港家小ゆき之会「ディアボロス生命(株)」

「ただいま。~港家小ゆき之会」に行きました。「ディアボロス生命(株)」と「ディアボロス生命(株)~ルミの場合」の二席。曲師は佐藤一貴さん。

小ゆきさんが鼻中隔湾症と副鼻腔炎の治療で入院していたが、その復帰高座である。医師に「もしかすると声が変わるかもしれない」と言われていたそうだが、そんな心配も吹っ飛ぶ口演。一昨年に創作した「ディアボロス生命(株)」の続編をネタ卸しする意欲的な会だった。

「ディアボロス生命(株)」は木馬亭で初めて聴いたときには、「?」と思ってしまった独創的な浪曲だが、今回フル尺で聴いて、「なるほど!」と合点がいった。人間の寿命とか、死生観について考えさせるとても良い新作浪曲である。

ディアボロスとはラテン語で「魔王」という意味だそうだ。主人公のフジテルオは営業マンのカマタツトムと出会い、自分の人生に対してある決断をする。テルオはミュージシャンだが、自分の音楽が一般に人々になかなか理解されず、世を儚んで死のうと考えていたときにカマタと出会った。

ディアボロス生命は「命を十分に活用することをモットーに寿命を調整し、望みの人生を叶えてあげる」という。安定した印税生活を送る「小川のせせらぎコース」やヒット曲をある程度飛ばして有名になる「天竜川コース」などをカマタは薦めるが、テルオは太く短いが怒涛の人生を送る「ナイアガラの滝コース」を選んだ。

テルオの許にレコード会社が訪れ、契約金1億円を貰う。そして、リリースするCDは次々とヒットを飛ばし、武道館コンサート成功を皮切りに、ドームツアー、世界各国でも受け入れられ、グラミー賞を受賞。金も名誉も手にするが、「余生半年」をカマタから告げられる。すると、おかしなもので「死にたくない。長生きしたい」とテルオは思い始める。

しかし、それはコースを選んだ時点で引き返すことができないとカマタは言う。ただし、寿命を1年だけ延期する契約変更はできると言われ、それを選んだ。途端にレコード会社は倒産し、身体のあちこちが病気になる。後悔のない人生を送ろうと、惚れた女性にプロポーズして結婚、残りの1年は充実の日々を送れた。だが、寿命の最期の日は残酷にもやってくる。妻が自分の種を宿したが、テルオは27歳という若さであの世に逝ってしまった…。

今回新たに創作された続編は、このテルオの忘れ形見の娘テルミの物語だ。彼女は二十歳の誕生日に貨物列車に轢かれようと線路の上に立っている。“伝説のブルースシンガー”と呼ばれた父の顔も見たことのないテルミだが、母親も亡くなってしまい、生きる希望を喪失したのだった。だが、時刻がやって来ても列車は来ない。そこへディアボロス生命のカマタが現れ、人身事故が起きて運行が休止になったと知らせる。

そしてカマタはテルオにそうしたように、いくつかのコースを用意し、人生の選択を誘う。だが、テルミはその勧誘に乗らずに、自分で生きることを決意する。歩いていると「入居者募集」の貼り紙が貼られたアパートを見つける。その扉にはギターが置かれていた。テルミはそのアパートに住むことを決め、拾ったギターで思い付くままに曲を奏でた。すると、アメリカ人らしき男がブルースバーに誘い、テルミに演奏をさせる。これがきっかけとなって、テルミは“ジョンハートルミ”として世に出ることになる。

その40年後、六十になったテルミは病気になり、入院をした。ディアボロス生命のカマタが現れたが、彼女は見向きもしなかった。半年後に退院すると、音楽をめぐる状況はすっかり様変わりしていた。サブスク、オンライン、デジタル…、音楽の価値観の転換に彼女は微動だにせず、それまでの音楽を奏で続けた。“妖怪ブルース婆”と呼ばれ、90回目の誕生日を静かに迎えていた…。

人間の寿命を調整して自分の生き方を決めるなんてことはできるはずもないが、少なくとも言えるのはテルオの選択よりもテルミの選択の方が賢明なのではないかということだ。自分の生き方に口出しする人はいるが、そんなものに振り回されてはいけない。自分の人生は自分が決めて歩むものだ。そんなメッセージが、この小ゆきさんの「ディアボロス生命(株)」にはこめられているような気がする。