趣味どきっ!春風亭一之輔の江戸落語入門(3)(4)
NHK―Eテレ「趣味どきっ!」ニッポンを楽しむ!春風亭一之輔の江戸落語入門の第3回と第4回を観ました。
第3回は「食欲そそる!おいしい噺」。
深川江戸資料館での収録。二八そばの屋台を再現した展示を紹介していたが、あんなに大きくて重いものを担いで歩いていたというのは凄いなあ。一之輔師匠がちょっと担ぐ格好をして、「そばぅー」と売り声をやってみせたが、雰囲気が出ていて良かった。
取り上げた噺は「時そば」。落語をほとんど知らないという人でも、一文かすめる噺として知っているのではないかと思われる、スタンダードナンバーだ。2004年の古今亭菊丸師匠の映像が流れたが、寒い季節に温かい蕎麦を食べる仕草が落語初心者にもとっつきやすく、落語の愉しさの第一歩となる噺ではないか。
ご多分に漏れず、番組でも一之輔師匠に蕎麦を食べる仕草を実演させていて、「恥ずかしい」と言いながら演じていた。随分前に柳家小三治師匠が「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演されたときに司会者が「蕎麦を食べるところをやってくれませんか」とリクエストしていて、「小三治師匠の凄さはそこじゃないのになあ」と思ったのを思い出したが、テレビマンの発想としてはどうしてもそこに行き当たるのだろう。
でも、今回は一之輔師匠にうどんを食べる仕草もやってもらっていて、蕎麦とうどんの違いが明確に見えて、落語という芸能の奥深さを見せていたのは素晴らしいと思った。
さらにこの番組の制作者がすごいと思ったのは、一之輔師匠ならではの「時そば」の演出をよみうり大手町ホールの一之輔十五夜の映像で紹介したことだ。塩辛い汁に対し「痛い!眉間が割れる!」、コシのない蕎麦に対し「離乳食かよ!」。一之輔師匠いわく、「こういうギャグをくすぐりと言うんですが、アドリブで出てくるんです」。江戸落語の魅力に加え、一之輔落語の魅力も浮き上がらせているのは素晴らしい。
もう一つ、「目黒のさんま」を取り上げた。2015年の柳亭市馬師匠の映像で紹介していたが、焼き立てのさんまを「チュープー、チュープー」という擬音で表現し、真っ黒に焼けた姿を「爆弾か!」と表現して、いかにも美味しそうに食べる様子が「時そば」同様、とっつきやすい落語だ。
普段は冷めた鯛の塩焼きを食べている殿様が、野駆けをした後に青空の下で庶民の食べ物だったさんまを食べたときの喜び。これを一之輔師匠は盆踊りのときの焼きそば、関根勤さんが海の家で食べるカレーライスに喩えていたのは巧い。
さらに歌川広重が描いた名所江戸百景の「目黒爺々が茶屋」を紹介し、目黒がいかに当時は田舎であったかということだけでなく、三代将軍家光が鷹狩りに行ったときにこの茶屋に寄ったこと、この茶屋は彦四郎という普段は農業をしている爺さんが営んでいたこと等が解説され、大変勉強になった。
食べる仕草として、「饅頭こわい」の饅頭や、「初天神」の団子、「明烏」の甘納豆を一之輔師匠が演じてみせて、落語は喋るだけではなく仕草も多彩で、聴き手の想像力を喚起する芸能であることを示していたのは良かった。
第4回は「強くてしたたか 女性の噺」。
一之輔師匠が落語に出てくる女性は、亭主を尻に敷くおかみさんや客を手玉に取る花魁など、強いキャラクターが多いと言っていたが、本当にそうだ。
まず取り上げた噺は「紙入れ」。2011年の古今亭菊之丞師匠の映像が流れたが、女性の演じ方の独特の手法があることがわかる。肩を落とす、手の置き方を工夫する、襟元を合わせる…。これらによって、“女性らしさ”が出るのがよくわかった。
同じ「紙入れ」の映像で、1998年の桂歌丸師匠と2021年の柳家喬太郎師匠の映像を紹介して、比べたのが興味深かった。歌丸師匠は手の使い方が実に巧み。これに対して、喬太郎師匠は羽織を肩脱ぎにしながら「私、捨てられるんだあ」と相当したたかなおかみさんをデフォルメして演じているのが強烈だ。
また、間男という用語こそ出てこなかったが(放送では不倫という言葉を使っていた)、その現場を取り押さえられたら、斬られても仕方ないほど罪が重かったと紹介していた。武士の世界では死罪もあった、町人は金で示談ということが多かったようと一之輔師匠が説明を加えていた。
サゲを当てるクイズ。「女房を取られるようなバカな男だ…」に続く言葉に、乃木坂46の冨里奈央さんが「そんな粗忽者、斬ってしまえ!」と回答していたのが可愛らしくて面白かった。上方落語では一味違うサゲがあって、「そんな男の顔が見てみたい」とおかみさんが言うと、亭主が「大方、こんな顔だろう」と自分の顔を指すという…なんともブラックなサゲを紹介していたのも良かった。
もう一つの噺は「品川心中」。売れっ子ナンバーワンだったお染の人気が急落して、紋日の支度ができずに金造に心中を持ち掛ける。歌川広重が描いた江戸名所百景の「よし原仲の町桜の紋日」を見せて、“紋日”の説明をし、色を売る商売がいかに見栄の世界だったかという時代背景を示していた。
2009年の橘家圓蔵師匠の映像を紹介して、お染のしたたかさ、それとは正反対の金造の間抜けを表わしていたが、冨里奈央さんが海に飛び込んだ金造のその後が気になると訊くと、一之輔師匠が「品川の海は遠浅で、膝丈くらいしか水深がなかったので、助かった」と説明した。
でも、その後に金造は親分のところに行って騙された事情を説明して、お染に仕返しに行くというストーリーだが、「長いので大概の人が親分のところに行って一騒動というところで終えて、品川心中の序でしたで終わる場合が多い」と一之輔師匠が解説していた。寄席や落語会には持ち時間というのがあって、時計を見ながら噺を伸ばしたり縮めたりする、自分の独演会などでは最後まで演じることもあると丁寧な解説をしていて、一之輔師匠のお人柄が滲んでいた。
番組のテーマとは別に、「お薦めの落語家」紹介のコーナーがあって、弁財亭和泉師匠が取り上げられていた。映像は「匿名主婦只野人子」で、カニクリームコロッケが2割引きになっているので買おうとすると、人子が「待ちな!半額になるまで待つんだ」と止める場面が出ていた。江戸落語入門ではあるが、あえてこういう現代を舞台にした新作落語というのもあるんですよと紹介しているところが素敵だと思った。