兜町かるた亭 富士綾那「江戸の雪晴れ」、そして朝日名人会 柳家喬太郎「ハワイの雪」

兜町かるた亭に行きました。
「陸奥間違い」東家千春・沢村博喜/「南部坂雪の別れ」神田伊織/「江戸の雪晴れ」富士綾那・沢村博喜
伊織さん。討ち入り前に瑤泉院を訪ねた大石内蔵助。「で、討ち入りはいつじゃ」と満座の前で訊かれ、秘密裡に進行している計画が水の泡にならぬよう、「思いもよらぬお尋ね。甚だ迷惑にございます。私はこれから山科に帰ります。殿の短慮ゆえに、お取り潰しとなった。仇討などということは毛頭考えていません。過ぎ去りしことでございます」。
大石の言葉を聞いて、愕然とする瑤泉院。「仇討の心は失せたのか。よくもそのようなことを殿の位牌の前で言えたものぞ。侍の性根は朽ち果てたか。無念じゃ。犬侍め!」。激昂し、その場を立ち去る瑤泉院を見て、敵に計略を見破られないためとは言いながら、大石の心中いかばかりか。
「私には本当のことを教えてくれ」と頼む戸田局に対しても、兄の小野寺十内は祇園で幇間をしている、弟の幸右衛門は野伏芸人をしていると偽りを言わなければならなかった。そして、「連歌だ」と言って渡した袱紗包みの中には吉良邸討ち入りの同士血判状が入っていた…。吉良側の間者の紅梅が盗もうとして明らかになった連判状を持って、戸田局は瑤泉院の部屋に行き、大石の本心が判ったことを報告。四十七士の名前を読み上げるところ、感極まる。
綾那さん。吉良邸偵察のため、薪割り渡世に身をやつした村松三太夫。女中に頼まれた薪を鮮やかに割っていく様子に、元武士であることが見え隠れする。薪が吉良の顔に見えるという表現が面白い。
この様子を見ていた主人、研ぎ師の喜平次は無愛想で風変りな村松を逆に気に入る。喜平次が研ぎ師だと聞いて、村松が「武士の魂」を扱う羨ましい商売だと言うと、喜平次は村松が浪人であることを見破る。そして、碁の相手や世間話をする間柄として付き合うのが良い。そして、討ち入りの日に暇乞いの挨拶に来て、自分は播州「明石」に帰参が叶い、名を「村岡三平」と不器用な嘘で答えるところが愛しい。
そして、赤穂浪士討ち入り成功の報せを聞いた喜平次は回向院に向かい、四十七士に“薪割りの村岡三平”の姿を見つけたときに他人とは思えない感情がこみあがる。「知らぬこととは言いながら、昨日までの御無礼、お許しください」。ニッコリ笑った村松は「お詫びは拙者の方がせねばならない。世話になった」と言って、形見として自分の名が刻まれた銀の札を渡す。喜平次はこれを受け取り、孫子の代まで伝える家宝にすると喜んだという…。義士と町人の絆が素晴らしい。
朝日名人会に行きました。中入りでお囃子の金山はる師匠が「♬世界中の誰よりきっと」を演奏。今年不慮の事故で亡くなった中山美穂さんを追悼していた。胸が熱くなった。
「真田小僧」柳亭市助/「碁泥」春風亭かけ橋/「小言幸兵衛」古今亭文菊/「御神酒徳利」柳家小せん/中入り/「ハワイの雪」柳家喬太郎
文菊師匠。近年はパワハラが喧しくなった、近所でも昔は雷親父というのがいたものだが、小言も言えない時代になったとマクラで振る。さらに、師匠圓菊はしくじってもいないのに、のべつ小言を言っていたと。「自由が丘で育ちましたみたいな顔して」「学習院を出ましたみたいな顔して」と理不尽が着物を着ているみたいな人だったと振り返っていたのが印象的。貸家を借りたいと言いに来た一人目の江戸っ子職人に対し、「子どもがいない?そんな女房とは別れちまえ」と言う部分はカットしている。良い配慮だと思った。
小せん師匠。「占い八百屋」の型ではなく、「番頭善六」の型で鴻池の番頭と大坂まで行って、お嬢様の病を平癒するところまでしっかり聴かせ、「かかあ大明神だ」でサゲた。神奈川宿の新羽屋で女中おきんを助けてやり、そのご利益でお稲荷様にお嬢様の病を治すお告げを受けるという、極めて理屈に適ったストーリー展開が好きだ。長いので話芸が拙いとダレるが、小せん師匠は飽きさせずに聴かせる技術を持っていると感心した。
喬太郎師匠の「ハワイの雪」。ハワイに住む千恵子さんの死期が迫り、「留吉さん、留吉さん」とうわ言のように繰り返しているという手紙が届き、最初は「何だ、今さら。わしを捨ててハワイに行ったくせに」と強がりを言っていた留吉だが、実のところ「会いたい。めちゃくちゃ会いたい」と本音をこぼすところが良い。
青く晴れた空を見上げて、「この空はどこまでも続いている。人の気持ちは通じるものは通じる。生まれ故郷から後生を祈ってやればいい」と言う留吉の言葉は素敵だ。でも、本音としては初恋の女性、それも幼い頃から将来を誓い合った“ちーちゃん”に一目会いたいという気持ちはよく判る。
ハワイ行きが懸かった腕相撲大会。“越後のトビウオ”留吉と“高田のサルスベリ”清吉の対決に青春譚が詰まっている。清吉も千恵子さんが好きだった、留吉と千恵子の仲を羨ましいと思っていた。だが、留吉が負けそうになったときに呟いた「ちーちゃん、ごめん」という言葉に、清吉は情にほだされた。「行ってこい!わしの分まで看取ってやってくれ」。美しき友情だ。
そして、留吉はハワイへ。庭でひなたぼっこしている車椅子の千恵子と再会する。留吉が「ちーちゃん!」と名前を呼んでも、「やあね、年は取りたくないわ。誰かが呼んでいる声がする。とうとうお迎えが来たのかしら。留ちゃんの声のような…。上越の人がハワイまで来るわけないわ」。だが、目を開けると目の前に留吉がいる。嬉しかったろう。
「久しぶり。そろそろなんだって?」「悔しいわ。私の方が二つ年下なのに」「いい人生だったらしいな」「おかげさまで。子や孫に恵まれて」「わしもこんなじゃじゃ馬と所帯を持たなくて良かったよ」「ご挨拶ね。約束を守れなくてごめんなさい」。このやりとりに、二人は何十年経っても思い合っていることが伝わってくる。
一緒に雪かきをしようと言っていた幼い頃の約束を果たそうと上越の雪を葛籠に入れて持ってきた留吉は、それがすっかり溶けてしまったことに気づき、「粗忽は治らんな」。でも、ハワイにも雪が降って来た。山の上はよく降ることがあるそうだが、平地では珍しい。
「ハワイに雪だ」「私も初めて」「どんどん、降れ!手の中に積もれ!…ちーちゃん、指先を曲げて手を出してごらん…一緒に引っ掻くぞ…ほら、雪かきが出来たな」。千恵子が黙る。「そろそろ逝くか。辛気臭いことを言うようだが、もし生まれ変わったら、同じ年回りで、同じ土地で生まれておいで。次は必ず所帯を持とう」「約束します…ありがとう…」「長くは待たせない。わしももうすぐだ。ちょっとだけ待っていてくれ……降るなあ」。
三味線が雪の合い方を弾き、留吉と千恵子が掌で雪かきをしている情景がくっきりと浮かぶ。最後の「降るなあ」の台詞で涙腺が緩んだ。