浅草演芸ホール十月上席千秋楽 神田伯山「安兵衛駆け付け~婿入り」

浅草演芸ホール十月上席千秋楽に行きました。昼の部の途中から入場した。
昼の部 相撲漫談 一矢/「熊の皮」三遊亭とん馬/「代書屋」柳家蝠丸/奇術 北見伸&スティファニー/「ぱぴぷ」三遊亭遊三/中入り/「金明竹」桂伸べえ/コント コントD51/「酢豆腐」桂小文治/「目黒のさんま」三笑亭夢太朗/三味線漫談 藤本芝裕/「片棒」桂伸治
夜の部 「寛永宮本武蔵伝 山本源藤次」神田梅之丞/「山内一豊 出世の馬揃え」神田鯉花/紙切り 林家喜之輔/「のめる」柳亭小痴楽/「替り目」橘ノ圓満/コント コント青年団/「虱茶屋」雷門小助六/「不動坊」三遊亭笑遊/歌謡漫談 東京ボーイズ/「屏風の蘇生」神田松鯉/中入り/「They´re off」片岡一郎/「反対俥」三遊亭遊雀/「初天神」立川談幸/曲芸 ボンボンブラザース/「安兵衛駆け付け~婿入り」神田伯山
伯山先生の「中山安兵衛」は50分超えの長講、熱演。初心者にも優しい丁寧でコミカルな要素(安兵衛が住む長屋の糊屋の婆さんとの件など)をふんだんに取り入れた演出、且つ駆け付けから婿入りまで殆ど省略することなくたっぷりと演じて講談ファンも満足させる高座は流石である。
「三十になったら立派な武士になる」が口癖で、酒ばかり飲んで怠けている安兵衛、実は能ある鷹は爪を隠すだったというのが良い。伯父の菅野六郎右衛門が300人もの門下生を抱えた道場を安兵衛に譲るも、その体たらくで門下生が減り、遂には道場を売り払って、飲む酒の代金に回してしまう。駄目な奴だなあと思うがそうではなかった。
伯父の菅野が村上兄弟の嫉妬から高田馬場で真剣果し合いをすることになったという手紙が届くと、安兵衛は「ここが忠義の見せ所」とばかりに、駆け付けるが、伯父はすでに村上兄弟以下十数名の卑怯な手口で亡き者にされていた。しかし、安兵衛はその村上兄弟たちをバッタバッタと斬り倒し、全員を亡き者にして、伯父の仇を取る。その獅子奮迅の活躍ぶりを伯山先生は見事に活写するところ、流石の高座だ。
この安兵衛の活躍は江戸中にその名が知れわたるものだった。高田馬場で真剣果し合いがあると聞いた堀部兵衛金丸の妻しんは娘の花と妙法寺と鬼子母神に行った帰りに立ち寄る。それは「花が見事な武士(もののふ)と添い遂げられますように」という願いをこめてお参りしたこととリンクしている。しんは安兵衛に向かって、「これを使ってくれ」と花の緋縮緬のしごきを投げて、受け取った安兵衛はそのしごきを襷掛けにして戦った。このような勇敢な侍が婿に来てくれたら…という思いをこめているところが素敵だ。
しんは帰宅すると、夫の堀部兵衛金丸に「安兵衛が見事に仇討った」詳細を物語る。興奮して聞く金丸は「これは仏の導きだ」。所と名前を訊くのを忘れたが、高田馬場の一件は江戸中の噂になっており、出入りの魚屋の新吉から「八丁堀の中山安兵衛」という情報を得る。早速に訪ねた金丸は安兵衛をすっかり気に入り、「堀部家へ養子に入って欲しい」と願う。
だが、安兵衛は来る日も来る日も酒ばかり飲んでぐうたらしている。金丸は「試させてもらう」と、いびきをかいて寝ている安兵衛を槍で突こうとしたが、安兵衛は気配を感じ、槍先を手で掴んだ。「見事だ」。ますます金丸は気に入り、両の手をついて「どうか我が娘の婿として来てくれないか」と懇願する。流石の安兵衛も情にほだされ、中山の姓を捨て、堀部家の養子になることを承諾した。このとき、三十歳。安兵衛が日頃言っていた「三十になったら立派な武士になる」という口癖は有言実行となったのだ。
堀部弥兵衛は赤穂藩の家来だ。安兵衛を婿に迎えたことを吉田忠左衛門に報告し、浅野内匠頭に目通りが許される。主従固めの盃は十二カ月の組み盃だ。一月が一合、二月が二合…という風に一合ずつ増えていき、十二月は一升二合。これらを全て飲み干した安兵衛に対し、浅野内匠頭は「閏月もいたせよ」。安兵衛は迷わず、十二月を選び、さらに一升二合飲み干した。
その上で安兵衛は舞いを披露する。酔っても乱れぬ足取りに殿様はえらく感心し、文武に優れている武士だと褒めたという。そして、殿様は人払いをして、安兵衛と二人きりになり、その優しい笑みを見て「面白い男だ」と大変に気に入った。酔って寝込んだ安兵衛に、浅野様は自分の羽織をそっと掛け、立ち去る。その際に、刀の鍔の音をわざと立てると、ハッと起き上がる安兵衛。只者ではない。
安兵衛は自分に掛けられた羽織に「鷹の羽のぶっちがい」の紋…すなわち殿様の家紋が入っていることに気づく。「なんと、優しい殿様なんだ。生涯、自分はこの人に恩を返さなければいけない」。この忠義心が赤穂事件の仇討につながるという…。素敵な読み物である。