新宿末廣亭十二月中席 神田伯山「汐留の蜆売り」

新宿末廣亭十二月中席八日目夜の部に行きました。今席は神田伯山先生が主任を務める興行で、連日の満員札止めである。初日からの伯山先生の演目は①安兵衛婿入り②勝田新左衛門③大高源吾④南部坂雪の別れ⑤忠僕元助⑥淀五郎⑦中村仲蔵。そして、今夜は「汐留の蜆売り」だった。

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伯山先生の「汐留の蜆売り」。茅場町で和泉屋という魚屋を営んでいる次郎吉は、魚屋は世を忍ぶ仮の姿で博奕打ちだ。雪がちらほら降る寒い中、汐留にある大磯屋という船宿に立ち寄り、自宅までやってくれと頼む。船頭の竹は頭痛がすると仮病を言って断ろうとするが、女将から「お前にとって一番大事なお客だよ」と言われ、掌を返したように二階から降りてくる。博奕ですってんてんになったと愚痴をこぼす竹に対し、次郎吉は三分を渡し、さらに料理屋に行って弁当を二人前買ってくるように頼む。

酒をちびりちびりやっていると、店先に年の頃十二、三の小僧が天秤棒を担いでやって来る。蜆売りだ。一杯32文を28文に値引きするから買ってくれと頼む小僧に対し、次郎吉は「全部買ってやる」と金を渡し、「おじさんは食べないから、川へ戻してやってくれ」と言う。小僧は喜んで、川に蜆を戻して帰ってきた。名前は与吉、歳は十二だという。父親は死んで、母は寝たきり、二十五になる姉は“恋煩い”で、自分が蜆を売らなくては生計が立たないのだという。

次郎吉が詳しく事情を訊きたいと言うと、与吉は「この話は面白くないから、やめたほうがいい。つまらなくて、暗くて、ジメジメした話だから」と躊躇っていると、次郎吉は「その話を肴に酒を飲むから話しておくれ」と言う。

与吉は話し出す。姉は器量良しで金春屋で芸者をしていて、小春という。三味線の腕が良くて、庄左衛門という旦那に気に入られた。その息子で二十五になる庄之助という若旦那が姉といい仲になった。だが、父親がその仲を認めず、若旦那を勘当、二人は旅に出た。箱根の木賀の旅籠に泊まると、一階で博奕をしていた。金田龍斎という人が「遊んでいきませんか」と誘い、若旦那は下手の横好きで博奕に加わった。

一回目、二回目、三回目…五回目まで調子良く勝ち続けた。金田は「腕がある。運もある」と言っておだて、「儲けたお金の半分くらい、一遍に賭けたらどうですか」と言われ、若旦那も素直に乗ったが、コロッと負けてしまった。「よし、今度は取り返す」と若旦那が言うので、姉が止めるのも聞かずに、もう半分の金で勝負したら、また負けた。若旦那はムキになって、「今度こそ」と「やめた方がいい」と言う姉の金まで賭けたけど、負けた。すると、金田が「50両貸しますよ」と言うので、負けた分を取り返そうとしたけど、全部取られちゃった。

すると、金田龍斎が「おい、金を返せ」と豹変して迫り、「金がないなら、この女を貰っていく。吉原に売ったら、いい金になるだろう」と言い出した。若旦那と姉は「申し訳ございません。お願いです。許してください」と謝るが、若旦那は殴られ、蹴られ、血だらけになってしまった。実は博奕の客は皆、グルになっていて、若旦那を最初からはめようとしていたのだ。

そこに、年の頃三十一、二の男が「何をやっているんだ」と現れた。「博奕で蔵は建たない。ここに50両あるから持って行け。真人間になれ。そして金輪際、博奕はするな」。そう言って若旦那と姉を助けてくれた。「地獄に仏とはこのこと。神様みたいな人だ」と二人は涙をこぼし、江戸に帰って勘当を許してもらって、夫婦になろうと決めたんだ。

