渋谷らくご10周年記念興行 神田伯山「万両婿」春風亭一之輔「笠碁」

渋谷らくご10周年記念興行を配信で観ました。

「粗忽長屋」柳亭明楽/「明烏」入船亭扇遊/「睨み返し」柳家小里ん/「万両婿」神田伯山

明楽師匠。“行き倒れの当人”の八五郎に「渋谷らくごから出演のオファーが来た。それも扇遊師匠、小里ん師匠、伯山先生との共演。生きた心地がしなかった」と言わせ、「それが死んだということだ」と説得されるのが可笑しかった。

扇遊師匠。マクラで「渋谷らくごに出演するたび、楽屋に喜多八師匠と左談次師匠の遺影が飾られていて、しんみりしてしまう」とおっしゃっていたのが印象的だった。「自分もいつかここに仲間入りするのかと思う…」、そんなことおっしゃらずに、まだまだ素敵な落語を聴かせてください。

小里ん師匠。師匠小さんを彷彿とさせる高座だ。借金の言い訳屋が口も利かずに煙管を持ちながら険しく睨む表情が絶品。あれなら、米屋も魚屋も一瞬にして「すみません!」「さよなら!」と退散してしまうのもよく判る。大日本愛国党の赤尾敏の許で3年修行したという剛の者は多少歯応えがあったが、それでも最終的には尻尾を振って逃げてしまうという…。ザ・柳家を観た。

伯山先生。せっかちな大家によって間違いが起きるという演出で実に笑い沢山な高座に仕上げているのは流石だ。小四郎と思われる、実は若狭屋甚兵衛の遺体を見て、藤助は「どう見ても別人だ」と主張するのに、大家が「間違いない。あったかいうちに!」と押し切ってしまうところから滑稽が始まる。

おときさんの後見に従兄弟の佐吉が入って小間物屋を営むと、早速大家は再婚を勧める。「小四郎さんは生きているのでは。せめて百箇日を過ぎてから」と、藤助も佐吉もおときも皆が口を揃えて言うのに、大家が「あったかいうちに」と縁組をしてしまう強引さが可笑しい。

実際、小四郎は帰ってきた。困った大家がおときに気持ちを訊くと、「小四郎さんは優しくて不憫でならない。でも…佐吉さんはちょっとだけ意地悪なところが好き」。「おときは佐吉に譲れ、店もこの夫婦に渡せ、そしてお前はどこかに行って、死んでしまえ」と大家に不条理なことを言われた小四郎…。

でも、最終的に見事な大岡裁きで、若狭屋の二十一になる絶世の美しさの女房およしと三万両の身代を受け継いで、二代目若狭屋甚兵衛として人生の再スタートを切ることができた小四郎が打って変わって満面の笑みを浮かべる…。大家のせっかちが小四郎の逆転人生を呼ぶというハッピーエンドな読み物として、とても愉しく聴くことができた。

「徂徠豆腐」三遊亭兼太郎/「楽しい山手線」古今亭駒治/「紫檀楼古木」春風亭朝枝/「笠碁」春風亭一之輔

兼太郎さん。上総屋七兵衛の江戸っ子気質が良い。あなたはいずれ世に出る人だ。俺は人を見る目があるんだ。そう言って、5日分の豆腐代金を出世払いにした上で、おからを毎日届けてあげる人情が素敵だ。出世した荻生徂徠が豆腐代金として20両を渡し、おからの御礼として火事で焼失した店を建て直してあげた。まさに情けは人の為ならず。

駒治師匠。山手線に急行が導入されたら…。戦々恐々となる駅の擬人化が愉しい。日暮里と西日暮里は姉妹なのね。田端はJR東日本の本社があるから泰然としている。御徒町は上野の威を借りているだけ。高田馬場は早稲田大学の最寄駅と言えるのか。大正3年にできた新大久保が未だに新人扱い。高輪ゲートウェーはコロナ禍のどさくさで出来た等々、マニアックな蘊蓄がいっぱい!最後に五反田、日暮里、神田の3駅の中でどこを急行停車駅にするかを客席の拍手で決めるのも面白い演出だった。

朝枝さん。煙管で煙草を吸う仕草をゆっくりじっくり見せる。羅宇屋が煙管を挿げ替える丁寧な仕事を詳細に見せる演出も良い。牛若の御子孫なるか御新造が我をむさしと思い給ふは。弁慶と見たはひが目か背に負いし鋸もあり才槌もあり。弁慶にあらねど腕の万力はきせるの首はぬくばかりなり。老成した芸にぴったりの噺だ。

一之輔師匠。待ったをお願いした六ちゃんと待ったを許さない竹ちゃんの子どものような喧嘩が可愛い。10年前の暮れの28日午後6時25分に都合してあげたお金、正月20日に必ず返すと言っていたのに、2月まで待ってくれと頼みに来て、俺は待てないと言ったか?

8ツのとき、学校帰りに空き地で竹ちゃんが野良犬に悪戯をして追いかけられていなくなったとき、俺は戻ってくるかもしれないと雨の中、ずぶ濡れになりながら待っていた、お陰で三日熱を出して寝込んだ。六ちゃんが竹ちゃんを「待ってあげた」エピソードを言えば言うほど、竹ちゃんも意固地になるのが可笑しい。

雨が何日も続いて、碁仇を失った六ちゃんの描写も良い。孫に向かって「友達は選ぶんだよ」と忠告したり、飼い猫のタマが手を引っ掻いたら「この猫はあそこのと兄弟だったな!」と言ったり、番頭が「お忘れになった煙草入れをお届けに行きましょうか」と言うと「余計なことをするんじゃない!それがあれば来るかもしれない」と言ったり。

やがて菅笠を被った案山子みたいな竹ちゃんが店の前に現れ、行ったり来たりする様子に六ちゃんが一喜一憂するのも可笑しい。「来た!碁盤を出せ!お茶に羊羹だ!」「行っちゃったよ」「あっ!郵便ポストの前で考えている!」「また行っちゃった。もう碁はやめよう」「今度は戸袋の前で考えている!」。

最終的に竹ちゃんが「ヘボの家にあると煙草入れまでヘボになるから取りに来た!」と言うと、六ちゃんが「ヘボか、ヘボじゃないか、一番くるか!?」。結局仲直りして、「これからもよろしくね!」。素敵な友情物語である。