さん喬・権太楼特選集 柳家さん喬「子別れ」
上野鈴本演芸場八月中席千秋楽夜の部に行きました。今席の夜の部は吉例夏夜噺 さん喬・権太楼特選集だ。千秋楽のきょうは柳家権太楼師匠が「幾代餅」、柳家さん喬師匠が「子別れ」のネタ出しだった。
「豆屋」柳家花飛/ジャグリング ストレート松浦/「ナースコール」三遊亭白鳥/「粗忽の釘」春風亭一之輔/漫才 風藤松原/「道灌」柳家三三/「サニーサイド」柳家喬太郎/「狼講釈」露の新治/中入り/紙切り 林家楽一/「幾代餅」柳家権太楼/粋曲 柳家小菊/「子別れ」柳家さん喬
権太楼師匠の「幾代餅」。本来は古今亭の噺だが、志ん橋師匠から教わったそう。この噺をさん喬師匠が演ると人情噺になるが、私が演ると爆笑噺になり、雲助師匠が演ると怪談噺になる…と(笑)まあ、怪談噺にはならないと思うけど。
人形町の絵草紙屋で姿海老屋の幾代太夫の錦絵を見て岡惚れしてしまう搗米屋の職人の清蔵の初心(うぶ)なところが可愛い。おかみさんに「笑わない」「他に喋らない」という約束して告白したのに、笑っちゃうし、亭主にすぐ喋っちゃう。でも、おかみさんに罪はないと思う。そんな高嶺の花じゃなくて、豆腐屋のおまめちゃん、植木屋のお花ちゃん、金物屋のおなべちゃんだったら仲を取り持つと言うところ、優しいではないか。
親方も1年一生懸命に働いたら会わせてやると言っておきながら、1年後に清蔵が幾代太夫のことを口に出すと、素直に「嘘だもん」「会えないよ」と言ってしまうのは正直で逆に好感が持てる。それでも清蔵が本気だと知ると、薮井竹庵先生に頼み、清蔵が貯めた13両2分に1両2分足して15両を渡し、結城の着物に博多の帯、襦袢、足袋まで一式貸してやる優しい親方だ。
実際に清蔵は幾代太夫に会うことができた。今度はいつ来てくんなますか?という問いに正直に答えるのが清々しい。野田の醤油問屋の若旦那というのは嘘で、本当は日本橋馬喰町の搗米屋六兵衛のところの職人、幾代太夫は大名道具でお前なんか相手にしないと言われたけど、1年一生懸命に働いたら、会えた。嬉しかった。私のようなものでも、また会ってくれませんか。この正直に惚れて、幾代太夫は清蔵の女房にしてくんなますかと言ったのだと得心がいく高座だった。
さん喬師匠の「子別れ」。熊さんがいかに駄目な人間で、それゆえに女房のお徳と息子の亀吉と離縁してしまったという前段の部分をきちんと描く。弔いの帰りに吉原に寄ったら、昔品川で馴染みだった女と再会し、居続けをした。帰宅しても女房にその女郎とののろけを言って、女房に引っ叩かれても反省しない。仕事場と吉原の往復で家に帰らず、久しぶりに帰ってきたかと思ったら泥酔状態で、「俺が嫌なら出ていけ!」と悪態をつき、仲裁に入った六さんに対しては「お前、かかあと出来てるな!」と暴言を吐く始末。これではお徳さんと亀ちゃんは家を出ても仕方ないと思う。
3年後、学校帰りの9歳になった亀吉と再会。「“新しいお父っつぁん”なんかいるわけないだろ!お父っつぁんはお前じゃないか!」と気丈に言う亀に、熊さんは自分も真面目に更生したことを伝える。「吉原の女は叩き出した、酒もやめた、一生懸命に働いている」。何かおっかさんは俺のこと言ってないか?と気になる。亀は「お父っつぁんは本当は優しい人だって。酒が悪い。酒を飲まなきゃ、いい人なんだって。だから、嫌いになったら駄目だって」。嬉しい台詞だ。
熊さんは亀に50銭の小遣いをやる。「いらないよ、こんなに沢山」と亀は遠慮ということもわかっているのが成長の証だろう。それでもくれると聞いて、無邪気に「ズック買ってもいいかい?学級で下駄履いているのはあたいだけなんだ」。熊さんは「ああ、何でも好きなもの買ってやるぞ」。貧しくて辛い思いをしている亀を察し、涙が出る。
さらに、額の傷の件。友達と新撰組ごっこをしていたら、小林さんの坊ちゃんにおもちゃの刀で打たれたという。おっかさんが「いくらうちが片親だからって許せない。誰にやられたの?」と訊くが、小林さんの坊ちゃんと判ったら、「痛いだろうが我慢しておくれ。小林さんにはお世話になっている。母子二人で路頭に迷うことはできない」。亀が言う。「我慢したよ。我慢しないと、おっかさんが泣くから。おっかさんは泣き虫だ」。自分が父親として守ってやれない情けなさを熊さんは痛感したことだろう。
帰宅した亀が持っていた50銭が母親に見つかった。「御礼を言わなくていい知らないおじさんに貰った」と言い張る亀に対し、母親は盗みを心配するのは当然だ。「片親だからあんな風に育ったと言われたくないの。今なら一緒に行って謝ってあげるから」。そして、熊さんの道具箱にあった金槌を取り出し、「これはお父っつぁんが打つんだよ。本当のことを言っておくれ」。さすがに亀も白状し、「お父っつぁんから貰ったんだ。悪い事をしたお金じゃないやい。でも、お父っつぁんから貰ったと言うと、おっかさんが嫌がると思って」。亀吉の気遣いが素敵だ。
元亭主は酒をやめて、吉原の女は叩き出して、綺麗な着物を着ていたと聞いて、少し安心したお徳。「おっかさんのこと、何か言っていた?」「すまねえ、すまねえって、頭下げていた。お前にまで面倒かけちゃうって。ねえ、50銭でズック買っていい?」。悪いわけがない。お徳の心も和らいだのかもしれない。
翌日の鰻屋。熊さんとお徳の間に入った亀吉が無邪気に言う。「学校で先生が幸せとは家族一緒にご飯を食べられることですよって言っていた。するとね、皆があたいの方を見るんだ。あたいだって、お父っつぁんがいるんだ!と言いたかった。あたい、自分で頭洗えるようになったよ。今度、背中流してあげるよ。そして、皆で一緒にご飯食べようよ。いいだろう?」。亀吉の言葉は全て正しい。
熊さんは「今さら、俺の方から言えた義理ではないが、今まで通り三人で暮らしてくれないか?」。お徳は「勝手なことばっかり!畜生!」と言った後、亀吉に向かって「お前ばかりに苦労をかけたね」。もう、これで大丈夫だ。この三人は明日から再びスタートを切ることができる。そう確信させてくれる高座だった。