もちゃ~ん 春風亭百栄「マザコン調べ」、そしてシス・カンパニー「桜の園」
「もちゃ~ん 春風亭百栄勉強会」に行きました。「トンビの夫婦」「マザコン調べ」「干物箱」の三席。
「マザコン調べ」。店賃を支払わない与太郎がどうみても悪いのに、大家に対して悪態をつく棟梁の不条理が「大工調べ」の底辺に流れているが、それをそのまま現代に持ち込んだ百栄師匠の笑いのセンスが素晴らしいとこの噺を聴くたびに思う。
イーカ堂でアジフライのパン粉付けをしていた社長子息のマキヒコはようやく本社勤めとなり、しかも常務就任というのに浮かない顔をしている。その理由はイーカ堂のレジ係のカズエに片思いしてしまい、その恋が成就しないことにあった。それならばと、マキヒコの母はカズエのアパートに乗り込む。
カズエに対するお願いは極めて慇懃無礼で、そこが底抜けに可笑しい。あなたにはマキヒコのおもちゃ代りになってくれればいい。とっとと済ませてしまえば、マキヒコの気持ちも済むだろう。ちょっとの間でいいの。あなたの身体を自由にさせてもらう代りに、秘書にしてあげる。どうせ尻の軽い女だろうから、野良猫を拾ったと思って可愛がってやる。マキヒコもすぐに飽きるだろう。
散々な言われようにカズエは腹が煮えたぎる思いだが、そこは大人の対応でかわし、ハッキリと「マキヒコさんとはお付き合いできません」と言い切るところはさすがである。
だが、マキヒコの母は逆にブチ切れてしまい、啖呵を切る。これがまた失礼極まりないものだが、かえって笑うしかないという内容でこの噺の真骨頂だ。何言ってるの、このマグロ女!あなたがこの会社の就職試験に来た時、岐阜経済大学の準ミスでしたと言って、ワンレン、ボディコンで現れたときは昭和に戻ったかと驚いた。入社してからもサイコロステーキの余りを貰って命を繋いで、クリスチャン・ラッセンの絵で癒されて、「ジャムの蓋が開かない」「棚に手が届かない」「お弁当を間違えて二つ作ってきちゃった」と可愛がって貰おうと媚びへつらい…。あなたがレジ係として人気が出たのはイトウさんが結婚して田舎に帰ったからじゃないか。以来、レジを打つのはのろまで、間違えだらけで、それによって更年期障害を起こした主婦が何人出たと思っているの!
この後、マキヒコにも啖呵を切れと促す母親だが、その間抜けな与太郎ぶりは本家「大工調べ」を凌ぐ面白さである。「天使と悪魔」同様、春風亭百栄の代表作として燦然と輝き続けているのは、この噺に時代を超えた普遍性があるからだろう。
シス・カンパニー公演「桜の園」を観ました。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんがチェーホフの四大戯曲を原作として、上演台本・演出を担当するシリーズの最終回だ。2013年「かもめ」、2015年「三人姉妹」、2017年「ワーニャ伯父さん」とすべて観てきて、この「桜の園」は2020年に上演が予定されていた。だが、コロナ禍により中止となり、4年後の今回改めて上演されることになった。
主人公のラネーフスカヤ夫人(天海祐希)や兄のガーエフ(山崎一)が長年住んでいた屋敷、桜の園が財政破綻のために競売に出される。この家の元農奴の息子で、今はやり手の商人になったロバーピン(荒川良々)が抵当に入れられた屋敷を救うために繰り返し救済策を提案するが、ラネーフスカヤは厳しい現実に向き合おうとせず、逆に困った貧乏人に施しをしてしまう人の好さ。それがために、最終的には一家はこの屋敷を手放さなければいけなくなる…。
ロバーピンを演じる荒川良々さんの演技が光っていた。チェーホフどころか海外戯曲そのものが初体験で、KERAさんやシス・カンパニーの舞台も初めてという荒川さんだが、「いかにも“百姓”あがりっぽくていい」とKERAさんに褒められたそうだが、大人計画の芝居で見せる荒川さんとは違った一面が良かった。プログラムのインタビューでこう語っている。
演じるロバーピンは登場人物の中で唯一、真っ当なことを言い続ける人。時代の移ろいと共に生活が変わり、人間も変化しなければならないといくら説得しても、桜の園に住む人々には全くもって響かないし、伝わらない。ワーリャ(ラネーフスカヤの養女、峯村リエ)とのすれ違いやラネーフスカヤへの思慕も含め、正しく時代と共に歩んでいるロバーピンが逆に、大切に想う人たちから弾き出される切なさが、自分にとって今回の大事な部分かなと今は考えているんです。以上、抜粋。
そうなのだ。浮世離れしている桜の園の人々のことを思えば思うほど、その対立軸になってしまうロバーピンの切なさが僕の中では一番印象に残った。
あとは「桜の園」は喜劇か、悲劇か問題。チェーホフは「桜の園」執筆の際、自身で「ドラマではなく、喜劇(コメディ)で、ところどころ笑劇(ファルス)でさえある」と書き、タイトルに「喜劇」と書き添えた。ところがこの戯曲をチェーホフの最高傑作と絶賛した演出家スタニスラフスキーは「あなたは喜劇と言うけれど、これは圧倒的に悲劇です。私は涙を抑えられなかった」とチェーホフに手紙を書いたという。
これについて、プログラムの中でKERAさんはこう答えている。
チャップリンの有名な言葉ですが、近くで見ると悲劇的なことでも、俯瞰で見ると喜劇になる。「桜の園」の登場人物を俯瞰した目で眺めてください。「金欠だとわかっているのに、浮浪者に大金を与えてしまうラネーフスカヤ」、「桜の園が売りに出されているのに、ビリヤードに没頭するガーエフ」、「さんざん解決策を提案しても、相手にされないロバーピン」、「誰も理解してくれないのに熱弁をふるうトロフィーモフ」。皆、可笑しいでしょ?近距離で見ると悲劇に思えることが、俯瞰するととたんに喜劇に転じる。ただ、チェーホフの視座は陰うつでアイロニカルだから、観客は“笑っていいのかな”と不安になる。特に日本人はまわりの空気に合わせてしまうことがあるので、背中を押してもらわないと一人だけでは笑えないことが多い。そういう人たちのために、笑っていいポイントを教えてあげる指示棒を作ってあげなくてはいけない。その作業が、上演台本や演出の、重要な仕事のひとつだと思ってるんです。以上、抜粋。
なるほど!その点において、KERAさんの上演台本や演出は「桜の園」をチェーホフが願った喜劇として観ることに成功している。まあ、これが悲劇か、喜劇かはどうでも良くて、「とても面白い芝居だった」という感想を素直に持てたのは、ひとえにKERAさんの素晴らしさだと思う。