立川談春独演会「三軒長屋」

立川談春独演会に行きました。芸歴40周年シリーズの第18回。「五貫裁き」と「三軒長屋」だった。

本当は「火事息子」と「三軒長屋」ネタ出しだったが、急遽変更された。「火事息子」が“火消し”の説明のマクラになって、「三軒長屋」の鳶頭につなげる計算だったらしい。ただ、談春師匠もおっしゃっていたが、「火事息子」は滅多に演じないネタだ。40周年記念ということで20回の独演会、ネタ出しした40の演目はほとんどが談春師匠の十八番だが、明らかに「火事息子」は十八番ではない。ゆえに稽古する時間が必要だった。

先日、文芸評論家の福田和也さんが逝去された。福田さんは扶桑社の文芸季刊誌「en-taxi」の編集同人をされていて、談春師匠に執筆を薦めて「談春のセイシュン」が2005年春号から2007年秋号まで連載された。談春師匠が高校を中退し、談志師匠に入門し、真打昇進に至るまでの苦悩と葛藤を描いたエッセイで、それをまとめて出版された「赤めだか」は第24回講談社エッセイ賞を受賞した。談春師匠にとって福田さんはいわば「恩人」だとご自身もXに投稿している。

その福田さんの追悼文を書いてほしいと文藝春秋から突然連絡があり、「談春さんしかいないんです」、それも「明日が校了なんです」と拝み倒すようにお願いされたそうだ。談春師匠も福田さんには特別な思いがある、ちゃんとした文章を書きたい。ちょうど九州で独演会、神戸で落語会とスケジュールが偶々たてこんでいた。「火事息子」を稽古する時間は当然なかった。よって、次回に予定していた「五貫裁き」をきょう演じて、「火事息子」は次回10月12日に掛けることになったというわけだ。

談春師匠は400字詰め原稿用紙5枚に福田和也さんへの思いを筆に託した。談春師匠しか書けない愛のこもった追悼文になっているのだろう。「文藝春秋」11月号に掲載されるとのこと。是非読みたい。と同時に、もう一度本棚から「赤めだか」を引っ張り出して読んでみようと思った。

「三軒長屋」。鳶頭の政五郎の女房、若い衆からは姐さんと慕われているおかみさんが好きだ。“おきゃん”、漢字だと御侠と書くらしいが、活発な女性を差す言葉とされるが、現代ではほとんど使われない。小股の切れ上がったいい女というのもあるが、綺麗な顔に似合わず男勝りな性格が逆に魅力を増幅させるのかもしれない。

若い衆の辰が鳶頭はいないのか?と訊くと、「吉原にでもいるじゃないかい」。すると、「いや、最近は品川の女に入れ込んでいるらしいですよ。男嫌いと評判の女が鳶頭の前ではぐにゃぐにゃになっちゃうという…」と返すと、悋気を起こす手前で止めている姐さんの様子に、“オンナ”を感じるから堪らない。

伊勢勘の大旦那の妾のところの女中お清をからかう若い衆の賑やかさも良い。背比べなら横からこいというような太った女で、駆け出すより転がった方が早いよと囃す様子も愉しそう。一方で妾がどんなにいい女か、興味津々というのも面白い。

ガリガリ宗次とヘコ半が湯屋で屁をしたのしないのではじまった喧嘩の仲直りを鳶頭の家の二階を借りて、辰が仲人で手打ちにする件。喧嘩はしない、俺は酒を飲まないという約束を姐さんにして貸してもらったのに、結局は辰が「三年前の暮れの27日」を引き合いに出して、正月の獅子舞騒動について散々文句を言って出刃包丁で「さあ殺せ!殺しやがれ!」と大騒動になるあたり、談春師匠の巧みな話芸は圧巻である。

この「三軒長屋」という噺はストーリーがどうこうというよりも、江戸っ子の喧嘩っ早さ、おきゃんな姐さんの気っ風、楠木運平氏のとぼけた味、伊勢勘の妾と女中のヒステリー等々、様々なキャラクターが次々に巻き起こすドタバタが愉しいわけで、かなり長い噺だが聴き手を飽きさせない演者の技量が試される。その意味で立川談春は現代におけるこの噺の第一人者と言って良いだろう。