津の守講談会 一龍斎貞鏡「浪花のお辰 おくら殺し」、そして一之輔・天どん ふたりがかりの会 春風亭一之輔「謝る男」

津の守講談会に行きました。

「南総里見八犬伝 芳流閣の戦い」神田山兎/「塚原卜伝 無手勝流」宝井琴人/「柳生十兵衛 脅しの漫遊」宝井優星/「文化白浪 鋳掛松」宝井琴調/中入り/「大岡政談 五貫裁き」神田山緑/「浪花のお辰 おくら殺し」一龍斎貞鏡

琴調先生の「鋳掛松」。鋳掛屋の息子として生まれた松五郎は、父が貧乏から脱して出世してほしいという願いから、岩城升屋という老舗の呉服屋に奉公に出されるが、「利口すぎる」「賢すぎる」と旦那や番頭がかえって警戒してしまい、「使い切れない」という理由で五両を付けて父親の許に引き取らせるというのは何と不遇なことか。

松五郎が店の遣いに出された帰り道、盗賊に襲われたが、「50両の儲けの口に乗らないか」と言葉巧みに盗賊を逆に丸めこみ、寿司屋でご馳走までさせて、お店に平気な顔をして帰った。外で待ちぼうけを食らわされた盗賊が訪ねると、「泥棒!」と叫んで追い払ったエピソードは、松五郎の利発さを表しているが、こういう「大人顔負け」の資質が、旦那や番頭には寧ろマイナス材料になったというのは皮肉である。

結局、父の鋳掛屋の仕事を継いだ松五郎が二十歳になった年の夏の出来事が胸に沁みる。両国橋で枝豆売りをしている母子、母は赤ん坊を背負って、4歳くらいの男の子の手を引いて歩いてくる。男の子は素足、この炎天下では足が熱くて堪らず、「草履を買っておくれよ」と母親にねだっている。松五郎は可哀想に思い、財布にある金をこの母子に恵んだ。「おじちゃん、ありがとう」と言って去って行く枝豆売りの母子の姿。両国橋の下では屋根船を設えた金持ちが芸者幇間とどんちゃん騒ぎをしている。

世の中、ままならぬものだ。腐るほど銭を持っている大尽もいれば、草履一つ買えない貧乏人もいる。これも人なら、あれも人。お天道様は何を見ているのだ。どうせ生きるなら、細く長くより、太く短く生きたい。松五郎は鋳掛の荷物を肩から下ろし、川の中に放り込んだ。世の無情を感じる高座だった。

貞鏡先生の「おくら殺し」。悪事を重ねてきた浪花のお辰は土浦の芸者を経て、二回り年上の土屋長六の後妻におさまり、「堅気の女房のおやす」としておとなしくしていれば、やがて亭主は死んで、この身代はそのうち全部自分のものになると算段していたところだった。そこへ悪事の相棒だったあざみのおくらとひょんなことから再会してしまった…。さあ、どうするか。お辰の対応が見どころだ。

鰻屋の二階に誘い、「これで身なりを調えなさい」と2両を渡して送り出したが、敵もさるもの引っ搔くもの。お辰の後をつけて、自宅を突き止められてしまった。奥の一間に通されたおくらは「大家のおかみさんにおさまっているんだね。水くさい」と言うが、お辰としては堅気になりすましていることや昔のことを暴露されたら堪らない。20両を渡して、引き下がってもらったが、翌日も、そのまた翌日も無心に来る始末には手を焼く。

お辰は覚悟を決めて、離れにおくらを通し、「あればかりの手切れじゃあ、引き下がれない。なんなら昔の悪事を洗いざらいぶちまける」と居直るおくらに対し、“まとまった手立て”を考える。即ち、亭主の長六を殺してくれという依頼をおくらにするのだ。「財産目当てで夫婦になったが、二回り年上の亭主が死ぬのを待たず、その時期を早める」と尤もらしい理屈をつけて。勿論、本気ではない。「今夜、亭主が中島村の金兵衛のところから帰ってくる。その帰り道に一思いに殺してくれ」。

約束は九ツ過ぎ、青山の庚申堂前。お辰はおくらに「向こうに提灯の灯が見えるだろう?」と気を逸らしたところで、後ろから匕首でおくらを刺し殺した。このときのお辰の「よく聞けよ」からはじまる芝居台詞の啖呵が見事だった。ここがお前の年貢の納めどき…いずれは冥途へ赴いて、ゆっくり愚痴を聞いてやろう。貞鏡先生の「おくら殺し」は何回か聴いているが、この芝居台詞の演出は初めて聴いた。その迫力に痺れる高座だった。

「一之輔・天どん ふたりがかりの会 新作ねたのーと03」に行きました。今回は「三題噺のお題を贈りあおう」という趣向である。

やり方はこうだ。演者Aは演者Bに対し、6つのお題を考え、これを主催者に伝える。主催者はこれに①~⑥までの番号をつける。演者Bはお題の内容は知らされず、好きな番号を3つ指定する。

