歌舞伎「加賀鳶」&「天守物語」
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十二月大歌舞伎第二部と第三部に行きました。第二部は「加賀鳶」と「鷺娘」、第三部は「舞鶴雪月花」と「天守物語」だった。
河竹黙阿弥作の「加賀鳶」。尾上松緑演じる按摩の竹垣道玄と中村雀右衛門演じる女按摩のお兼の悪党ぶりが面白い。痛快と言うと不謹慎だと言われそうだが、最終的には罰せられるのだから良いだろう。
伊勢屋に奉公に出している養女のお朝が主人から五両貰ったと言って、道玄の女房おせつを訪ねる。道玄が常々おせつに乱暴を働いて可哀想だとお朝が伊勢屋主人に話したため、その難儀を救ってあげたいという思いから下さった五両だが、おせつはお朝が盗んだのではないかと案じ、真実を確かめに伊勢屋に出向く。
これをいいことに道玄はお朝(中村鶴松)から奉公の様子を訊くと、夜になると主人と二人きりとなり、肩を揉んであげていることを聞き出す。これは強請りの種になると道玄とお兼を考える。二人は以前からお朝は器量が良いので吉原にでも売り飛ばそうと考えていたので渡りに舟だったのだ。お朝の身柄は口入婆のおつめに預け、その上で「お朝は伊勢屋主人に手籠めにされたのを苦に家出した」ことにしようという作戦だ。お朝が書いたと見せかける偽の書置きを用意して、いざ実行に移す。
伊勢屋を訪ねた道玄は伊勢屋主人・与兵衛(河原崎権十郎)に対し、「桂川連理柵」の帯屋長右衛門が十四歳の信濃屋お半と深い仲になって心中をした例を引き合いに出して、同じ十四歳のお朝を手籠めにした口止めとして五両渡したのだろうと言い張る。そして、百両を要求するのだ。
何を証拠に?と取り合わない与兵衛。そこにお兼が登場。お朝から仔細を聞いた証人だと名乗り、「お朝が書いた書置き」を見せる。道玄がそれを読み上げ、さあどうする?とばかりに寝転んで、強請りの仕上げにかかる。
そこに現れたのが、加賀鳶の日蔭町松蔵(中村勘九郎)だ。お朝の手習いの清書と書置きの筆跡を照合し、これはでっち上げだと主張して、道玄らに帰るように諭すのだ。それでも引き下がらない道玄に対し、取り出したのが煙草入れだ。これは御茶の水で道玄が百姓の太次右衛門を介抱するふりをして近づき、大金を入れた胴巻きを奪って、殺してしまったときに落とした煙草入れ。犯行現場を通り掛かった松蔵が拾ったものだ。中には道玄の名が書かれた質屋の書き出しが入っている。道玄は自分の悪事を仄めかされて、ぐうの音も出ず、お兼と二人で伊勢屋を後にするのだ。
お朝を種に強請る作戦を失敗した道玄は腹いせに女房おせつを折檻し、おせつが死んだらお前を後添えにするとお兼に言いながら二人で飲んでいるが、御茶の水の殺人の罪も明らかになってしまう。返り血を浴びたときについた血痕のある着衣を縁の下に隠していたが、犬が掘り出して咥えていたのを大家が見つけ、役所に届け出たのだった。天網恢恢疎にして漏らさず。捕手に囲まれた道玄は往生際悪く逃げようとするが、遂にお召し捕りとなった。ピカレスクの醍醐味たっぷりの舞台だった。
泉鏡花作の「天守物語」。この物語の主人公・富姫を坂東玉三郎が演じるのは平成26年7月歌舞伎座以来。このときに僕は初めて「天守物語」を観たのだが、玉三郎が富姫を演じるのは昭和52年の日生劇場初演から実に12回目だったそうで、以降は「体力的なこともあり、もう再び富姫を演じるつもりはなかった」とのこと。
実際、去年5月の平成中村座、12月歌舞伎座と富姫を中村七之助が演じ、玉三郎は演出を担当。12月歌舞伎座では亀姫を演じている。それが今回、10年ぶりに富姫を演じることにしたのは「(市川)團子さんの『ヤマトタケル』を拝見し、三幕での手負いになってからの寂しげな風情が良かったので、彼の図書之助でもう一度と思ったのです」とインタビューで答えている。團子さん、ありがとうございます!
異界の者たちが住むといわれる姫路城天守の最上階の幻想的な世界から、俗世間の醜さを間接的に描く泉鏡花の筆を丹念に現出している舞台が素晴らしい。
播磨守秘蔵の白鷹を逃した咎で切腹を言い渡された姫川図書之助の真摯な態度に心を奪われた富姫。その鷹は自らが取ったことを明かし、その上で鷹は人間の持ち物ではないと諭し、人間の愚かさを嘆く。そして、図書之助に元の世界へは戻るべきではないと告げるが…。
まだ俗世間に未練がある図書之助に対し、播磨守ら疑い深い人間たちに図書之助が天守に上がったことを信じさせるための証拠として、御家の重宝である兜を渡す。だが、それはかえって図書之助が兜を盗み出した謀反人だとあらぬ罪を被せられてしまう。人間の愚かさが露呈するのを図書之助は身をもって知り、富姫への思いを募らせたことだろう。
天守に逃げ込んだ図書之助は、濡れ衣のために命を奪われるより、いっそ富姫の手に掛かりたい、すみやかに命を奪ってくれと迫る。しかし、富姫は一緒に生きようと優しく語りかけ、図書之助と二人で獅子頭の母衣の中へ身を隠す。
やがて天守に上がってきた小田原修理ら討手は「二代前の藩主のために命を奪われた美女の呪いが籠った」獅子頭の目を狙い、襲う。富姫と図書之助は亀姫からの土産である生首を使って、討手たちを退散させることに成功するが、目が見えなくなってしまう。
互いに探り合って抱き合う富姫と図書之助。図書之助は富姫の手に掛かって死にたいと申し出、富姫もまた図書之助の手に掛かって死にたいと語り、互いに一目顔が見たいと泣き伏し、やがて覚悟を決めるが…。そこに獅子頭を彫り上げた名工・近江之丞桃六が現れ、獅子の目にノミを当てると富姫と図書之助は光を取り戻すのだ。手を握り合って喜ぶ。俗世間を憂いた二人の恋が成就したことを嬉しく拝見した。