立川談春独演会「居残り佐平次」、そして禁じられた噺 桃月庵白酒「不動坊」
立川談春独演会に行きました。芸歴40周年のシリーズ最終回。僕は全20回のうち、14回行くことができた。きょうは「火事息子」と「居残り佐平次」の二席。
「居残り佐平次」。佐平次が新橋の居酒屋で知り合った“極新しい友達”4人を誘って、品川の大きな廓で居残りの確信犯で遊ぶ肝っ玉の大きさがすごい。遊びの方も常に主導権を握って、遣り手のおばさんに口を挟ませない。佐平次がこの手の遊び方に手慣れているのだなあと感じる。
翌朝、他の4人が夜明け近くに帰ってしまって、11時過ぎまで寝坊している佐平次のところに若い衆がやって来る。「おはよう!」と妙に明るく振る舞うと、「毒は毒でもって制す」と言って、昨夜より辛口の酒2合とマグロの中トロを注文し、「お直しですか」と訊かれ、「当たり前だ。お天道様が真上にいるときに帰れるか」。気持ち良くうたた寝をしているところに掻巻を掛けられ、若い衆に起こされたのが午後3時。湯に行って、さっぱりしたいと手拭いを求める。
若い衆が「替り番なので、お勘定を…」と言うのを押し返して、湯に行って戻ってくると、「腹が減ったね」と鰻の中串を注文。若い衆が再度「お勘定…」と言うと、「何を言っているの!」。お前さんは客を愉快にするのが商売だろう、それが終わったときに払う、まだ“最後”までいっていないという。俺は“夢追い人”、男というものは時間があっても金がないか、金があっても時間がないかのどちらか、そこを俺はずーっと遊んで、どこまでいったら飽きるのか、誰もが登れなかった頂に到達したいのだ、とすごい理屈をこねる佐平次はすごい。
それでも若い衆が「あなたの粋はわかるのですが、御内所が五月蠅いんです。私の立場も考えてください!」と懇願するも、佐平次は「ここで漢気を出さないで、どこで出すんだ。お前の器量で何とかしろ。お前の言うことは親切だが、その先を超えた誠ではない」とまた理屈をこね、挙句に「勘定、勘定言うと、感情を害するよ!」。
すると若い衆も豹変する。「払ってくれないかな。払えよ!使っていないものをくれと言っているんじゃない」と強硬になる。佐平次もその辺は計算済みで、「少しは目端の利いた仕事をしろ!先が見えないのか?俺が払えるけど、何でこんなことをやっているか、考えろ!」と突っぱねる。「昨日のあの4人がきょうはすぐにでも裏を返そうとやって来るんだ、江戸っ子の本寸法の遊びをしようというのがわからないのか!いいよ、払ってやるから。金は吐いて捨てるほどあるんだ。勘定書、出せよ!おたおたしないで出せよ!」。結局、若い衆が煙に巻かれて、鰻の中串と酒を佐平次にご馳走になるという格好だ。
翌朝、疲れ切って涙ぐんだ若い衆がやって来る。「4人の方はお見えにならなかた…」。手をついて、頭を畳にすりつけて、「お願いします!助けてください!」。佐平次は「できることなら、何でもするよ」と言って、勘定書を渡され、「安い!」と言った後、「でも、ない!お金がないの!」。悪い洒落だと思っていた若い衆の顔が青くなり、「お友達が払ってくれないのか」と訊ねると、「友達?極新しい友達。どこの人だろうなあ」。あとは居直って、「しょうがない。成り行きだ。行燈部屋にでも下がりましょう」。平気な顔して、布団部屋に押し込まれる。
佐平次のすごいところは、この後だ。若い衆顔負けの活躍で二階を稼ぎまくるのだ。紅梅さんのところの勝っつぁんには、「若い衆みたいなものです。勝っつぁんに会いたかった!あの男嫌いで有名な花魁がベタ惚れですよ。あなたが店に来たのが8時すぎでしょ。急に紅梅さんの様子が変わった。仲間に良かったね!今晩はお楽しみ!なんてからかわれて、グニャグニャになっちゃった」。「あんまり紅梅さんが“ウチカッツァン”ばかり言うのを聞いて、おばさんが五月蠅いよ!と叱ったら、燗冷ましを一息で飲んで粋な音締めで一節唄って、カッツァン…。あなたのことでどうしてこんなこと言われなきゃいけないの…」。「どうして紅梅さんはあなたと会うとあんなに変わっちゃうのか。色々な技を使うんでしょ!」。勝っつぁんを持ち上げるだけ持ち上げて、酒をご馳走になるばかりか、祝儀まで貰ってしまう佐平次の口八丁手八丁がすごい。
