NHK新人落語大賞 桂三実「早口言葉が邪魔をする」
令和6年度NHK新人落語大賞を観ました。
激戦だったと思う。審査員の票が割れて、最終的にはそれぞれの“好み”が決め手となる採点になったのではないか。その中でも、現役の噺家である柳家権太楼師匠と桂文珍師匠がともに、桂三実さんと春風亭一花さんに10点満点をつけていたことから判るように、この二人のどちらかが優勝するのが妥当だと思ったし、実際三実さんが優勝したことに納得がいった。
三実さんの「早口言葉が邪魔をする」。去年の決勝に出場したときには、大阪ローカルの笑いに若干の苦言があったことを反省材料に、今回は全国の人にわかりやすい早口言葉を題材に選んだ演目を演じたことが勝利につながったと思う。
学校の教師が「早口言葉は言いにくい言葉を三回言う。現実にありえない内容でいいのだ」と言っていたと息子から聞いて、主人公の父親がファミレスに行くと、沢山の聞き慣れた早口言葉が現実に起きている現場を目の当たりにする…このストーリー構成が実に面白かった。しかも、早口言葉を大量に繰り出す噺だが、三実さんは臆することなくチャレンジして、一つも噛むことなく高座を乗り切った。この勇気は讃えられて然るべきだろう。堂々の優勝だ。
一花さんが優勝してもおかしくない実力を発揮した。「駆け込み寺」は先代柳朝師匠のために鈴木みちを氏が創作した新作落語を当代の柳枝師匠が掘り起こし、一花さんに稽古をつけたネタだ。八五郎とお崎の夫婦がお互いに惚れ合っているのに、どちらも焼き餅やきでせっかちなために夫婦喧嘩を起こして、離縁騒動を起こしてしまうが…。最終的にハッピーエンドになる噺運びのテンポの良さに加え、下町出身の江戸弁の冴え、独自のクスグリも優れ、自分の噺にしていることが伝わって頼もしく思った。
点数的には最下位だった鈴々舎美馬さんの「死神婆」だが、僕はもっと評価されるべきだと思った。柳亭こみち師匠が「死神」を改作した噺だが、これを美馬さんが大幅にオリジナルのアレンジを加えて拵えた良い高座だと思った。ホストの男に貢いだ末に捨てられしまった主人公が世を儚んで死のうとするところを死神に出会うのだが、この捨てた男の種をお腹に宿していたことが、噺の最終盤に生きる。命の尊厳を訴えるメッセージもあり、感心した。マイナス要素としては、週刊少年ジャンプの人気漫画「呪術廻戦」の領域展開や、SNSでのクソリプといった今風の表現を取り入れたことが高齢者の聴き手には理解できないのではという危惧を僕は感じた。審査員の権太楼師匠は「落語と一人芝居の違い」について指摘していたが、これも敗因の一つかもしれない。
桂九ノ一さんは「天災」で短気で乱暴な主人公が心学に説き伏される様子をユーモラスに描いた。昔昔亭昇さんは「やかんなめ」で癪の合い薬であるやかんにそっくりと頼まれる禿げ頭の侍の人柄を愉しく表現した。お二人とも、アグレッシブな高座が印象的に残った。九ノ一さんを文珍師匠が「元気」、昇さんを権太楼師匠が「可愛い」と講評していたが、それ以上のプラスアルファが必要だったのだろう。
笑福亭笑利さんは「天狗裁き」で挑んだが、他の5人の出場者と比べると、個性がないと感じた。文珍師匠が「人物の演じ分けがほしい」と言っていたし、堀井憲一郎さんが「同じことの繰り返しでダレる噺なので、そこに工夫が足りなかった」と評したが、全くその通りだと思った。
今年度の新人落語大賞には、東京予選に90人、大阪予選に40人の応募があったそうだ。明らかに東京の方が多い。それなのに、決勝に進出するのは東京3、大阪3という枠はずーっと変わっていない。このバランスの取り方は果たしてどうなのか。
1次予選はビデオ審査、2次予選はNHKの制作スタッフを前にしての実演審査、そこで選ばれた6人が決勝に進出する。この6人を今度は現役の噺家2人を含む外部審査員5人によって採点し、優勝を決める。予選と決勝では審査基準も随分違うのではないかと思う。特に赤江珠緒さんと片岡鶴太郎さんは落語をどれだけご存知なのか。
まあ、それほど目くじらを立てるものでもないかもしれない。若手落語家のコンクールはあちこちで開かれている。北とぴあ、さがみはら、渋谷らくご、公推協杯…、NHKが一番権威があるというわけではない。現在一線で活躍している噺家さんには、NHKの大賞を獲っていない人も沢山いる。獲っている人でも、その後にパッとしない人だっている。優勝するに越したことはないが、優勝を逃したことで噺家人生が暗くなるわけでもない。要はこの経験をこの先の修業にどれだけ生かせるかが大事だと思う。
若手噺家の励みとして、そして落語ファンが一緒に盛り上がるお祭りとして、これからもNHK新人落語大賞が続いていくことを望みたい。