これによって、一之輔師匠のお題は「頑固者」「謝るフリ」「鳥カゴ」「外車」「団地」「老人ホーム」の中から、「謝るフリ」「外車」「団地」に決まった。一方、天どん師匠のお題は「聖域」「パーマ液」「差し歯」「映像の世紀バタフライエフェクト」「凡ミス」「ライオン」の中から、「聖域」「映像の世紀バタフライエフェクト」「ライオン」に決まった。

「ぜんざい公社」春風亭一之輔/「バタフライエフェクト」三遊亭天どん/中入り/「お礼をください」三遊亭天どん/「謝る男」春風亭一之輔

一之輔師匠の「謝る男」が傑作だった。ニコニコ団地の自治会の役員会が開かれ、川上会長が「看過できないこと」があったという。外車のフロントガラスに「こんなところに停めるな、バカ」と貼り紙が貼ってあったというのだ。だれか、これについて知っている人はいますか?と問うと、高野さんが手を挙げ、「私がやりました。邪魔だったので、苛々してついやってしまった」と言う、会長は正直に言ってくれたことで、「許します」と言って、事は収まった。

三日後。吉岡さんが高野さんに「本当はやっていないでしょう」と言う。吉岡さんは三号棟の木下さんが貼っているのを目撃したというのだ。「どうして庇ったのか?」と問うと、高野さんは「私は昔からそういう人間なんです。謝るのが苦じゃない。問題も早く解決するから」。「悪い印象を持たれるでしょう?恨まれるでしょう?」に、「肚の底から謝っていないから。上っ面。それで、距離が縮まって、良い関係なった方がいいじゃないですか。そうやって生きて来たんです」。

エレベーターの中で誰かが屁をしたとき、田中さんの奥さんが顔を真っ赤にしていたので、「俺がやりました」と言ったら、その場が和み、奥さんは軽く会釈してくれた。

池袋演芸場でトリの一之輔が「文七元結」を演じていたとき、隣の爺が携帯を鳴らした。客席がざわつき、一之輔も「やめましょう」と言うので、自分が携帯を探すふりをしたら、着信音が止まった。土下座して、涙を流した。終演後に楽屋に行って、一之輔に謝ったら、打ち上げに誘われ、一緒に飲んだという。

吉岡さんがこれらのことを聞いて、高野さんに「謝罪代行業でもやったら、金儲けできますよ」と言う。すると、高野さんは「金は要らないんだ。打ち合わせも嫌い。急に謝りたい。その場が丸く収まるのが好き。俺の意志で謝りたい。押し付けられたくない」。

小学生のとき、クラスで給食費がなくなった。「僕が盗みました!」と言ったら、大問題になった。呼び出された父親が「俺の血が流れている」と喜び、全額を支払った。父親は三億円事件のとき、犯人だと名乗ろうとして、祖父に止められた。俺がグリコ森永事件のときに名乗ろうとして、父親に止められた。血だね。

翌日。通勤電車で高野さんと吉岡さんが一緒になった。隣の車輛で、「痴漢です!」と騒いでいる。犯人は捕まった。吉岡さんが「代わりに謝らないの?」と訊くと、「犯人がハッキリしているときは駄目。やった奴に罪を償わせる」。

吉岡さんが「会社に遅刻しそうだから、代わりに上司に謝ってほしい」と頼むと、高野さんは断った。あくまで、自分の意思で謝りたい。それで全てが丸く収まるのが嬉しい。ふざけ半分や、軽はずみは駄目。謝る道と書いて、「謝道」だと。

週末にまた団地の自治会が開かれた。会長が怒っている。また木下さんの仕業なのに、謝らない。木下さんは「また謝ってくれるのじゃないか」と思って、ニヤニヤしている。共感できないものには謝らないと、高野さん。今度の貼り紙は「こんな中古車、何が偉いんだ。エセ成金!」と書いてあった。

高野さんが吉岡さんを寄席に誘った。末廣亭。昼席トリは一之輔。吉岡さんは「どこが面白いんですか?」と不思議な顔をしている。そして、トリに上がった一之輔は終始浮かない顔で、心ここにあらずという高座だった。高野さんが東京かわら版を開いて、6月3日はこの後、月島で新作をやることが判った。「それで気がそぞろだったのか」。

二人は月島に行く。新作ネタおろしがはじまった。高野さんと吉岡さんは「デジャブ?我々と同じことを言っている!」。一之輔は「ここまで考えたが、その先が思い付かない…心の底からお詫びしたい」。これを聞いて、高野さんは「俺のせいだ!俺、謝ってくる!」と言って、舞台に上がった。「僕、あなたの中の高野です。謝らせてください。皆さん、一之輔さんは一生懸命やりました!」。すると、一之輔が「高野さんは悪くない。私が作ったキャラクター、私のせいです」。お互いを庇い合う。

そして…「一杯、やってください」。一之輔と高野さんは一緒に打ち上げをしている。「お疲れ様!乾杯!」「きょうは本当にありがとうございました」「いやいや、謝っているふりですよ」。傑作だ。謝るときは自分の意思で謝る。そして、謝った後にはある種の幸福感が生まれる。そんなメッセージが伝わってくる高座だった。