お座敷が白けると、芸者を呼ぶよりも「あの面白い居残りを呼べ」と声が掛かって、「ちょいと、イノドーン!13番でお座敷ですよ!」。佐平次の尻っぱしょりをして赤いステテコを見せながら登場し、「ズドーン!」。この店一番の太い客と二番目の太い客が居残りの取り合いをするという…。若い衆の祝儀が全部、佐平次に集中してしまうのは、それだけ幇間的な才能に長けていたということだろう。無銭飲食無銭遊興の犯罪だが、店を活気づけて好景気を呼ぶという意味においては大きく貢献しているという見方もできるのではないか。談春師匠の佐平次像にそんなことを思った。
上野鈴本演芸場十月下席六日目夜の部に行きました。桃月庵白酒師匠が主任で、「禁じられた噺」と題したネタ出し興行。きょうは「不動坊」だった。
「転失気」桃月庵ぼんぼり/「猫と金魚」桃月庵白浪/太神楽 鏡味仙志郎・仙成/「初天神」柳家さん花/「長短」柳家喬之助/漫才 風藤松原/「コンビニ強盗」春風亭百栄/「天狗裁き」春風亭一之輔/中入り/民謡 立花家あまね/「金明竹」隅田川馬石/奇術 ダーク広和/「不動坊」桃月庵白酒
白酒師匠の「不動坊」。お滝さんが自分の女房になることが決まって、すっかり浮かれている吉公がまず愉しい。♬お滝さんが来るぅ~、うちのかみさんになるぅ~、俺が亭主になるぅ~。自分で作詞作曲した歌を歌いながら、湯屋へ行ったら、余りの嬉しさに手拭いの代わりに鉄瓶を持ってきている。そして見ず知らずの風呂から上がった人を捕まえて、強引に湯船に一緒に入り、お滝さんとの会話という妄想に付き合わせるのが最高に可笑しい。
これからはずっと一緒。まさかこんなことになるとは嬉しいですよ。人生というのはわからない。色々あって大変だったと思いますが、落ち着くところに落ち着いたということでしょう。「でも、なぜ、あっしか」と言って、鍛冶屋の鉄っつぁん、ちんどん屋の万さん、梳き返し屋の徳さんの悪口を並べた後、「でも、金でしょ?借金の肩代わりをするからでしょ?…本当に私のことを!?ありがとうございます!これからもよろしくお願いします…他人行儀な…お滝!と呼ぶので、お前さん!と応えてください…恥ずかしがらないで!」。「お滝!」「お前さん!」の呼び合いに見ず知らずの人が付き合わされ、挙句に本気になって抱きついちゃうのには大笑いだ。
そして、徳さん、万さん、鉄っつぁんの3人による“不動坊幽霊作戦”。幽霊役で呼ばれた林家彦六の弟子のドブ六の自分を売り込もうとするところや、色の黒い鉄っつぁんが闇に紛れて存在を忘れられるところも面白いが、何と言っても万さんの「せっかくだから」が秀逸だ。
ウスドロ担当で太鼓だけ持ってくればいいのに、大安売りの看板を背負ってちんどん屋そのもので現れる件、幽霊火を熾すためにアルコールを買って来てくれと頼まれたのに、隣町の菓子屋まで行って上等の餡ころを一升瓶に詰めて持ってきた件、万さんが「皆に喜んでもらおうと思って…」という台詞に悪意がないのがいい。徳さんが「分別のある大人のやることか!」と怒鳴ると、万さんが「そこまで言うのなら、こうやって夜中に他人の家に屋根に登って幽霊を出そうとしていることは分別のある大人のやることか!」と返したのは尤もだ。徳さんが「正論はやめろ!」と言うのも可笑しい。
ウスドロを求められ、自棄になった万さんが泣きながら「一番太鼓」を叩いたり、ドブ六が下まで降り過ぎてへっついに腰掛け、“へっついの妖精”みたいになったり、吉公が墓を建てて菩提を弔うと言うと、「そんなことしなくても、頂けるものを頂ければ浮かばれる」と言って、3円渡されると割りにくいからと4円に値上げ交渉したり、終始ドタバタなコメディを観ているような愉しい高座だった。