歌舞伎「権三と助十」、そして立川談洲「三方一両損」

錦秋十月大歌舞伎昼の部に行きました。「平家女護島 俊寛」「音菊曽我彩」「権三と助十」の三演目。

「権三と助十」神田橋本町裏長屋は大岡政談を越前守を主人公にするのではなく、長屋に生きる庶民の側から描いているのが面白かった。夏の庶民の風物詩である“井戸替え”の風景が折り込まれているのも良かった。

先頃まで長屋に住んでいた小間物屋彦兵衛が旅籠屋の女隠居を殺害し、百両の金を盗んで捕らえられ、牢の中で死んだ一件。息子の彦三郎(尾上左近)は父が思いもよらぬ大罪を犯したことが信じられず、大坂から駆け付けた。

家主の六郎兵衛(中村歌六)が、彦兵衛はお白州で全てを白状したらしい、一旦結審した裁きは覆すことは難しいと言うが、彦三郎は納得できず、駆け込み訴えをすると言い始まる。それを援護するように、同じ長屋の住人である駕籠かきの権三(中村獅童)と助十(尾上松緑)が「女隠居が殺された日の夜、左官の勘太郎が天水桶で着物の袖を洗っていた」ところを目撃したと語る。

ここで家主の機転だ。彦三郎と権三と助十の3人をわざと罪人に仕立て、奉行所に引き渡し、お白州の取り調べで事の真相を語らせようという作戦だ。

だが一カ月後、勘太郎(中村吉之丞)は証拠不十分で釈放された。権三と助十は虚偽を証言した咎で捕らえられるのではないかと逆にびくびくだ。勘太郎は“御礼”だと言って、権三と助十のところに角樽と肴を持って訪れ、「俺は普段から殺しでもするような奴だと思われているからな」と嫌味なことを言う。権三と助十は勘太郎の態度に腹を立て、勘太郎を縄で縛ってしまう。

そこに役人・石子伴作(河原崎権十郎)が現れて、勘太郎の罪状が明らかになったと言って、勘太郎を召し捕って連れて行く。権三と助十たち長屋の連中は「???」と茫然としているところへ、家主の六郎兵衛と彦三郎が戻って来る。

勘太郎が真犯人と判ったのは、証拠不十分で釈放したときに隠し目付に尾行させたからだった。勘太郎は何も知らずに、長屋の天井に隠していた血染めの財布を竈で焼き、証拠隠滅を図ったのだという。

さらに越前守がすごいのは、最初から彦兵衛が無実であることを覚っており、真犯人を明らかにするために、「彦兵衛が牢内で死んだ」と虚偽を言い触らしてしたのだった。あっぱれ、大岡越前守!の芝居だった。

夜は「ふくらぎ~立川談洲ツキイチ落語会」に行きました。「三月丗一日の一」「三方一両損」「ねずみ」の三席。

「三月丗一日の一」は来年3月31日に開催される擬古典落語の夕べで掛ける候補作を実験的に演じたもの。この後も何作か創り、その中から演じるそうだ。なので、詳細は書かない。「上は洪水、下は大火事、これは何?」という謎を知りたかったら「2円50銭払え」と考えもの屋を名乗る男に言われた太助夫婦。さぞかし難問だろうと、町内の人々を総動員して“答え”を見つけようとするうちに、天変地異が起きるのではないか?とか、幕府転覆を狙う狼煙ではないか?とか様々な憶測を呼ぶという…。なかなかの傑作だった。

「三方一両損」。大工の吉五郎と左官の金太郎が柳原で吉五郎が落とした三両の貰い手を巡って喧嘩。仲裁に入った大家に対し、吉五郎は「店賃を毎月きちんと払っているから、自分の店子に味方するのが当たり前なのにどういうことだ!この糞ったれ大家!」と啖呵を切ると、金太郎も吉五郎を気に入ってしまうのが可笑しい。すっかり意気投合して、「金ちゃん!」「五郎ちゃん!」と呼び合うという…。

お白州での大岡越前守が“三方一両損”の裁きをするが、吉五郎も金太郎も「えー!さっぱりわからない!2両貰えるなんて、気持ち悪い。そのしたり顔が理解できない」と言うのが愉しい。越前守が「もし、3両貰いおかば…」と説明するも、「3両貰っていないんですが」。「平等に1両損をしているという…」に「俺、いつ、1両損したんですか?」。タジタジの越前守が可笑しかった。

「ねずみ」。人情噺っぽいのを避けているのが面白い。ねずみ屋の主人・卯兵衛が訊かれもしていないのに、「なぜ自分が腰が立たなくなったのか。なぜこんな物置きで息子と二人で旅籠をやっているのか」を喋りたがるのが可笑しい。甚五郎が「じゃあ、聞きましょう」と言うと、講釈のようにリズミカルにテンポよく事情を説明する卯兵衛。甚五郎が「鼻につく。随分色々な人に喋っているとみえて、話がこなれていて、響かない」というのが笑える。

動く木彫りのねずみが評判になり、虎屋の乗っ取りのあくどさが噂になると、虎屋は飯田丹下に虎の置物を彫ってもらう。そのときに、江戸から再訪した甚五郎が「あの虎の目には曇りがある。恨み、つらみがこもっている。子供だましだ」と評すると、それまで「立派な虎だ」と絶賛していた人々が一転して、「そうだ、そうだ、子供だましだ」と同調するのは、彫り物の本質を理解せずに大勢に流される素人を皮肉っていて良いと思った。