だけど、途中の旅籠で恵んでもらった5両のうちの1両を使うと、お縄になってしまった。小判にトの字の刻印がしてあって、これは屋敷から盗まれた金である証拠なのだという。「誰に貰った?」と役人が訊くが、若旦那は助けてくれた人に恩義があるから、「拾ったんです」の一点張りを貫いた。でも、役人はそれは認めない。若旦那は牢屋に入れられ、3年になる。姉も「私が止めれば良かった」を繰り返して、気がおかしくなってしまった。だから、オイラが蜆を売らなくちゃいけないんだ。

この話を聞いた次郎吉。3年前の箱根木賀の亀屋…、俺だ、俺が良かれと思って渡した金…まさか刻印がしてあったとは…この小僧に蜆売りをさせているのは俺のせいだと思う。

「面白かったよ」と次郎吉は与吉に言い、「この話には続きがあるかもしれないぞ。やがて春が来て、若旦那が牢から出られるかもしれない」。「これを取っておいてくれ」と金を渡そうとすると、与吉は「姉ちゃんに見ず知らずの人から金を貰うと大変なことになると言われているんだ」。次郎吉はそのような金でないと言って、「何かあったら、おじさんのところに来い」。目の前にあった弁当を渡し、「おじさんは腹いっぱいだ。食べてくれ」と言うと、与吉は「こんな豪勢な料理、食べたら罰が当たる。お天道様は見ている。おっかさんと姉ちゃんに悪い」。そこで弁当を二人前追加で注文し、与吉に持たせた。与吉は「おじさん、ありがとう」と言って、天秤棒を担いで帰っていった。

次郎吉は帰宅すると考えた。あいつの手は真っ赤だった。俺のせいだな。俺のせいで皆が不幸になった。盗人なんてろくな商売じゃない。何が義賊だ。もう、娑婆に未練はない。明日、役人に自訴しよう。

そこに「お久しぶりです」と言って、縄抜けしたという須走の熊造がやって来た。親分のお陰で太く短い人生を送ることができた。ここらで自首しようと思った。そのとき、親分のことを思い出した。偶々、同じ大名屋敷で一緒になり、骨を折った自分を親分は助けてくれた。あのときは礼も言えなかった、一言、ありがとうございましたと言いたくて来ました。

次郎吉は熊造に“木賀の亀屋の一件”の話をして、自分も自訴しようと思っていると伝える。すると、熊造は「あと一カ月待ってください。そうしたら、親分のほしいものを土産に持ってきます」と言って去って行った。だが、一カ月経っても熊造は現われない。

蜆売りの小僧の声がする。与吉だ。「これが最後の蜆になるんだ」という。春が来たんだ。話の続きがあったんだ。若旦那が牢から出ることが出来たんだ。姉ちゃんもおっかさんも喜んで元気になった。若旦那は勘当が揺れて、姉ちゃんと夫婦になれるんだ。世の中、捨てたもんじゃない。春が来た。嬉しくなっちゃった。

次郎吉が訊くと、「須走の熊造という人が白状したんだって。全部、話してくれたんだって」。「余計なことを…」と思う次郎吉に対し、与吉は「おじさんの勘が当たったね」。「蜆は売れるか」「売れないよ。皆、人情のない人ばかりで」「じゃあ、おじさんが人情を出すか」「また、川に戻すのかい?」「今度は食おうと思って。蜆汁を食わないか」。

次郎吉と与吉は一緒に蜆汁を食べる。「うめえな」。小僧の笑う顔、それが熊造の言っていた「あなたの喜ぶもの」だったのか。次郎吉はあと数年だけ、娑婆にいるか…と思う。

次郎吉は99か所で3000両という金を盗み、困っている庶民を救い、義賊と呼ばれた。だが、遂に召し捕られ、小塚原で討ち首となった。そのとき、三十六歳。市中引き回しのときには、この義賊に向かって多くの庶民が手を合わせ、涙したという…。鼠小僧と呼ばれた次郎吉の美学に酔った。