちの喜びと解放感の表現にオリジナリティが溢れる楽しい高座である。

番頭さんの「カツ煮」への思い入れはMVPだろう。八歳で奉公に行く前の晩に、父親は井泉に連れて行ってくれて、とんかつをご馳走してくれた。ヒレは病人の食べ物、当然ロース。豚肉に卵が掛けられ、パン粉にまぶされて、揚げられる。サクサクという切る音が聞こえる。そのとき、父親は「オヤジ、カツ煮にしてくんねえ!」と叫んだ。

玉ねぎを刻む。出汁を煮る。とんかつを中に入れる。卵を溶いて入れ、蓋をする。出来上がったカツ煮に三つ葉を散らし、出来上がり!玉ねぎの甘み、カツの肉汁、出汁の旨み。それは感頭の中に広がる小宇宙。最高の美味しさに、生まれ変わったら、カツ煮になりたいと思ったという…。

番頭さんは奉公人一人ひとりに何が食べたいか訊く。帳面をドガチャカにして、俺たちのレボリューション、すなわち革命を起こすんだ!好きなものを遠慮なく言え!ところが、奉公人の口から出る食べ物が日頃の吝嗇に虐げられていることを示すものばかりだ。

ご飯のおこげに醤油をかけたもの。食パンの耳を揚げて、砂糖でまぶしたもの。カステラの台紙。納豆のタレの使い切った袋をチューチューしたい。アメリカンドックの棒に残ったカリカリしたところ…。

峰どんには悲哀を感じる。「横丁のから屋さんで田楽を買う」。番頭があの店は豆腐屋だと言うも、「おからを貰いに行くところだから、から屋じゃないですか」。いくら豆腐屋だと諭しても、「フェイクニュースだ!陰謀論だ!」と信じない峰どんが哀しい。

奉公人たちの革命。マルセイユの生まれの甚助がフランス革命の歌、ラ・マルセイエーズを唄い、ヤングコーン一本入れのかた焼きそばを頬張る姿を想像すると何とも可笑しい。

赤螺屋では奉公に入ると二の腕に「吝嗇」という焼き印が押されるように半年前からなった。吝兵衛の子どもが生まれたとき、「願いましては…」という産声をあげた。そして、「何とか太陽と水だけで育たぬものか」と言ったという…、徹底した吝嗇の主人のエピソードを聞くと、鬼の居ぬ間に洗濯ならぬ吝兵衛居ぬ間にささやかな贅沢をしたいという奉公人の渇望がよく理解できて面白かった。